File3-5「護送」
封魂監での面談から三日後。
多田健の異世界転生先が正式に決定された。
承認が下りた後、対象となる転生者は即座に転生先へ護送される。
アラタはナゴミ課長の許可を取りつけ、一人、西部地区にある防衛部の門扉を叩いた。
「方陣の調整は?」
「あと五分程度です」
タダシの確認に、護送を請け負う班長が進捗状況を報告している。その間も、第四方陣の周辺には防衛部の管理官たちが忙しなく行き来していた。
「出力上げろ、もたもたするな」
「魔力石の駆動率、正常値を示しました。転移座標の入力を開始します。おい、安全装置はどうなっている?」
「正常に起動したことを確認しております」
「おい、飛竜の調子はどうだ? 今回は長距離移動になる。持ちそうか?」
「飼料も余分に用意いたしました。ただ、できるだけ戦闘は控えてください。もうすぐ繁殖期になるせいもあって、環境変化に過敏な状態が続いています。念のため、こちらの安定剤もお持ちください」
「承知した」
今回の護送には異世界間防衛軍の第一部隊が割り当てられているようだ。
タダシが部下たちに囲まれ、しきりに指示を飛ばしている。
アラタは少し離れた位置からタダシたちの準備を眺めていた。
「よし、警護担当の者は今一度、武具等の確認をしておけ」
タダシの指示に、護送班はすぐさま所持した武器のチェックを行う。自分がチェックした後、近くの者に再度チェックしてもらうなど、準備は念の入りようだ。
時折、アラタの傍を通る防衛部の管理官が、ちらりと一瞥を寄越してくる。
その度に、アラタは会釈か目礼で応えた。
やっぱり、場違いだよな……。
アラタは居心地の悪い思いで空を仰いだ。
それもそのはずだ。
中央塔所属の管理官が、封魂監で護送される転生者を見送ることはない。
面談が済めば、アラタたちの役目もまた終わったことになる。
しかし、アラタはナゴミ課長に頼み込み、タダシ管理官を経由して防衛部に対し、アラタたちが担当した多田健の見送りへの立ち合いを申し入れたのだ。
僅かな瞬間とはいえ、自分が担当した転生者だ。この異世界間仲介管理院を出ていくその最後の瞬間まで、自分の目で見送りたい。
アラタは管理官となり、初めて転生者と関わった時から心にそう決めていた。
少しして、一台の護送車が飛竜に引かれて第四方陣の設置された広場へやってきた。
頑丈な鉄の轡と鐙を装備した二頭の飛竜は、ガリガリとその鋭い爪で地面をひっかいている。繁殖期が近いせいで気が立っているのか、喉の奥をならし、威嚇音を発していた。
二頭の飛竜が引く先は、多田健が封じられている護送車だ。
アラタは反射的に、その護送車に駆け寄る。
「いかがされましたか?」
護衛の管理官が、駆け寄ってきたアラタを制するように質問してきた。
「……お疲れ様です。少し、彼とお話させていただくことは可能でしょうか?」
咄嗟に出た言葉がそれだった。
護衛の管理官は逡巡するように護送車の方を一瞥し、タダシに目を向ける。
タダシが小さく頷いた。
「三分です。それ以上はご遠慮いただきたい」
そう言って、護衛の管理官はアラタと護送車から少し離れた位置に移動してくれた。礼を述べるとともに、アラタは護送車へ近づいた。
「えっと……三日前に面談で伺った管理官です」
アラタは窓のない護送車に、おずおずと声をかけた。
しかし、それ以上の言葉が出てこない。
ほぼ衝動的に駆けてきたせいで、健と何を話すかまったく考えていなかった。
「俺がこれから行く世界はどんなところだ?」
護送車の中から、男の声がぼそりと聞いてきた。
自分から話しかけておいて何だが、まさか返答があるとは予想していなかった。アラタは弾かれたように居住まいを正した。
「えっ……っと、魔物が蔓延る世界です。力がすべてで、殺し合いの絶えない……弱肉強食の世界です」
言葉に迷ったものの、アラタは正直に答える。
取り繕ったところで、無意味だと思い直したからだ。
ふぅん……、と健は気のない相槌を寄越す。自分の身に起こることだというのに、まるで他人事のような態度だ。窓一つない護送車の中を伺い知ることはできないため、健がどういった表情を浮かべているのかアラタには皆目見当もつかなかった。
「……平然としていますね」
アラタが印象を述べる。
「狼狽えたところで状況は変わんねぇだろうが」
健は冷静に返す。
「それに、あんたも物好きだな」
「え?」
「あんたのお仲間は誰一人、見送りに来てないだろ? あんたはなんたって罪人の見送りなんざしに来たんだ?」
「ここでは、人間世界の善悪はあてはまりません」
健の言いように、アラタは半ばムキになった。
「世界が違えば、法も倫理・道徳観も変わります。治める神々の采配によっても、罪の定義が変わります。異世界間仲介管理院ではあなたを『罪人』などとは呼びません」
ただ生前から見る攻撃性の高さゆえに隔離しているだけだと、アラタは声を荒げた。
「……まぁ、何でもいいさ」
アラタとは違い、健はどこまでも冷めていた。
自分のことに対しても、無関心と言っていい。
アラタには、それがひどく悲しかった。
「あんた、名前はなんっつったか? 覚えておくよ」
そんな彼が、ぽつりと言った。
アラタは驚きのあまり息を呑んだ。
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで構いません」
「はっ、俺に復讐されるとでも思ってんのか?」
嘲笑うように吐き捨てた健に、アラタは苦笑する。
「違いますよ。異世界間仲介管理院でのやり取りは記憶から抹消される決まりなんです。だからここから一歩でも外へ出れば、貴方は私のことを一切忘れ去る。今しがた交わした会話も、まったく思い出せなくなりますよ」
だから、変わりにアラタが彼を覚えている。
これからも、覚え続けるだろう。
「なんかそれ、変じゃねぇか?」
不意に、健から放たれた言葉に、アラタは面食らった。
「変……とは?」
「あんたらのことは出会って間もないから。よく知りはしねぇが……」
健はそこで僅かに間を開けると、言葉を選ぶように続けた。
「あんたらが日常的に俺みたいなやつを異世界へ送り届けているっつうのは理解できる。俺なんかと違い、世界にとってもあんたらの仕事は重要なんだろうさ。にも関わらず、誰の記憶にも残らない。まるで――」
世界から消されているみたいだ。
その言葉が、アラタの頭を殴った。
「その点、俺はたくさんの人を殺したが、またどっかで生まれ変わるんだろ? ハハっ、生まれ変わって世界の一部になる俺と、世界から消されるあんたら――どっちが罪人なのかわかんねぇな」
「時間だ!!」
護衛の管理官の鋭い声に、アラタは背後を振り返った。
厳しい表情のタダシがこちらを見つめてくる。その射抜くような目に、アラタは背筋に空寒いものを感じた。慌てて護送車から離れる。
「第四方陣、起動!!」
護送部隊の班長が号令をかける。
台座に設置された方陣が輝き出し、飛竜が大きく翼を羽ばたかせた。
「翼の祝福に、道を掴まんことを!」
アラタは慌てて管理官の敬礼を行い、旅立つ護送部隊へ祝福の言葉を送った。
光が柱となって天空を割き、やがて消えていく。
地上に舞い落ちる光の粒子を見つめたまま、アラタは表情を曇らせた。先程、多田健に囁かれた言葉が頭から離れなかった。
――どっちが罪人なのかわかんねぇな。
健の言葉がアラタの胸に楔として打ち込まれ、いつまでも痛んだ。
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