File3-2「新しい仕事」
ツイと別れ、事務室に戻ったアラタを同期のオギナが手を振って迎えてくれた。
彼の手には封を開けたばかりのクッキーの缶が握られている。
また他部署の女子からもらったものだろう。
「アラタ、おつかれ」
オギナは手にしたクッキーの缶を差し出してきた。アラタも軽く手を振って応え、クッキーを一つつまんで口に放り込む。
塩味の利いた、甘しょっぱいクッキーだった。
「帰り際にツイさんに会った。地面に倒れていたから、すごく驚いたよ」
アラタは手にしたファイルを机へ置く。
オギナがクッキーにかじりつきながら、目を大きく見開いた。
「死神も行き倒れたりするんだ?」
心底、驚いていた。
オギナの物言いに、アラタも苦笑した。
物質的な食事を必要としない死神が、行き倒れている姿など想像できない。
「いや、園芸用の土を採取していただけだった」
なんだ……、とオギナがカラカラと笑う。
「ツイさん、本当に園芸が好きなんだね。今度、肥料土でもプレゼントしようか」
「それ、俺もさっき本人に提案した。すごく喜んでいたから、悪くないと思う」
オギナはクッキーをかじりながら、ふと息をついた。
「最近平和だよね。いいことだけど、さ」
アラタは席について報告書をまとめる。カリカリとペンが紙面を走る音に、オギナはしみじみと呟いた。
「魔王の出現率も抑制され、次第に下方修正されてきている。以前こちらから提案した法案が、効力を発揮しているらしいからね。いい仕事したよ、アラタ」
「俺は別に……むしろナゴミ課長の根回しが迅速だった。作成した素案も、ツナギ先輩がいくつも問題点を指摘してくれたからこそ承認されたんだ」
アラタは苦笑を浮かべ、ふとツイとの会話を思い出した。
「でも、さっきツイさんが気になることを呟いていたな。最近、迷魂が増えているって」
「迷魂が?」
オギナは首を傾げ、虚空を睨む。
「特に、ここ最近の朝礼会議でそんな話は出てなかった気がするよ。相変わらず、魔王出現の近況と勇者召喚依頼の案件ばかりだった気がする……」
「異世界間仲介管理院が感知していないわけではないと思う。ただ……なにぶん、情報源が死神だ。少し気がかりではある」
アラタが書類を書く手を止めずに呟いた。
迷魂の扱いについては、異世界間仲介管理院でも頭を抱えている問題の一つだ。
なにぶん、死神がどこの世界へも導けない魂たちだ。どうにか異世界間仲介管理院へ先導できたとしても、そこから次の転生先へ引き継げないことがほとんどだった。
ツイによれば、迷魂にあるのはただ「虚しさ」だけだという。
どこかの世界へ辿り着くための、「こうしたい」という心残りや意思がないのだ。導くべき魂に意思がなければ、異世界間仲介管理院としても手助けのしようがない。異世界間連合に至っては、迷魂を「手の施しようのない魂」として放置する始末だ。
「確かに、増加しているって状況は気になるね。少し情報を集めてみようか。迷魂の大量発生した時期の世界軸線の情勢とか、データベースにアクセスすれば何か傾向がわかるかもしれない」
「頼む。俺も手の空いている時に調べてみる」
アラタとオギナが頷き合う。
そこへ、ツナギが事務室に戻ってきた。手には大量の資料が抱えられている。
「ツナギ先輩、お疲れ様です。すごい資料ですね」
アラタが慌てて立ち上がり、ツナギの抱える資料を半分持つ。
「ちょうどよかった。アラタ管理官、オギナ管理官」
ツナギは運んできた資料の束をアラタとオギナに押し付ける。彼女の眉間のしわはこれ以上ないほど深い。
「明日、お前たち二人には、私と封魂監へ同行してもらう」
「封魂監へ……ですか?」
アラタとオギナは互いに顔を見合わせた。
「封魂監に隔離された魂もまた、異世界転生の対象となる。その業務には、中央塔より派遣される管理官三名が立ち会うことが義務付けされている。二人もだいぶ仕事に慣れてきたようだし、ここで一つ、封魂監での業務にも携わってみるべきだろう」
ツナギの言葉に、アラタは表情を引き締めた。
封魂監と言えば、攻撃性が著しく強い魂が隔離されている施設である。
待魂園での面談とは事情が違うのだ。
「誰もが一度は通る道だ。決して気を緩めるな。相手は――神すら恐れぬ輩だ」
ツナギはそう言い残して事務室を出て行ってしまった。
「思いのほか、早くきたねー」
そう言ってオギナは手渡された資料に視線を落とす。
心なしか、その表情が険しい。
「……何事もなければいいんだけどな」
アラタもまた、手元の資料を睨みながら思わずため息をこぼした。
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