File3-1「死神の奇行」
待魂園を出て、雑木林のトンネルを進む。
吹き抜ける風に、思わず目を細めた。さやさやと擦れる葉音が、耳に心地よい。
もうすっかり着慣れた制服の詰襟を緩め、アラタは雑木林のトンネルを抜けた先に広がる空を見上げた。
雲一つない空には、いくつもの光の道が伸びている。
ここからでは見ることができないが、今日も多くの人々の魂が世界を渡っていることだろう。
手で目元に庇を作り、アラタは空を覆う道を見上げる。
彼の襟元につけられた管理官の紋章「交差する道と翼」――その「道」の由来の一つを見上げたまま、アラタは愛好を崩して思わず呟いた。
「平和だなぁ……」
数週間前の異世界間連合会議での新法令の施行以来、世界情勢はひとまず均衡を取り戻しつつあった。
一時、増加傾向にあった魔王の出現は抑制され、現在ではやや横ばいながらデータ上では下方へと落ち込んでいる。まだまだ気の抜けない状況ではあるが、異世界転生仲介業務は今のところ支障なく行えていた。
アラタもだいぶ管理官としての仕事に慣れ、転生者との目立ったトラブルは起きていない。
最初はどうなるかと思ったけど……。
込み上がる笑いを唇の間からこぼす。
少しずつだが、前に進めている実感はあった。
「ご機嫌だな」
アラタが見下ろした先で、真っ白な肌の男が言った。
紅の両目が、真っ直ぐアラタを見上げている。
アラタの口から、悲鳴がほとばしった。
大きく身を引き、バランスを崩して地面に尻もちをつく。
「なっ、何をしてるんですかっ!? ツイさん!!」
「肥料土回収」
地面に倒れた姿勢で、ツイは片手の指を地面に突き刺したまま言った。
「冥界の土と違い、ここの土は草木を育てるのに申し分ない。その上、冥界においてもその効力を失わないとなれば、園芸にはうってつけだ」
指先で地面を探りながら説明するツイ。
「……指を地面に突き刺しているのも?」
「土に含まれた成分を詳細に分析している」
俺はからかわれているのか?
アラタは困惑のあまり、思わず無言でツイを見つめる。
ツイがあまりにも動じず普段通りに話しかけてくるため、驚いた自分の方がおかしいのかと錯覚してしまう。
しかし、地面に寝そべった黒スーツ姿の男など、傍目から見ても不審者以外の何者でもない。
「あの……そんな踏み固められた土よりも、園芸用の肥料土の方がいいと思いますよ? 今度、待魂園で余った肥料土を分けてもらいましょうか?」
アラタが提案すれば、ツイが物凄い勢いで身を起こした。
「頼む、アラタ管理官」
「はい、お安い御用です。あと近いです、ツイさん」
離れてください、とツイを押しのけ、アラタは制服についた土を払い落とす。
「先導者の皆さんにはお世話になっているんです。それくらいの融通は利きますから仰っていただければいいのに……」
「一応、異世界間での事物のやり取りには煩雑な手続きがある。本来は書面でのやり取りと面接で使用用途の説明が義務付けされているのだが……」
ツイの両肩が、心なしか下がる。
さすがに趣味のためという理由で、書類やら審査やらを通すのが面倒だったのだろう。仮に提出したとしても、通るかどうかもわからない。
「だから姿隠しの魔法まで使ってたんですね……」
「冥界内に入ってしまえば不問だからな」
「何なんですか、その逃げたもん勝ちみたいな言い分……」
アラタはツイの執念に呆れた。
「本当にお好きなんですね、園芸」
「唯一のライフワークだ。現に私ほど、冥界で美しい花を育て上げる死神はいない。皆、私の育てた花に夢中だ」
相変わらずの無表情だったが、ツイはどこか誇らしげに胸を張った。
アラタの脳裏に、無数の骸骨たちが色とりどりの花を咲かせる花壇の傍にしゃがみこんでいる映像が流れた。
……冥界へ渡った死者が見たら、別の意味で怖がるだろう。
思わず顔をひきつらせたアラタは、頭を振って思考を振り払う。
「今度、第一方陣へ届けに行きますから。こんな密輸みたいな真似はやめてください」
ツイは素直に頷いた。アラタも軽く肩をすくめる。
悪い死神ではないのだ。少々、行動が突飛なだけで。
「冥界の方も、最近は落ち着いてきていますか?」
立ち上がったツイに、アラタは世間話を振った。
「死者の護送に、大きな変動はない。死は何人にも平等。ゆえに我ら死神も常と変わらない」
ツイは服についた土を軽く払いながら、アラタの歩幅に合わせて歩く。
「魔王の出現で一時は増えたのでは?」
「関係ない。死は常に傍にある」
公園に差し掛かったところで、不意にツイが顔を上げた。
「強いて言うならば、最近はまた迷魂たちが増えたことだろうか」
「迷魂?」
「元いた世界に戻れず、冥界にも行けず、行き場を無くした魂だ」
アラタの聞き返しにもツイはしっかりと答えた。その紅の瞳が空を見上げる。
頭上で行き交う無数の光の道。
その道筋をアラタも漠然と眺めた。
「行き場を無くした魂たちは、放っておくとその魂が歪み、淀みとなって世界を蝕む。何かしらの対策手段を講じなければ、魔王より質が悪い」
色白のツイの横顔を見つめ、アラタは首を傾げた。
「それは……何か原因があるのですか?」
人間を代表とした生き物たちは、文化レベルの向上や数多の思想の変化により、従来の固定化された「信仰」が崩壊の一途を辿っている。
数多の魂が行き場を無くし、神々は己の存在を維持するための「信仰」を得ることが難しくなってしまった。
そこで神々は魂を縛り付ける心残りを、その魂が強く望む願いに添う形で解消しようとする動きに出た。
その職務を全うすべく、創設された専門機関こそ異世界間仲介管理院である。
それにもかかわらず、迷魂が増えているなど聞き捨てならない。
「異世界間仲介管理院の一管理官として、その原因を取り除くことは可能ですか?」
そう身を乗り出して訴えたアラタだったが、ツイの態度は変わらない。
「異世界間仲介管理院の功績は、異世界間連合においてすでに確たる地位を持って保証されている。貴殿らのもたらした結果に、神々は大いに賛辞を送っている」
「……ええっと?」
「要するに、貴殿らは十分すぎるほどの功績と奉仕を行っており、落ち度はないと言うことだ」
それでも……、とツイの紅の瞳が細くなる。
「一定数の迷魂は、必ず生まれる」
ツイの静かな声が言った。
「何を与えられても……満たされない者は存在するからだ」
Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020




