File2-22「任務完了」
一良を待魂園へ送り届けた後、アラタは公園で待っていたオギナたちと合流した。
「皆さん、今回はお手伝いいただき、ありがとうございます!」
アラタはオギナたちに駆け寄ると、頭を下げた。
「アラタもお疲れ」
オギナが持っていた飲み物の容器を投げて寄越した。咄嗟のことに慌てるも、アラタは投げられたそれをしっかりと受け取る。
「お疲れさまです。一か八かの賭けでしたけれど、やってみれば上手くいくもんですね」
アキラが長椅子に寝そべったまま、ひらひらと片手を振る。魔力が尽きたのか、気が抜けたのか。もしかしたら両方だろう。彼女は脱力したまま、動こうとしなかった。
「おい、アキラ。職務中は姿勢を正せ。だらしないぞ」
傍らに佇んだツナギの呆れ顔が、寝そべるアキラに向いた。
「もう終業時間よ。それに、さすがに疲れたわ……空間隔離って莫大な魔力を使うのよ!」
「私だって、かなり神経を使いましたよ。幻影魔法ってわずかな綻びもあってはいけませんから、すごく神経使うんです。ツイさんが細かく指示してくれなければ、調整も難しかったでしょう」
アキラとオギナの主張に、アラタは苦笑する。
「本当に、お疲れさまです」
昼間の一良とのやり取りで、今夜中にでも彼が何かしらの行動を起こすことは予想ができた。
アラタは一良がどのような行動に出るのか見届けた後、事前に打ち合わせして待機していた四人に連絡を入れた。
アラタから連絡を受けたアキラはまず公園に隔離空間を生成した。
一良が逃亡できぬよう、身柄を確保するためである。
さらに一良に気づかれぬよう、オギナが幻影魔法を駆使して隔離空間に景色を投影。
ツナギが事前に生成した魔力をためやすい性質の石柱を隔離空間内に出現させ、一良が石柱に接触した瞬間に、遅れて合流したアラタが過去に勇者へと転生した者の記憶を一良に見せたのだ。
ツイはオギナに幻影魔法の調整を指示し、一良の中で弾けそうになる恐怖の感情をギリギリのところで一気に吸い取った。
それにより、彼の心が壊れることを防いだのだ。
あとは一良をアラタが説得できるかどうかだったが、それも事なきを得た。
今回の一件は、アラタだけの力では解決しなかっただろう。
ツナギは腕を組むと、軽く息をついた。
「結果的には上手くいったが、今回の対応は際どいところだったな。管理官による転生者の誘導行為だと叱責されれば、何も言い返せん」
「でも、実際に一良氏に見せたのは勇者の現実です。我々が意図して加工したわけではない、実際に勇者に転生した人の記憶に一良氏を放り込んだだけです。ここで大事なのは、あくまでも一良氏本人が結論を導き出すことです」
まぁ、改善の余地はたくさんありますけどね。
アキラはアラタをフォローすると同時に、問題点も今後修正する必要があると笑った。
「何も知らぬまま、漠然としたイメージで勇者に転生して壊れてしまう人もいますからね。神々としてはそんなこと知ったことではないのかもしれませんが、転生者を次の人生に送り出す我々としては、転生者の方にはよくよく考えてから結論を出してもらいたいですから」
オギナの言葉に、アラタも静かに頷く。
「初回の面談では、一良さんの要望は生前の奥さんと同じ世界への転生でした。勇者になるのは、彼にとって手段の一つに過ぎなかったとわかっていたからこそ、今回の対処に踏み切ることができました」
神妙な顔で言ったアラタに、オギナも頷く。
「だからこそ、ナゴミ課長や部長も許可を出してくれた。とはいえ、一良氏を騙したことに変わりはないから、正直、後味は悪いけどね。それでも、最悪の状況を回避できたと思えば、我々の良心の呵責なんて些細な問題だろうね」
オギナの言葉に、ツナギやアキラも頷く。
アラタは三人に改めて礼を述べると、先程からやり取りを見守っていた死神に顔を向けた。
「ツイさんも助かりました。急なお願いだったのに、快く引き受けてくださってありがとうございます」
「問題ない」
ツイは真っ白な髪に紅の瞳という社交モードの容姿のまま、静かに頷いた。
「久々に素晴らしい食事だった。今回の『恐怖』の感情もまた、なかなかに味わい深い」
恐怖に味の違いなんてあるのだろうか……。
アラタは何とも言えない顔になる。同時に、アラタの中で好奇心が膨らむ。
「なぜ、死神の食事は恐怖の感情なのですか? 他にも感情はあるのに……」
純粋な疑問だった。確かに人は「死」の瞬間に、恐怖の感情を強く抱くことが多いだろう。しかし、それ以外の感情をまったく抱かないわけではないはずだ。
「それは我々、死神の生来の性質が関係している」
アラタの疑問に、ツイは几帳面に答えた。
「我ら死神は、死者の魂を肉体から分離する際、恐怖の感情を吸い取ることで作業効率を上げる。恐怖とは、生物が自己の生命を維持し、守るために必要な本能的機能だ。生物にとって死は何もかもを台無しにする、破滅の対象。故に我ら死神は生物の魂を肉体から抜き取るとき……要するに対象に『死』をもたらすときにその恐怖の感情を喰らうことで『生』への執着を薄めていくわけだ」
「ちゃんと理由があったんですね」
アキラも感心した様子で呟いた。
「何事にも、行動を起こす際に理由は存在する。ただ……どうせ食べるならそれなりにおいしいものを食べたいというのが本音だ」
だから今回の一件に協力した、とツイは締めくくる。
「だが、驚愕を禁じえない。管理官が転生者の感情をあえて刺激することで本音を引きずり出すとは。魂を歪める危険を強いる今回の事例は、今まで管理官と関わってきた中で初めてだ」
ツイの指摘に、アラタは複雑な表情でうつむく。
「正面から説得しても、あの時の一良さんでは、私の言葉に耳を貸すことはなかったと思うんです」
転生者は、自分の本心を奥深く隠してしまっている。
それを、出会ったばかりの管理官に打ち明けるかと言えば……答えは否だ。
幼い少女ですら巧妙に隠してしまうそれを、会話の中で引き出していくには限界があった。
「だから、少しズルをしました。異世界間仲介管理院が保有するデータベースから勇者の記憶の一部を見せた上で、一良さんの反応を確認したかったのです。今となっては言い訳のように聞こえますが、勇者の現実を前にしても一良さんの意思が変わらなければ、私は一良さんが勇者になれるようちゃんと手助けするつもりでした」
うつむくアラタを横目に、「ひとまずは……」とツナギが咳払いした。
「今回のような事例への対応も、部内で検討する必要があるだろう。アラタ管理官は明日にでも報告書をナゴミ課長に提出するように。今回の一件は、今後どのように転生者へアプローチをかけていくべきか、それを考える貴重な事案となったと言える」
ツナギの言葉に、アラタたちは頷いた。
「さ、明日もある。今日はこれにて解散としよう」
ツナギはそう言って手を叩いた。
「さ、寮に帰りましょう! もうお風呂入って即行でベッドにインです!」
アキラが長椅子から跳ね起きると、大きく伸びをした。
「もう一歩も動けないのではなかったのか?」
呆れるツナギに、アキラはビシッと人差し指を突きつけた。
「お風呂時間は至福です! 自分への必要なご褒美ですよ!」
「そんなお風呂は別腹みたいな主張をされてもな……」
言い合いながら歩き出したツナギとアキラに、オギナも笑みをこぼしながら続く。
「では、ツイさん。お疲れさまでした。今回は本当に、ご助力いただきありがとうございます」
アラタは再びツイに向き直った。丁寧に頭を下げる。
ツイは変わらずアラタを無言で見つめていたが、静かに頷いて応えた。
オギナたちの後を追うアラタの背を見送り、ツイは微かに口元に笑みを浮かべた。
「本当に、面白い」
彼の呟きに反応して、背後で風が渦を巻いた。
Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020




