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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務

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File2-21「本当の想い」

 一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。

 周囲を呆然と見回す。

 背後には雑木林が広がり、目の前には黒い尖塔が並ぶ城塞が佇んでいる。

 昼間には彩りと憩いの場を提供してくれる花壇や長椅子(ベンチ)は、夜にはただの黒い物体となって道の脇に蹲っていた。

 気づくと、一良は夜の公園に佇んでいた。

「ここは……」

 待魂園を抜け出した先にあった公園だ。

 一良が現状を認識すると、遅れたように呼吸が乱れた。まるで今まで水中で足掻いていたかのようだ。酸素を求めるように口を開き、ドッと額に浮いた冷や汗を拭う。

 一良は己の両手を恐る恐る見下ろした。シワが目立つが、綺麗な手だった。どす黒い紅に染まった手ではない。

 一良は安堵した。ひと際大きく息を吸って、全身の力を抜くように吐き出す。


「一良さん」


 声をかけられ、弾かれたように顔を上げた。

 夜空に黒く聳える城塞。それを背にこちらへ歩み寄って来る人物がいた。

 全身が闇に溶け込むような黒装束に、詰襟のところに金色のバッジを身に着けた青年だった。手のひらに光の玉を掲げ、夜道を歩いてきたようだ。

「アラタ、さん……」

「このような場所に、お一人でどうされたのですか?」

 アラタは穏やかな声音で一良に問いかける。

 一良は返答に窮した。

 さすがに待魂園を抜け出したとは、外聞が悪い。

 そうかと言って、他に思いつく言い訳もない。

 一良は強張った表情で、ただ黙ることしかできなかった。

「もしや……使徒に、会いに行かれたのですか?」

 アラタの指摘に、一良は全身を強張らせた。

 沈黙を貫く一良に、アラタは悲しそうな表情で静かに頷いた。

「そこまでの決意で、勇者への転生をご希望されていたのですね」

「いや、その……これは――」

 一良が慌てるところへ、アラタはゆっくりと頭を下げた。

「一良さん、申し訳ありませんでした。私はあなたのためと言いながら、一良さんご自身の想いを汲み取ることなく一方的にあなたを止めようとしました」

 アラタは頭を下げたまま、続ける。

「明日にでも、一良さんが『勇者』として転生できるよう、関連部署に使徒への交渉をお願いしてみます」

「違うっ!」

 一良は悲鳴にも似た声で、アラタの言葉を止めた。

「私は……ただ、必死だった。完璧に仕事をこなし、美しい妻と自慢の息子、そして息子が自立した後は夫婦で穏やかな時間を過ごすために、自分にできることで社会貢献してきたつもりだ」

 しかし、結果はどうだろう。

 仕事で一定の評価を得れば、反比例するように妻との距離が開いていく。

 結果として友人に妻を取られ、その友人の子を己の息子と思い込み、真実を知った時には糾弾する相手も先立ってしまっていた。

 一良の元に残ったのは、はけ口を失った怒りと憎悪。

 妻を奪われた情けない男と世間から見られないために、必死で二人の痕跡を消し去り、息子一家ともわだかまりが残らぬよう愛想笑いを浮かべる人生だった。


 どうして私がこんな思いをしなければならない。


 繰り返し、そんな言葉が自分の中で響く。

 二人への憎悪が膨れ上がる度、二人の存在を完璧に消し去ることができればいいのに……そう何度も願った。

「私は、私を裏切った妻が憎かった。妻を奪った友人を恨んだ。だが、それ以上に、あの時……」

 今まで何に対しても文句を言ってこなかった妻が、初めて譲らなかったこと。

 仕事ではなく、義母の葬列への参加を優先していたなら、結果は変わっていたのではないか。

 一良は顔を上げたアラタに、ぎこちなく笑いかける。得意だったはずの愛想笑いが、こんな時だけ上手くいかない。

「アラタさん。私は無念でした。ですから当初、再び妻と友人の前に立って……復讐してやるつもりだったんです。もしも、妻と康秀がまたともに歩んでいるようなら、今度こそ二人を排除しようと考えておりました」

 妻と友人の魂を消すことができる。

 勇者の話を待魂園で聞いた時、一良は天にも昇る思いでその話に迷わず飛びついた。アラタや園長が必死に止めるのを振り払って、一良は再び引き返せぬ道を進むところだった。

「アラタさん、勇者とは神々の命令に絶対逆らえない。そうおっしゃっていましたね」

「はい」

 一良の確認に、アラタはしっかりと頷く。

「神々や世界にとっての不穏分子、それらの排除が勇者の宿命となります。毎回、対峙する魔王が暴れ回る化け物であるとは限りません」

「そうですか……」

 一良はどこか吹っ切れた様子で笑った。

「どうやら、私に勇者は向かないようだ」

 神の思惑はどうあれ、普通に生活を送っている人間を手にかけるなど、一良にはできない。やりたいとも思わない。

「戻りましょうか、一良さん」

 アラタがスッと空いている方の手を差し出してきた。

「明日、この世界を『道』の光が照らしましたら、また待魂園へ伺います。そこで、あなたのやりたいこと、心残りなことをすべて教えてください。復讐でも、縁結びでも、私たちにお手伝いできることは全力で支援(サポート)いたします」

 一良はじっとアラタの差し出す手を見つめる。

「……なぜ、そこまで私によくしてくれるのですか?」

「私があなたの担当管理官だからですよ」

 うつむく一良に、アラタは穏やかな声音のまま続ける。

「管理官にとって重要なことは、転生者の皆さんが何を望んでいるかです」

 世界が違えば、法律や倫理観、道徳感情は変化する。

 ある世界では間違いであった行為も、異世界では正しい行いとして受け入れられる場合だってある。

「ここでは人間の世界における『常識』は通用しません。だからこそ我々管理官は、転生者の皆さんの要望を聞き、皆さんへ新たな人生を歩んでもらうために必要な支援をいたします」

 追いつめられた転生者の魂が、苦しみから解き放たれること。

 それこそが、管理官の望む結果だ。

 途方もない年月をかけてでも、管理官たちはすべての魂を「執着」という鎖から解き放つ。

 それが、巡り巡ってこの世界を守ることに繋がる。

 そう信じているからこそ――


「一良さん。あなたが望んだもの、欲しいと思っているものをその手で掴み取るお手伝いを、私にさせていただけませんか?」


 一良の両目に浮かんだものを、アラタは真っ直ぐ見つめる。

 彼の手が、アラタの差し出した手を握りしめた。

「ありがとう……」

 涙を流して頷く一良に、アラタは微笑んだ。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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