File2-19「試練」
一良が目を覚ますと、そこはどこかの森の中だった。
風が吹き抜ける度に、木漏れ日が地面の上で揺れる。
「ここは……?」
周囲を見渡すと、小さな池があった。
一良は池に歩み寄ると、その水面を覗き込む。
そこには若かりし頃の己の顔が映っていた。
一良は驚きのあまり仰け反る。しばらくして、再び恐る恐る水面を見下ろした。
自分の手を見つめる。しわのない、ハリのある肌だ。その手で己の顔を触ってみる。見下ろした水面の中に映る虚像もまた、一良と同じ動作をしていた。
「これは、素晴らしい」
立ち上がり、軽く周囲を駆け回ってみる。身体が驚くほど軽かった。待魂園にいた時よりもずっと体が活力に満ちている。一良はその場でぴょんっと跳んでみた。彼の両足は難なく着地する。膝や腰が痛むことがない。これだけ激しく動いても息切れ一つしなかった。
「これが転生……」
一良の顔が喜びに緩んだ。
生前の肉体の衰えとともに様々なことに難儀していたのが嘘のようだ。
「この身体なら、どこへでも行ける!」
一良は嬉々として、森の中を歩き出す。
ほんの数分歩いただけで、森はあっさり途切れた。
一良の目には、大勢の人間が谷の入り口を包囲している様子が飛び込んでくる。
「何かあったのか……?」
一良は小高い丘を下ると、谷の入り口に駆け寄った。
「止まって! ここから先は立ち入り禁止です!」
「すみません、何かあったんですか?」
一良は全身を甲冑で包んだ警備兵に問いかける。彼は一良の身なりを怪訝そうに眺めた。
「旅の方、ですか?」
「ええ、そんなところです。森を抜けたところで、皆さんが見えまして。一体、何があったのですか?」
不審そうに首を傾げる警備兵に、一良は得意の愛想笑いを浮かべた。
とにかく、今は情報がほしかった。
「ドラゴンですよ。この先の人里近くにドラゴンが降り立ったんです。普段ならあの山脈から降りてくることなんてなかったのに、狂暴化して手がつけられない状況なんです」
警備兵は封鎖している谷の先、連なった山々を振り返りながら一良に説明する。
「近くに人里があるのですね。住民の皆さんは?」
「ご覧の通り、人里に続くこの道を封鎖するのがやっとです。住民を保護しようにも、ドラゴンが暴れて近づけません」
警備兵の言葉に、一良は唸った。
普通に考えるなら、ここは警備兵に任せて一良は現場に近づかない方が賢明だ。
ドラゴンというのがどんな生き物かよくわからないが、おそらく相当気性の荒い、危険な生物なのだろう。この土地を治める国がそう言った害獣を野放しにするとは考えられないから、大人しく待っていた方がいい。
一良がそう結論を出すと、すぐさま脳裏にあの使徒の声が蘇った。
〝勇者たりえん証を示せ〟
「……もしかしたら、これが試練かもしれない」
一良はぽつりともらした。
「状況をご理解いただけたのなら、急いでここから離れてください。ドラゴンがいつ、谷を越えてくるかわかりませんから」
警備兵が怪訝な表情のまま、一良を追い払うような仕草をした。
「ご親切にどうもありがとうございます。しかし、どうやら私は行かなければならないようです」
一良は警備兵に笑いかけた。
「はぁ!? あんた人の話聞いてたのか?」
警備兵が青筋を浮かべながら声を荒げた。
一良は変わらずニコニコと警備兵に笑いかける。
「はい。ですが、私もまた試されておりまして」
「ろくな装備もなしに、そんな丸腰でどうしようと――」
警備兵の傍に積み重ねられた武器の山から、一良は一振りの剣を手に取った。
「確かに、あなたのおっしゃる通り。丸腰では敵いませんので、こちらの剣をお借りしますね」
後でちゃんと返しますから。
その言葉を残し、一良は勢いよく地を蹴った。
周囲の景色が一斉に背後へと置き去りになる。
これが勇者となるべくして転生した者の能力なのだろうか。
勇者となった後は、一体どれほどの能力を扱えるようになるのだろう。
一良は年甲斐もなく、胸を躍らせた。
地上を突き進む一良の目に、黒い巨影が飛び込んできた。
全身を固い鱗で覆い、蝙蝠のような翼を広げたドラゴンだ。ドラゴンの背後には村がある。丸太で積み上げられただけの柵が、巨大な害獣を前にするとひどくちっぽけで、粗末なものに見えた。
「被害が出ないうちに……」
一良は借りてきた剣の鞘を払った。そのまま、大口を開けて一良へ突っ込んできたドラゴンを引き裂いた。一瞬の静寂の後、血しぶきを上げてドラゴンが地に沈む。
一良は虚空でくるりと一回転すると、着地した。手にした剣がドラゴンの血でぬめる。一良は不快な表情を浮かべ、軽く血振りする。
「ドラゴン、しんじゃった?」
幼い声に、一良は顔を上げる。
こちらを見つめる幼い目があった。一人の少女が家の扉の隙間から、外の様子を伺っていたようだ。少女だけではない。ドラゴンの悲鳴を聞いた村の人々が恐る恐る家の中から姿を現した。皆、一良の背後に倒れたドラゴンを見て、徐々にその硬い表情を和らげる。
「ドラゴンが死んでる!」
「助かったんだ!」
歓声が、小さな村を包み込む。
一良は誇らしげに胸を張った。
「皆さん、もう恐れることはありません。脅威は去りました。また、穏やかな暮らしが――」
キンッと一良の脳裏に痛みが走った。
「っ……なん……」
〝魔王の出現を確認。一人残らず、討伐せよ〟
一良の頭の中で、無機質な声が命じた。
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