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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務

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File2-16「転生者の過去」

「佐藤歩美と申します」

 そう名乗って頭を下げた若い女性に、一良は目が離せなかった。

 普段は無駄に回る頭が、この瞬間だけ靄がかかってしまったように停止してしまう。ぽうっと顔の熱が上がっていくのを自覚した。

 カコンッと鹿威しが鳴る。

 松や楓が色鮮やかな日本庭園。

 その庭園に面した和室で、一組の男女が向き合っていた。

 男の方は、一良である。まだ二十代の、若かりし頃の自分だ。

 その向かい側に腰かけた女性は、四歳年下の妻――歩美だ。

 恥ずかしそうに俯く様に、一良は好印象を抱いたのを覚えている。

 服装は地味だが、それも清潔感があって悪い印象ではない。

 きっと誠実な人なのだろう、と一良は歩美を見ていた。

 この頃の一良はある議員から目をかけてもらい、広く人脈を構築していた時期である。将来性を見込まれて、議員から紹介された法務省高官とも接点を持った。その高官に気に入られ、自分の娘とお見合いしないかと言われたのだ。

 事前に写真を見て美しい娘であることは知っていたが、実際に会ってみると写真以上だった。

 彼女との結婚が決まり、一良はいよいよすべてを手に入れた気でいた。

 出世を重ね、美しい自慢の妻を得、一良はますます邁進していった。

「安藤康秀です。よろしく、鈴木さん」

 そんな一良の前に、彼は突如として現れた。

 人事異動で同じ部署にやってきた彼は、人好きのする笑顔で挨拶してきた。

 康秀は仕事のできる男だった。そして、それを鼻にかけるでもなく、謙虚な姿勢を貫いていた。その様子が一良にとって大変好ましかった。だからこそ、不器用な一良も彼には心を許せた。

 二人で上司に怒られたときや、仕事で行き詰ったとき、よく行く飲み屋で愚痴大会を開いたものだ。

 そこで若かりし頃の一良は、康秀に軽い調子で誘いかけた。


「よければ(うち)へ寄ってくれ。ごちそうするよ」


 その一言をきっかけに、一良の人生は狂ったのだ。

 若かりし頃の一良は自慢の妻を康秀に紹介した。

 愛想よく微笑む歩美。

 恐縮した様子で歩美に自己紹介する康秀。

 康秀は一良が心許せた数少ない友人だ。妻と一良、康秀の三人で旅行に行った回数も両手の指だけでは足りないほどだ。

 歩美が妊娠し、出産したときなどは真っ先にお祝いに駆け付けてきてくれた康秀だった。

 一良や歩美の幸せを、心から祝福してくれた康秀。一良は本当にいい友人を持ったと彼との出会いを神に感謝したほどだ。

 幸せだった。あの若い管理官に語ったことは嘘ではない。

 妻が事故で死んだ後、真実を知らないままであったなら、一良は今でも幸せな人生だったと胸を張っただろう。

 康秀がガンで入院したのは、一良が定年退職を控えた年だった。そこから二年間の闘病生活を続けていた。しかし病状は芳しくなく、身寄りのいない彼を一良と歩美が一緒に見舞って励まし続けた。

 ある日、一良はどうしても外せない用事で出かけていた。そこに一本の電話が家にかかってきた。康秀の入院先の病院からだった。危篤の知らせだった。

 歩美は一良にも連絡を入れ、身支度もそこそこに病院へ向かった。

 その道中に、横断歩道へ侵入したトラックにはねられたのだった。即死だった。

 そして、後を追うように、康秀も息を引き取った。

 一良はたった一日で、妻も友人も一度に失ったのだった。

 何も手につかず、妻の遺品を広げて胸の空虚を埋めていた。そこで目にしたのは、箪笥の端に隠すように保管されていた手紙だった。

 一良は三、四通の手紙を手に取り、中身を改めて絶句した。

 歩美と康秀が交わした愛の言葉が、そこには切実に綴られていた。

 さらに一良に追い打ちをかけたのは、息子が生まれた時に交わされた文面だった。


 ――私とあなたの子だ。なるべく会いに行こう。


 康秀のやや癖の強い文字が、一良を絶望のどん底に突き落とした。

 手紙を読んだ一良は、妻の遺品一切を処分した。手紙も燃やし、引き取り手のなかった康秀の遺品も消し去った。一良が知る限りの範囲で、康秀と歩美の痕跡を徹底的に処分した。

 唯一、消すことができなかったのは息子だ。

 一良を心配して毎週のように様子を見に来てくれた息子と、その家族。

 そんな彼らの幸せそうな様子を見て、彼らだけは、一良も消し去ることができなかった。

「そんな毎回訪ねて来なくていい。大丈夫、私は元気にやっているよ」

 官僚時代に培った愛想笑いで、一良は息子やその家族をやんわりと遠ざけた。

 その度に、一良の脳裏に己を裏切った歩美と康秀の顔が過る。

 こんな私を、二人は内心で嘲笑っていたに違いない。

 一良はじゃれついてくる孫たちを相手にしながら、自らを襲う理不尽を呪った。

 何故、私がこんな思いをしなければならない。

 不義理を働いたのは妻であり、友人であった康秀の二人だ。一良はなんら後ろめたいこともなく、愚直なほど誠実に二人と向き合っていた。

 そう、少しばかり間違いが起きた。それだけのことだ。

 笑えば笑うほど、一良の心が悲鳴を上げた。そうして、ふつふつと湧き上がる憎悪が、一良の心の中で呪詛を吐く。


「間違いは正さなければならない。あの二人に関するすべてを消し去って、すべてをやり直すことができたなら――」


 そうして一良は息を引き取った。

 その魂に固い決意を抱いたまま、真っ白い髪の、全身を黒服で覆った一人の男と向き合ったのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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