File2-15「危機感」
「アラタ、平気?」
待魂園の敷地を後にし、雑木林のトンネルに入ったところでオギナが姿を現した。彼に続き、アキラやツナギも何もない空間から姿を現す。
三人とも、管理官権限を使って今までアラタの傍で一良とのやり取りを見守っていたのだ。
「俺は平気です」
言葉では三人にそう告げる。しかし、今のアラタは誰が見ても憔悴していた。
アキラが無言でアラタの背を撫でた。
「しかし、困りました。本人が勇者への転生希望を取り下げないとなると……我々は彼を召喚部へ引き渡さなければなりません」
オギナの言葉に、ツナギも難しい表情で唸った。
異世界へ送り出す勇者については、生者・死者を問わず、異世界召喚部の管轄となる。理由は異世界間連合の神々の要請を受け、転生後の勇者支援を行う必要があるからだ。神々が勇者の人材を要請するために使徒を遣わす際も、その対応は召喚部が全面的に請け負っていた。
「一良さんの真意を知ることができたら手っ取り早いのですが……頑なに勇者となることにこだわるということは、『聖約』の存在をどこかで知ったのかもしれません」
オギナの呟きに、アラタは歯を食いしばる。
聖約とは、勇者となる者が神々と取り交わす契約のことである。
生涯を魔王退治に捧げるのだ。
その見返りを要求するのに、神々も意を唱えることは滅多にない。
過去にあった最悪の事例は、生前に己を殺した奴の魂をこの世から抹消してほしいと願った勇者がいたというものだ。
実際、その勇者の願いは叶えられた。
ある特定の魂を、勇者とはいえ人間個人の要請で消滅させることは、神々にとって犯してはならない禁忌である。
異世界間仲介管理院は当然、この行為に対して猛抗議した。
しかし、異世界間連合はこの神の判断を合法としたのだ。
「昨今、魔王の出現が増加傾向にあり、従来通りの方法ではこの困難を乗り越えることが難しい。当然、此度の一件に関わった神も事の重大さは承知している。しかし、事は急を要することであり、即時的な判断を伴うことを踏まえれば、この度の行動は勇者の誕生に必要な犠牲だったと言わざるを得ない」
異世界間連合はそう表明し、異世界間仲介管理院の抗議を退けたのだ。
魂の消滅は、この世で最も残酷な最期である。
輪廻転生の道が絶たれ、やり直す手段を永遠に奪われるのだ。
管理官の養成学校で習った歴史の中で、アラタが最も嫌悪する事例だ。
「何が世界のため、だよ。結局……自分の欲望を満たしたいだけじゃないかっ!」
アラタは己の胸に手を当て、制服を鷲掴む。
怒りのあまり、頭がどうにかなってしまいそうだ。
脳裏に蘇るのは、一良と最初に出会ったときに彼がもらした言葉だ。
――妻からもらったものを、今度は私がお返しする番だ。
勇者となった一良は、神とどのような聖約を結ぶつもりなのか。
少なくとも、アラタはその対象に彼の生前の妻が必ず名指しされると断言できる。それが魂の消滅か、一生彼の伴侶として生き続けることになるか。それは一良のみが知るところである。
「アラタ管理官、冷静さを欠いてはならない。管理官たる者、このような事態の時こそ、落ち着いた対応が求められる」
ツナギが声を荒げたアラタを諫めた。
ただ、彼の言葉を否定することはしなかった。
「申し訳ありません……」
項垂れるアラタに、オギナも彼の肩にそっと手を置いた。
「ひとまず、ナゴミ課長に相談しましょう」
アキラがそう促し、アラタたちは雑木林のトンネルを抜けて中央塔にある異世界転生仲介課の事務室を目指す。
「管理官が複数人で待魂園より出てくるとは……不測の事態でも起きたか?」
重い足取りの一行へ、声をかけてきた者があった。
花壇や長椅子が等間隔に設置された公園に、黒装束の青年が一人、影のように佇んでいた。
「ツイさん」
オギナが公園の長椅子の傍に佇んでいた白皙の青年を振り返った。彼の真っ白な髪が、ふわりと風にあおられて広がる。
ツイは目を細め、うつむいているアラタをじっと見つめていた。
「こんなところでどうされたんですか?」
「少しばかり知人と世間話をしていたまでのこと……これからまた、死者の送迎へと戻るつもりだ」
ツイの紅の瞳が、オギナに向いた。次いで、ツナギ、アキラ、黙り込んでいるアラタの顔を順繰りに見回す。
「悲観と焦燥、無力感と虚無……以前尋ねてきた、かの転生者とひと悶着あったか」
「……先導者に嘘はつけんな」
ツイの言葉に、ツナギがため息をもらした。
「魂に刻まれた想いは嘘をつかない。それらを読み取ることも死神として必要な資質だ」
「魂の、想いを……読み取る?」
ツイの言葉に、アラタはハッと顔を上げた。
「アラタ管理官?」
首を傾げるアキラを横目に、アラタはつかつかとツイの傍へ歩み寄った。
「ツイさん。あなたはどんな魂も、そこに宿る想いを見通すことができますか?」
アラタの縋るような視線に、ツイは軽く首を傾げた。
「魔法による妨害などがない限りは、可能だ。あくまでその時点で対象の魂が抱えている感情を読み取るにとどまるがな」
ツイは正直に答える。アラタがツイの腕を掴んだ。
「お願いがあります! どうか私にその力を貸してください!」
「アラタ、管理官。一体、何をする気?」
オギナが戸惑った様子で声を上げた。
「一良さんの本当の想いを確認します」
アラタは自分を注視するツナギたちにゆっくりと向き直る。
「一良さんの担当管理官として、彼が周囲へ発せないでないでいる『声』を拾いたい」
アラタは力強い声音で、そう断言した。
「その結果、一良氏が勇者への転生を強く望んでいたら?」
戸惑いがちにアキラが問いかける。
「それが本当にご本人の意思ならば、私は彼の意向通りに行動します。私にできる限りのことで、彼を最後まで支援するつもりです」
アラタはそこでいったん言葉を切った。
「ただし、それがあくまでも目的を達成するための『手段』でしかないのなら……私は、一良さんには『勇者』になることを自ら諦めてもらうつもりです」
アラタの言葉にオギナたちは息を呑んだ。
傍らでアラタの言葉を聞いていたツイもほうっと吐息をもらす。
彼は己の腕を掴む新人管理官を、その紅の瞳でいつまでも見つめていた。
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