File2-14「決裂」
アラタが一良と顔を合わせたのは、待魂園からの知らせを耳にした翌日のことだった。
場所は待魂園にある、一良の部屋だ。
ベッドとテーブル、椅子が二脚に本棚があるだけの簡素な室内だ。
「お久しぶりです、アラタさん」
一良が一か月前と変わらず、愛想笑いを浮かべた。
「はい……長らく、お伺いできず、申し訳ありません」
アラタは謝罪を口にし、頭を下げた。
「待魂園の園長より伺いました。『勇者』への転生を希望されている、と」
顔を上げたアラタはその表情を曇らせる。
「理由を、お伺いしてもよろしいですか?」
一良のどのような動作も見逃さないように、アラタは彼を見据える。
「もちろん、世界のためです」
一良は己の胸に手を当て、誇らしげに続ける。
「管理官の皆さんは世界のために、様々な問題を解決していると伺いました。私も国の官僚として、長年国家の安全政策に携わってきたのでわかります。出現する魔王の数が増え、世界の秩序が不安定だなどと、見過ごすわけにはまいりません。転生に際して、アラタさんは私に様々な要望を聞いて、それを叶えてくださるよう神さまに働きかけるとおっしゃいました。ならばいただいたその力を、世界を守るために使わなければ罰が当たるというものです」
一良の主張に淀みはない。むしろその正義感溢れる訴えは、彼の人柄を知らない人間が聞いても好感が持てるものだろう。
アラタは一良の目を見つめ、そっと口を開いた。
「『勇者』とは、神々の代行者です。世界を歪める魔王を征伐し、その生涯を世界秩序の安定に捧げます。神々の命令は絶対です。勇者は魔王討伐に必要な加護を神々から受ける反面、その行動をすべて神々によって決定されるのです。まず、平穏な余生は期待できません」
どれほど神々から加護を受けても、勇者は孤独だ。愛する人が失われることなど当たり前で、己が窮地に立たされても誰も救いの手を差し伸べてくれることはない。
時に、加護を与えた神ですら、勇者を見捨てる場合もある。
勇者の振る舞いはそのまま神の評判に関わる。勇者の中には、神々の代行者であることを盾に好き放題振舞う者もいた。そうなると勇者を任命した指名責任が発生し、民衆の反感は勇者とその勇者を指名した神々に向けられる。結果として民心が離れ、神々が求める「信仰」も得られなくなってしまう。それでは困るのだ。
最近では勇者の数が足りないため、神々も勇者の言動を大目に見ている節はある。それでも、勇者の資格をはく奪することもあった。資格を失った者の末路は悲惨だ。それまで持っていた神々の加護を一切、失うことになるからだ。
「過酷な環境に置かれるであろうことは、重々承知しております」
アラタの説明に対して、一良の態度は揺るがない。
「何故、そこまで勇者にこだわるのでしょうか。一良さん、世界のために力を使いたいとおっしゃるなら、勇者でなくともできることは多いはずです」
「むしろ、私の方があなたに聞きたいくらいです。何故、そこまで私が勇者になることを止めるのですか?」
一良は顔を大きく歪めた。アラタは表情を変えなかった。
「私が、あなたを担当する管理官だからです。誰だって、自分が関わった人が苦しい環境へ行くと言ったら、全力で止めますよ」
アラタは拳を握りしめた。無意識に、両肩に力が入る。
「私は言いました。あなたの人生をよりよくするために尽力すると……。私はあなたを世界の犠牲とするために、異世界へ送り出すつもりはありません」
一良が全身を小刻みに震わせる。
「一体、何様のつもりだ……そんなこと、大きなお世話だっ!」
だんっと一良がテーブルを叩いた。
「こちらが大人しくしていれば……勇者として転生する、それは紛れもない私の意思だ! 私の人生なのに、何故見ず知らずのあんたに指図されなければならない! あんたの口にする心配は、私にとって余計なお世話でしかない!」
一良はそれまでの態度から一変、眉を吊り上げて鬼の形相で怒鳴った。
「一良さん、あなたが想像するほど、勇者というものは――」
「もうあんたの話は聞きたくない! 今から職場に戻って、私の意向を上の人間に伝えろ! 私の要望を通せないんなら、上の人間が直接私に説明すべきだろう。あんたのような下っ端の人間じゃ話にならん!」
一良はそう言って、アラタを部屋から追い出した。
「一良さんっ、どうか話を――」
声を上げるアラタの前で、木扉は勢いよく閉ざされた。
乱暴に閉められた扉を前に、アラタは伸ばした腕を力なく落とした。
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