File2-13「アヴァリュラスの永獄」
「参ったね……まさか、こう来たか」
異世界転生仲介課の事務室で、ナゴミは口をへの字に曲げて呟いた。
いくら温和な彼でも、今回ばかりは苛立った様子だ。苦い表情を浮かべている。
この場に顔を突き合わせているアラタ、オギナ、ツナギ、アキラの面々が纏う空気も、決して穏やかなものではなかった。
「上は何と?」
ツナギがナゴミに問う。
「まだ部長にしか話していないけどね。阻止しろ、だってさ」
ナゴミが机上で腕を組むと、ふぅっとため息をこぼした。
待魂園より、知らせが入ったのがつい先程のこと。
内容はアラタが担当している転生者――鈴木一良が「勇者」への転生を希望しているというものだった。
知らせを受けたアラタが即座にナゴミに報告し、ナゴミはその報告を直属の上司である異世界転生部の部長へ上げた。部長は報告書を見るなり、先程ナゴミが述べた回答を寄越したというわけである。
「勇者とは、神々の加護を一手にその身に受ける代わりに、魔王の討伐に生涯を費やす宿命を担う者です。勇者の選定は神々への信仰心が高く、世界に忠誠を尽くすことが絶対条件です」
アキラが戸惑いがちに呟いた。
「けれど、今の神々にそう呑気なことも言っていられません。魔王の出現が増え続けている以上、多少の不忠も容認されているのが現状です」
オギナの苦い顔がぼやく。
魔王出現の増加により、勇者たちは現在フル稼働だ。
中には異世界間連合会議を通さず、独自に契約を結んだ世界同士の間で勇者の派遣が行われているほどだ。
それほどまでに今、「勇者」は足りないのだ。
しかし、いくら神々の加護を受けているとはいえ、世界を渡り歩いて戦い続ける勇者たちにも限界はある。
勇者とて、生きている「人」だ。
無理に働き潰せば、魂が歪み、勇者の素質を失う事態になりかねない。
最悪のケースは――
「アヴァリュラスの永獄」
アラタは静かに呟いた。
その呟きに場の空気が張り詰める。ピリピリと皆の緊張が皮膚を通して伝わってきた。
「その通り……養成学校でも真っ先に学ぶ歴史だ」
そう言って、ナゴミは頷いた。
アヴァリュラスの永獄とは、一人の勇者によってもたらされた破滅の歴史である。
かつて、アヴァリュラスと呼ばれる世界があった。
そのアヴァリュラスの神が治める世界に、突如として魔王が出現した。
アヴァリュラス神は己の傍に仕える魂の一つを勇者として転生させ、魔王討伐の任を与えた。
思いつく限りの神の加護を勇者に与えたアヴァリュラス神。
そして、そんな神の期待に忠義ある勇者は見事に応え、魔王討伐に成功した。
悲劇は、そこから始まった。
アヴァリュラス神が治める世界に、度々魔王が出現するようになったのだ。
加護を受けた勇者は出撃し、魔王討伐を次々に成し遂げていく。
魔王と勇者が戦うたびに、世界は荒廃していった。
そんな世界を間近で見続けた勇者は、一つの疑問を抱く。
なぜ、魔王を倒しても世界は荒廃していくのか。
その疑問は勇者の中で膨らみ続けた。
やがて、疑問はアヴァリュラス神に対する不信へと繋がった。
とうとう、勇者はその刃をアヴァリュラス神に向けた。
アヴァリュラス神の怒りは相当だったことだろう。
しかし、かの神の最大の誤算は、勇者に加護を与え過ぎたことだった。
アヴァリュラス神は、勇者へ過分に与えた加護により、成す術もなく身を滅ぼすこととなった。
そうして、神を討った勇者は魔王へと身を堕とす。
世界の崩壊が加速し、やがて勇者はその膨大な力の奔流に己自身の肉体や魂も破壊されていった。それでも、アヴァリュラス神より受けた加護――「不死」によって何度でも再生し、この世に存在し続けた。
当初は魔王に身を堕とした勇者を討伐すべく、多くの神々が勇者を派遣した。しかし、その悉くが魔王に飲まれ、崩壊していったのである。
異世界間連合はアヴァリュラスに出現した魔王討伐を断念せざるを得なかった。
代わって、アヴァリュラスの世界があった空間そのものを隔離することで、すべての世界の安全を確保することに決めた。神々の力を駆使し、アヴァリュラスの周囲に永遠に再生し続ける「防壁」を生み出し、かの魔王をその空間に封じ込めたのだ。
それが、アヴァリュラスの永獄である。
今もアヴァリュラスの永獄の中では、魔王に身を堕とした勇者の断末魔が防壁を壊し続けていることだろう。
滅ぶこともできず、永遠に苦しみ続ける魔王の歴史。
それは管理官の養成学校で最初に教えられるものだった。
「魔王となり、今もなおすべてを破壊し続ける勇者の存在を……我々は忘れてはならない」
ナゴミがうっすらと両目を開いた。
揺らめく黄金の瞳が、閉ざされていた瞼の下から覗いた。
「だからこそ、異世界間仲介管理院は中途半端な勇者を送り出すわけにはいかない。私怨から生まれた正義に、勇者の宿命など背負えるわけがない」
ナゴミの言葉に、アラタたち四人は同時に頷いた。
「我々が秘匿できるうちに……決着をつけるんだ」
ナゴミの両目が、その黄金の色を厳かに燃やした。
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