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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
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File1-2「転生者の少女」

 新人管理官の任命式から、早くも一か月が経った。研修項目をあらかた終え、新人管理官たちも配属先で徐々に仕事を任されていく。

 アラタもまた例にもれず、異世界転生仲介課に配属された管理官として、窓口業務に臨んでいた。

 異世界転生仲介課の主な業務は、転生対象の死者を円滑に異世界へ転生できるよう仲介することだった。

 おおまかな流れとしては、転生者一人に対し、担当管理官が面談を繰り返して転生者たちの要望を聞き出す。その要望に即した世界を探し出し、転生者に代わって神々と交渉を行う。そうして互いの利害が一致すれば、転生先へと転生者を送り出すといったものだ。

 アラタは自らが担当する転生者の事前資料を読み込みながら、部屋の前で立ち止まる。軽く息を吸って吐き出し、緊張で震える自分を落ち着けた。

 アラタにとって、初めての担当業務となる。

 管理官として恥ずかしくないよう振舞わねばならない。

「失礼します」

 ノックとともに、部屋へと入る。

 一人の少女が指先に髪を絡ませて、退屈そうな様子で椅子に腰を下ろしていた。

 明るい茶髪を肩口に垂らした少女は、リスのように愛らしい目を周囲に向けている。室内にあるものが珍しいのか、その動きは忙しない。

 ちらりとこちらを一瞥した少女が、眉間のしわを深めた。

「誰?」

 あからさまに警戒する少女に、アラタは居住まいを正して微笑む。

「初めまして。この度、あなたの担当管理官となりました。アラタと申します」

 アラタは気だるげな少女に名乗った。同時に、初仕事ということもあって気合を入れた。

「ふーん……よろしくおねがいしまぁす」

 少女はアラタをひとしきり眺めた後、丸めていた背を伸ばして座り直した。

 アラタも断りを入れて、彼女と向き合う形で着席する。

「では、さっそく。これからあなたの転生する世界(さき)について――」

「異世界転生って言ったらさぁ、すごい魔法が使えて、超モテモテのハーレムで、人生勝ち組でしょ? 転生したらちゃんとそういう能力みたいなの、つけてくれるんだよね?」

 アラタの言葉を遮り、少女は身を乗り出して言い放った。

 咄嗟の事に、アラタは自分の顔が引きつるのを感じた。

 少女が指先で卓上を叩く音が嫌に耳につく。

「えっと……」

 アラタの困惑を余所に、少女はどこか楽しそうに口元を緩めた。

「やっぱ、主人公は私なのよぉ。そりゃ、私は最初からなぁんにも間違ってなかったんだから、当然と言えば当然よね! 私、ざまぁ系の脇役キャラ転落物語とかが好きだったから……こういう展開、すっごく憧れてたのよねぇ。当然、異世界転生のお約束は守ってくれるんでしょ? そうなった私の人生、まさにイージーモードじゃん! やっぱ、異世界転生最高っ!」

 夢見心地に呟く少女を前に、アラタは縋るように手元のファイルに視線を落とした。

 少女の名前は、相沢(あいざわ)百香(ももか)

 享年十四歳。

 死因、転落死。それも高所からの飛び降り自殺だ。

 アラタが初めて担当することになった異世界転生者である。

 手元の資料には百香の経歴が細かく記載されていた。しかし、いくら見直しても百香の語る異世界転生の「お約束」に関する情報は皆無だった。

 養成学校でも、異世界転生に共通認識があるなどとついぞ聞いたことがない。

「んで、私はどういうお得な能力をもらえるの?」

 人懐っこそうな笑顔を浮かべた百香は、腕をさするような仕草をしてアラタに期待の眼差しを向けてくる。アラタはただ混乱するばかりだ。

「その……ご期待を裏切って申し訳ありませんが、異世界転生において転生者に能力を付与するかどうかは、転生(うけいれ)先の神々の采配に委ねられております」

 百香の話す内容の半分以上を理解できなかったアラタは、事務的な規定を口にする。

 管理官はあくまで仲介者だ。

 転生者の希望を聞き出し、彼らの意向に沿った転生先を見つけ出す。そして、その世界を統治する神へ転生者の要望を伝え、双方の要件が一致すれば転生先に指定された世界の神に転生者を引き渡すことが仕事だ。

 転生者への能力付与云々について、管理官は一切関与しない。それは転生先への受け入れ後の話になる。管理官の管轄外と言えよう。

 アラタは言葉を選びながら、百香にそう説明した。

「はぁ!? ケチケチしないでよ!」

 百香は途端に不機嫌になり、こちらの話を一切聞こうとしなかった。

「こっちは中学生で死んで、楽しいことも満足にできなかったんだよ!? 第二の人生くらい、楽しく過ごしたいじゃん!!」

 百香はアラタの説明を一蹴した。

「言っとくけど、転生するなら絶世の美少女じゃなきゃヤダかんね! それに、やっぱ生まれ変わるなら貴族の令嬢がいいなぁ。それで、魔法で料理や家具、可愛いドレスにアクセサリーとか出せるようにして。あ、冒険とかそんな面倒くさいのはいらない。やっぱ平民より、王族みたいに不自由ない生活がいいなぁ」

 百香は頬杖をついてにんまりとだらしなく笑う。

「それでね、転生した世界で超モテモテになって、あちこちの国の王子さま――それも美形ね! ここは譲れないから! そんな王子さまたちに求婚されるの! そこで私、こう言うわけ! 『私はこの世界のトップに立つ人の妻になります』って!! そうして世界中で私を取り合って戦争して、最後に残った王子さまとめでたく結婚! 唯一生き残った国の国王に溺愛された、その世界で唯一の王妃になるの!!」

 ダンッと百香は机を叩いて再びアラタに迫る。

「だからそのための力くれなきゃ転生したくない!」

 そう叫んだ百香は唇を尖らせてそっぽを向き、両手足を組んで椅子に座り直した。

「……ですから、私たち管理官にそのような権限はありません」

 アラタは努めて平静を装って百香を諭す。

 しかし、百香の手が再びテーブルを叩いた。

「私がほしいのは『はい』! それ以外の回答は受けつけないの!!」

 ビシッと百香の指先がアラタの鼻先に突きつけられる。

「私は異世界転生できる特別な人間なの! 小説や漫画、アニメでは異世界転生した主人公は特別な力をもらって、その世界で手放しに賞賛されて、そんでもって異性からは無条件にモテる! これはもうお約束なの!! わかった!? おじさん!!」

「お……おじさ……」

 ひくひくとアラタの顔の筋肉が痙攣する。

 ふつふつと湧き上がるものを、唇を引き結んで耐える。無意識に、拳を握りしめていた。

「わかったらさっさと特別な力を寄越しなさいよ! おじさん!!」

 アラタはそれ以上、目の前の少女と会話を続けることができなかった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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