File2-12「勇者」
あの若い管理官が姿を見せなくなって、もう一か月になる。
待魂園の園長から、管理官との面談が延期されることを聞かされた。最初は一週間かそこらだろうと高をくくっていた。さすがに二週間を過ぎようとした頃には、一良の焦りは日に日に募っていった。
「どうしてこんなに時間がかかるのですか?」
耐え切れず、そう園長を問い詰めた。
「今、世界情勢が非常に不安定なのです」
園長は一良の目をしっかりと見た上で、静かな声音で続けた。
「管理官は、転生者の皆さまを守り、不安定な世界情勢で不利益を被らないよう様々な業務を行っています。いつまでも待たされることに、不安を抱かれることはごもっともでございます。お詫び申し上げます。しかし、貴方の担当であるアラタ管理官は決して転生者を見捨てない、よい管理官です。ここは私に免じまして、どうぞお待ちいただきたいのです」
妙に確信のこもった口調で言い切った。
園長とあの若い管理官は、いわば同じ仕事をする身内だから擁護したのだろう。
それでも、一良よりもずっとあの若い管理官のことを知っている彼女の言葉に、それ以上反論することはできなかった。
とぼとぼと自室に戻る廊下を歩いていると、ある部屋の前で話し声が耳に届く。
「最近、また魔王の出現が多くなったんだよな……」
一良は廊下の隅に身を寄せ、部屋から漏れ聞こえる会話に耳を澄ます。
男性職員が話しているようだ。彼はさらに続ける。
「仕方ない。魔王を討伐しようって勇者がいないんだ。勇者に転生したがる奴もいない」
「魔王を倒すために神々から無条件に数多の加護を受けられるって話だが……その代償が大きすぎるからな」
もう一人の男性職員もそうこぼす。
「でも数百年前、勇者への転生を希望した奴がいたよな。んで、勇者になる条件が、昔自分を殺した奴の魂の抹消だったって……」
「ああ! あったな……実際、それって受理されたのか?」
「そりゃ通るだろうさ。数えきれない魂を消滅させる魔王を野放しにするくらいなら、たかだか人間一人の魂を消し去るほうが神さまとしても被害が少なくていいだろう」
一良は部屋から離れると、踵を返した。
そのまま、園長のいる部屋へ引き返す。
扉をノックして部屋に入ると、困った顔の園長に向けて一良は口を開いた。
「私を、勇者として転生させてほしいのです」
あの若い管理官にそう伝えてほしい、と続ける。
すると、園長の表情がこれ以上ないほど強張った。目を見開き、しばしの間を置いて一良に向けて身を乗り出す。
「正気ですか!? 勇者になれば一生を魔王討伐に捧げることになるのですよ!? あなたの意思も関係なく、ひたすらに苦しい戦いの日々です!!」
彼女の言葉は、一良を心から思っての言葉だった。
一良は心の中で、目の前の園長へ感謝した。
「私は、勇者になります」
それでも、一良は断固として譲らなかった。
「少しでも世界のためになるのなら、私は勇者になります」
もはや慣れた調子で、その顔に笑みを浮かべる。
「アラタ管理官にご連絡をお願いします。私が、勇者への転生を希望していることを」
神々からの無条件の加護。
魔王という「悪」を討伐するという絶対的な大義名分。
それらを手に入れたならば、今度こそ一良は不動な地位を手に入れる。
一良こそ、揺るぎない正義である。
勇者となれば、神々がその保証人となるだろう。
だからこそ、間違いはあり得ない。正さねばならない。
「悪を野放しにしてはいけません」
一良は静かな声音でそう言い放った。
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