File2-11「激務後の談笑」
「我が生涯においてただ一人の親友にして、よき理解者アラタ。君のことを俺はこの魂にかけて永遠に忘れることはないだろう」
オギナは己の胸に手を当て、悲しげな表情で目を伏せる。
彼の両肩が、小刻みに震えていた。
「……おい、勝手に殺すな」
下手な芝居を打ってからかうオギナに、机に突っ伏したままアラタが非難した。
途端、オギナは我慢できずに盛大に笑い出す。
アラタの目の下のクマは色濃く、両脇にだらしなく垂れ下がっている腕は疲労のせいで小刻みに震えていた。
「はい、差し入れ」
脱力しているアラタの目の前に、オギナはアイスコーヒーの容器を置いた。
アラタは礼とともに、容器を掴んで一気に喉へ流し込む。
途端、痛む頭を片手で押さえた。
「最初に報告が来たときは驚いたよ。転生者の転生業務を一時的にストップだなんて、そうそうないからね」
オギナは自分のアイスコーヒーに、自前の塩を注ぎ入れながら笑った。
「それに発案者がまさかの君。いやぁ、やっぱアラタと一緒だと飽きないね」
「そんな褒められ方、嬉しくない」
アラタは痛む頭を押さえながら、オギナを睨んだ。
「あとは、今日の異間会議でどういう結論になるかだね」
アイスコーヒーの容器の中でみるみるうちに溶け出す氷を眺め、オギナは目を細めた。アラタも黙り込み、じっと容器から流れ落ちる結露を見つめる。
異世界間連合。
略して異間連と呼ばれる機関は、異世界の神々が集い、異世界間で行われるやり取りにおいての仲裁や異世界間における条例などを決定する世界機関である。
その世界機関で行われる会議である異世界間連合会議は、提出された議案内容に応じてその都度開催される。
現在開かれている異世界間連合会議の議題は「魔王化現象における対策」だ。
早急に解決が求められる議案である。
「……ナゴミ課長を始め、上層部が方々に根回ししてくれたと聞いている。問題ないはずだ……」
そう言いつつ、アラタは不安が拭えずにいた。
異世界間連合は、異世界間仲介管理院の創設とほぼ同時期に成立した。
その歴史は浅く、それまで少数の同盟世界のみで構成されていた異世界間連合は異世界間仲介管理院の創設を機にその勢力を拡大することとなる。
異世界間連合と異世界間仲介管理院の主導的な介入を受け、異世界間における転生・召喚に関する法令や業務内容は即座に一定の水準に達する。
異世界間連合に加盟していた世界が、目に見えた形でその恩恵を享受するのにそう時間はかからなかった。
異世界間連合へ加盟を希望する世界の増加は、そのまま異世界間連合と異世界間仲介管理院の功績の高さを物語る。
当初は百に満たなかった世界しか加盟していなかった異世界間連合は、ものの数年で銀河の星屑を上回る数にまで加盟世界を増やしたのだ。
同時に、多くの課題も生まれた。
急速な発展を遂げた異世界間連合では、議案の可決方法から加盟条件の制定まで細かな法整備をしなければならない事態となったのだ。
加盟世界の神々は己が納める世界から優秀な人材を引き抜き、議会の運営に携わらせているとのことだが、未だに組織運営の面で神々同士の諍いは後を絶たない。
「異間連に加盟しておいて『魔王となった魂だってもともとは救済すべき魂なのだから見捨てるべきではない』なんてことを大真面目に言い放った世界の神さまもいるくらいだからね。それならなんで異間連に加盟したって言いたくなるよ」
オギナがそう呟くなり、鼻で笑った。
異世界間連合発足の主軸の中に掲げられているのは、「信仰」によって良質な魂を循環させることによる世界秩序の構築と維持である。
それを脅かす魔王は、絶対悪として排除すべきものとして異世界間連合ではすでに法令の中で定められていた。
「自分の世界から魔王を出してから発言してほしいよね」
オギナがここまで嫌悪するのは、魔王擁護派の世界の神々が一定数存在しているからだ。
神が慈悲の心でもって魂の救済を行うことで、その世界に住む人々から「信仰」を獲得できるのだと本気で信じているのだ。
「……俺たちはただ、異間会議の決定に従うしかない」
アラタは暗澹たる気持ちで呟いた。
「とりあえず、今日はもう書類作成はないんだろ? 早引きして、ひと眠りしてきなよ」
オギナが気を取り直すように明るい声で言った。
彼から向けられた笑顔に、アラタは力なく頷く。
「そうさせてもらう……」
異世界間連合会議の結果によって、一良への対応も変わってくる。
今はそれに向けて備えることにしよう。
「そう言えば、ツナギ管理官との共同作業はどうだった? 楽しかった?」
オギナが思い出したように、机の上を片付けているアラタに言葉を投げた。
アラタの顔が、生気が抜けるようにげっそりする。
「どうだったって……ハードだった、もうその一言に尽きる。最初から最後まで、指導の連続だ」
夢に見そうだ、とアラタは荷物を手に立ち上がる。
そのままおぼつかない足取りで事務室を出ていった。
「……わからないかなぁ」
アラタの背を見送ったオギナが、閉まる扉を見つめたまま微笑む。
「あのツナギ管理官が直々に指導って、なかなかないんだよ。まして、今回は異間会議に提出する素案だ。それってすごいことなんだけどねー」
オギナの呟きは誰に届くこともなく、事務室内の喧噪に溶けて消えていった。
Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020




