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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
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File2-10「打開策」

 談話室でのやり取りの後、アラタはアキラやオギナと別れ、中央塔の廊下を異世界転生仲介課の事務室を目指して進んでいた。

 アキラは資料作成の業務。

 オギナは担当している転生者との面談だ。

 そしてアラタはというと……異世界転生仲介課の事務室に戻って書類整理だ。

 一良との面談はアキラと合同で行うよう指示が出ている。アキラにも彼女が受け持つ業務がある以上、一良の一件のみに集中することはできなかった。

「……どうすればいいんだろうな」

 アラタは思わずため息とともにこぼした。

「背筋を伸ばせ、アラタ管理官!!」

 背後からの怒声に、アラタは脊髄反射で丸めていた背を伸ばした。

「はい! すみません!!」

「ツナギくん、厳しいねぇ……」

 背後を振り返れば、ナゴミとツナギがアラタのところへ歩み寄ってくるのが見えた。

「管理官たるもの、常に威厳のある姿勢を貫き、相手を不安にさせる言動は慎むべし。いかなる状況においても、管理官は己の心情を周囲に悟られてはなりません」

 ナゴミの言葉にも、ツナギは容赦ない。

 二人は午前中の会議に出ていたのか、小脇にファイルや資料の束を抱えている。

「会議、お疲れさまでした。また……魔王の件で?」

「ああ。ここ最近は特に増えているからな」

 ツナギが眉間にしわを寄せたまま頷く。

「みんな一途なんだよねぇ。自分が魔王になっちゃうくらい」

 ナゴミは自分の顎を指先で撫でる。

「誰かを好きになる、という感情は実に素晴らしいものだよ。けれどね、それと執着は違う」

 ナゴミはため息とともに腕を組んだ。

「あと、最近は復讐目的も多い。みんな自分が幸せになることより、自分を不幸にした奴に自分と同じほどの苦しみを与えることに快感を持つなんてさ。ぼくは長年管理官やってきたけど、未だに理解できないし、共感もできない感情だよ。砂糖みたいに甘くて円満な結末じゃダメなのかい?」

 ナゴミが首を傾げてアラタに同意を求めてくる。

 アラタは何とも言えない表情であいまいに笑うにとどめた。

「生物というのは、大なり小なり闘争本能が備わっているものです。それが過酷な状況において生き残るために必要な手段であり、生きる活力にも繋がっています。一概に否定はできないでしょう」

「そうだけどさぁ……せっかく第二の人生、やり直せる機会が巡ってきたって言うのに、復讐に費やすっていうのはもったいないと思わない?」

 やり直す、か。

 アラタは先ほどまでのやり取りを脳裏に浮かべる。

 妻との関係を、もう一度構築しようとする一良。

 新しい関係を、すでに構築している歩美と康秀。

 一良も、歩美や康秀への復讐のつもりで、再び二人の前に立とうとしているのだろうか。それとも本当に純粋な気持ちで、歩美との関係をやり直したいだけなのだろうか。


「もういっそのこと、執着する相手の魂が二つあれば楽なんですけれどね」


 アラタは痛む頭に手を当てて、ため息まじりに呟いた。

 しんっと回廊に沈黙が落ちる。

 アラタが不審に思ってナゴミとツナギを見る。

 二人ともじっとアラタの顔を凝視していた。

「それは……どういう意味だ?」

 ツナギの低い声に、アラタは自分の顔から血の気がサッと引いたのを感じた。

 また、何か失言をしてしまったのだろう。

「も、申し訳……」

「謝罪を求めているわけではない! 先程の発言の意図を説明しろと言っている!」

「ツナギくん、どうどう……」

 ナゴミがツナギを宥め、アラタに向き直った。

「ごめんね、アラタくん。君が先程言ったことが、ぼくらにはいまいちぴんっと来なくてねぇ。魂が二つあればっていうのは、具体的にはどういう意味だい?」

 ナゴミが首を傾げる様子に、アラタは肩の力を僅かに抜いた。

「あ、いえ……ええっと。実は先程まで、転生者調査課にて一良さんのことを話し合っておりまして。詳細は省きますが、一良さんのご要望を叶えるためには、彼が執着する奥さんの魂が二つあれば円満に解決するのでは、と」

 浅慮な発言でしたっ、とアラタは腰を直角に曲げて上司二人に頭を下げた。

「……なるほどね。その発想はなかったなぁ」

 ナゴミの言葉に、アラタは思わず顔を上げて首を傾げる。

「確か過去に一度、そういった事例を施した神さまがいらっしゃった。その報告書を読んだ記憶がある。内容の細部を詰めていけば、魔王出現の抑止策として異間会議でも通るかもしれない。そうなれば今回のような事例にも対応策として応用が可能だ」

「しかし……あまりに突飛な内容です。他の神々が了承してくださるかどうか」

「そこはほら、魔王が出る危険性が高いままでいいならどうぞってことにすればいいんじゃない? あくまでも、任意ってことで」

「発言が完全に脅迫ですが?」

「そーんなことないよぉ」

 二人はアラタを置いてきぼりに、何やら話し合っている。

 俺、いない方がいいかな?

「では、私はこれで……」

 アラタはそっとその場から離れようとする。

 ナゴミとツナギがすかさず、アラタの肩を掴んで引き留めた。

「アラタ管理官」

「は、はいぃっ!?」

 二人の呼びかけに、思わず声が裏返ってしまった。

 ナゴミとツナギはそんなことなど気にせず、ずいっと身を乗り出してアラタに笑みを向けてくる。

「鈴木一良氏の一件、一か月ほどまで待ってね。その間、こっちで方々に根回しするから」

「アラタ管理官、よくやった。お前は魔王に関する対策案に、一つの可能性を見出した。指導教官として嬉しく思う」

「は、はぁ……お役に立てて光栄です」

 アラタは二人の言い知れぬ圧に、口元を引きつらせた。

「では、さっそくぼくは調査課と監視課に行ってくるよ」

「私とアラタ管理官は次の会議に提出する素案をまとめます」

「えっ、俺ですか!?」

 アラタが悲鳴じみた声で思わずツナギに聞き返す。

「さ、急ぐぞ」

 アラタはツナギに腕を掴まれ、廊下を引きずられるようにして異世界転生仲介課の事務室に向かう。

「あ、あの……素案って」

「資料作成だ。普段の報告書作りと同じだから手伝え」

 あぁ、あと……、とツナギの厳しい顔がアラタに向いた。

「予め、管理部に一か月分の残業申請をしておけ」

 無情にも言い放ったのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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