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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
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File2-9「憎悪の理由」

 翌日、アラタは転生者調査課の事務室に向かって回廊を進んでいた。

「調査課の事務室には初めて入るね。いつも窓口までだから」

 傍らのオギナがぼそりと呟いた。

「そう言えば、そうだな」

 アラタも頷いて応える。

 ツナギの進言もあり、オギナもアラタの案件に補助として関わることになった。

 経験は多く積むに越したことはない。

 ナゴミも了承し、アラタはオギナに自分が受け持つ鈴木一良とのやり取りを説明していた。そこへ、転生者調査課のアキラから呼び出しがかかったのだ。

 二人はすぐさま転生者調査課の事務室に向かった。

 アラタとしては、オギナが補佐に入り、心強い限りである。

「いらっしゃい! ごめんなさいね、来て貰っちゃって……」

「いえ、こちらこそ貴重なお時間をいただいてすみません」

 転生者調査課の事務室に入ると、アキラが資料の束を両手に二人を出迎えた。

 彼女の背後では、虚空に映し出された画像が目まぐるしく入れ替わっていた。

 転生者の情報調査を一手に担う転生者調査課は、各(デスク)にも専用の端末が設置され、管理官たちが虚空に映し出された画像をタッチして情報の整理を行っている。

 異世界転生仲介課とはまた違った喧噪に、アラタは興味深く事務室内を眺めていた。

「しばし、談話室入りまーす!」

「うぃー」

「はいはーい」

 アキラが事務室に一声かけると、各所から返事が上がる。

「こちらへ」

 アキラに促され、アラタとオギナは事務室に隣接された談話室に入った。

 扉を閉めると、アキラが壁に埋め込まれた端末に手をかざす。

 ぶぅんっと耳鳴りに似た振動が全身を覆った。

「盗聴防止魔法です。これから話すことはあまり知られてはいけない内容ですからね」

 アラタとオギナは表情を引き締め、アキラと向かい合うようにソファに腰を下ろした。

「二人に来て貰ったのは、鈴木一良さんの周辺情報について提供するためです。課長や部長へも指示を仰いだ結果、今回の一件では必要と判断されました。これからお二人にお見せするのは、鈴木一良さんの奥さん、そして彼の友人についての情報です」

 アキラは机上に乗せた資料の束を目で示し、アラタとオギナを見据えた。

「当然ですが、ここで見聞きした情報は他言無用に願います」

「わかりました」

「もちろんです」

 アラタとオギナは同時に頷いた。

 通常、転生者調査課が異世界転生仲介課へ流す情報は転生者当人の情報のみだ。

 家族関係の記述も、業務上で必要と判断されるものだけを簡潔にまとめるに留めている。

 担当管理官とはいえ、転生者の周辺情報を詳細に知ることはできない。それを開示するということは、それだけこの一件が慎重に対応しなければならない案件だと上が判断したと言うことだ。

「では、鈴木一良氏の生前の奥さんの情報から。名前は鈴木(すずき)歩美(あゆみ)さん。享年六十三歳。一良氏とは親同士が決めた結婚だったようですね。歩美さんが三十歳になった頃に、嫡男を授かります。ここまでは、本人も話していた通りです」

 問題はここからです、とアキラは眉間のしわを深めた。

「一良氏には、同じ職場で働く親しい友人がいました。家にも招き、歩美さんとも面識があったようです」

 安藤(あんどう)(やす)(ひで)、享年六十五歳。

 鈴木一良氏の二才年下の後輩だが、趣味などが合ったためかすぐに意気投合したらしい。

「不倫、ですか?」

 オギナが結論を先回りした。アキラもあっさり頷く。

「しかも、歩美さんが生んだ嫡男も、康秀氏との間でできた子のようです」

「仲が良かっただけに……それは……」

 アラタがなんと言っていいかわからず、眉をしかめる。

「それで、一良さんはいつその事実を知ったんですか?」

「六十七歳の時、歩美さんの事故死をきっかけに知ったようですね。遺品を整理していた折に彼女と康秀氏の間で交わした手紙から知ったようです」

 資料の記述を目で追いながら、アキラが答えた。

「一良氏も……DNA鑑定という、人間が開発した細胞の遺伝子配列を照らし合わせる方法で確認し、確証を得ています」

 幸せな人生でした、と微笑んだ一良の顔がアラタの脳裏を過る。

「……嘘を、ついていたということですか?」

 アキラとオギナがアラタに振り向いた。

 アラタは顔を下に向け、膝に乗せた自分の拳を睨みつける。

「幸せな、わけじゃなかったのか……」

 何故、幸せだったなどと嘘をつく必要があったのだろう。

「アラタ、前にも言ったよね? 幸せの尺度は自己判断だって」

 オギナの言葉に、アラタは顔を上げる。彼は真っ直ぐアラタを見つめていた。

「一良さんにどういった意図があろうと、俺たちにその真偽を確かめる術はない。ここで俺たちが問題とするのは、彼の要求の方だ」

 オギナはアキラに向き直る。

「これはあくまで私の推測に過ぎませんが……彼はやり直そうとしている。もう一度自分の意思で、歩美さんとの関係を何かしらの形で再構築しようとしていると、転生者調査課では判断されたというわけですね?」

 アキラもオギナの言葉に頷いた。

「この状況は非常に危ういものです」

 アキラはアラタとオギナに二枚の資料を示した。

「さらに、悪い報せです。一良氏の奥さんであった歩美さんと彼女の交際相手であった康秀氏は、双方の強い希望により同じ異世界へ転生しているのです」

「そんなっ……」

「……まずいですね」

 アラタは表情を強張らせ、オギナが苦い呟きをもらした。

 異世界間仲介管理院では本来、同じ世界出身の転生者同士を同じ異世界に転生させることはない。一つの魂に執着することは、その魂の存在を非常に不安定なものにするためである。

 死んだら、それまでの繋がりは断ち切られる。

 それが転生の摂理だ。

 しかし、転生者同士の強い要望ないし考慮すべき特別な理由がある場合は、例外的に認められている。転生の摂理を捻じ曲げてしまうほどの執着がその魂に残っていると、下手に切り離すと魂が歪んでしまう事態に陥るからだ。

 最悪の場合、その魂が魔王化してしまう可能性が出てくる。

 一良の妻であった歩美は、すでに康秀とともに新たな人生を歩んでいる。

 それも、双方の強い希望によって実現した転生だ。

「もしもこのまま、一良氏が望む形で転生させれば……一良氏あるいは康秀氏のどちらかが魔王になる可能性が高くなります」

 アキラの言葉に、しんっと談話室に沈黙が流れた。

 一良よりも先に死んだ二人は、来世での繋がりを求めた。

 結果として、異世界間仲介管理院は先に死んだ二人の要望を叶えたのだ。

 では、一良はどうなる?

 アラタだけでなく、アキラやオギナも同じ考えに達したのだろう。

「……一良さんには、どう説明すべきでしょうか?」

 アラタの疑問に、アキラとオギナも顔を見合わせていた。

「情報の開示はできません」

 アキラがまず、それだけを断固とした口調で言い切った。

「我々管理官の務めは、魂を循環させ、神々と世界の存在を維持することです。人間一人ひとりの希望にできる限り添うことはしても、すべての願いを叶えることが我らの職務ではないのです」

「我らの立場は、管理官であれば誰もが理解しています」

 オギナの穏やかな口調が、少しばかり尖った。

「ですが、あえて言わせていただきます。我らの理屈は、転生者には通じません。一良さんが強い希望を示している以上、私はその意を汲むべきだと考えます」

 オギナはやや強い口調のまま続ける。

「情報を開示しないことには賛成です。しかし、一良さんの処置については、魂の循環に重点を置き過ぎるべきではありません。魔王化した魂を生み出しかねない。それこそ、本末転倒です。一良さんが納得しない限り、彼はいつまでも前世に味わった後悔の鎖に捕らわれたままです」

「オギナ管理官の言い分も理解できます。けれど、一良氏の奥さんとご友人はすでに転生処理を済ませています。この決定を後から覆すことができない以上、一良氏の方をどうにかするしかありません」

 アキラはオギナを真っ向から見据え、言い返した。

「一良さんに彼らとは別の転生先を掲示するつもりですか? 管理官による転生者への意図的な誘導行為は禁止されています。我々がすべきは転生者の要望を聞き入れ、その魂が抱える心残りや負の感情を取り去ることです」

「聞き入れた結果、魔王が生まれたらどう責任を取るつもりですか? それこそ本末転倒です」

 アキラは頑なに、一良が先に転生した二人とは別の世界へ転生できるよう取り計らうべきだと主張する。

「世界を超えてまで、一人の人間に執着するような人ですよ? これは相当根深い問題です。我々がいくら都合のいい提案をしたところで、彼が(なび)くとは思えません」

 オギナも退かない。一良の意向は優先されるべきだと譲らなかった。

「早く死んだ方の要望は叶えられて、遅れて死んだ者の要望を突っぱねるのは理に適わない。それでは長生きした転生者ばかりが不利益を被ります」

 二人の言い合いを聞きながら、アラタは黙り込んでいた。

 アキラの言い分も、オギナの主張も、どちらも管理官として正しい。

 だからこそ、今回の案件に明確な回答が出せないでいる。

 本当にないのだろうか。

 アラタは一人、自問する。

 歩美と康秀、一良の三人が円満に……互いの魂の傷を無くす方法は本当にないのだろうか。

 握りしめた手を見下ろしたまま、アラタは唇を噛み締める。

 どんな転生者も、不利益にならない最良の道。

 必死に考えを巡らせるが、結局、何も思い浮かばなかった。

 アラタはただ黙って、意見をぶつけ合う二人の様子を眺めていることしかできなかった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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