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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
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File2-8「死神の姿」

 終業時刻となり、アラタはオギナとともに揃って中央塔を後にした。

 異世界間仲介管理院の重厚な門をくぐり、舗装された中央通りを南下する。二人は中央通りを左に折れると、商業地区の飲食店が並ぶ通りに入った。

 その一角に佇む店の前でオギナが立ち止まる。

 赤レンガが特徴の、小さな洋館を思わせるレストランだった。

「以前、ナゴミ課長からここの店の肉料理がおいしいって教えてもらったんだ」

「へぇ……落ち着いた店だな」

 オギナに続き、アラタは店の扉をくぐった。ドアベルが客の来店を告げる。

「あれ、ツナギ管理官!」

 店に入るなり、オギナが手前の席で見知った顔を見つけた。

「オギナ管理官、それと……」

「あら、アラタ管理官!」

 ツナギの向かいの席に座っていたアキラが、ひょっこり顔を覗かせる。

「ど、どうも……」

 アラタは驚きのあまり反応が遅れた。軽い会釈とともに、ツナギとアキラの二人を交互に見る。

「よかったら一緒にどうかしら? ツナギちゃん、ツイさん、構わないでしょう?」

 どうやらツイも一緒にいたらしい。

 窓際の死角となっている席で、無表情の死神が静かに頷いている。彼は微動だにせず、じっとアラタを見つめてくる。アラタはツイの視線に、居心地の悪さを感じた。

「構わないわよ」

「異論なし」

「ですって、ほら座って座って!」

「せっかくなので、お邪魔しまーす」

 オギナが満面の笑みでアキラの隣に腰を下ろす。

 彼と向かい合い、アラタは遅れてツナギの隣の席につく。

「また厄介な事案を扱っているそうだな」

 席につくなり、ツナギが鋭い目でアラタを見た。

 アラタは思わず息を止めて全身を強張らせる。

「ほーらー、ツナギちゃん。そうやって威圧するから、可愛い後輩くんがおびえちゃうんじゃないかしら?」

 アキラがへらりと笑ってツナギに注意した。

「……この顔は元々よ」

「違うわよ。笑うとツナギちゃんはとても可愛いわ。長い付き合いの私は知っていますからね」

 不機嫌そうに唇を尖らせるツナギに、アキラが朗らかに笑った。

 そんな二人のやり取りを、アラタは新鮮な気持ちで眺めていた。

「ツイさんもお二人とは長い付き合いで?」

「先導者として管理官に魂の引継ぎをする関係上、二人とは早々に面識を持った。結果として、二人が酒を飲む際には介抱役として同席させられている」

 いつの間に打ち解けたのか、オギナが無表情のツイに質問している。ツイも特に抵抗なく説明していた。

「この二人は酒が入ると面倒だ。酒乱で手がつけられん」

「えっ、そうなんですか? 意外です……」

 ツイの言葉に、アラタも思わず声を上げた。

 すぐさま、ツナギとアキラから抗議の声が上がる。

「ちょっとツイさん、酒乱だなんて人聞きの悪いことを二人に吹き込まないでください」

「酒を摂取したことにより、第三者が心理的、肉体的に負担を被るような状況になれば酒乱と称されても致し方ない」

「あれは酔ったうちに入らん」

「先輩、酒飲みのその言葉は信用されませんよ」

 ツナギの傍らでアラタは呆れている。

 オギナは好奇心を刺激されたようで、軽くツイへ身を乗り出していた。

「ちなみに……お二人の酔い方はどれほどすごかったんですか? 物理的に攻撃してくる? それとも小言を延々と垂れる精神的なもの?」

「オギナ管理官、お前いい度胸しているな」

 ツナギがギロリとオギナを睨むが、彼はへらりと笑って流した。

 気になって仕方ないのだろう。こういう時、あのツナギにも動じない同期をアラタは尊敬している。

「主に物理方面において」

 オギナの遠慮のない質問にも、ツイは淡々と答える。

 運ばれてきた料理に口を付けながら、アラタはこっそりツナギを盗み見た。

「言っておくが、もう若い頃のようにバカみたいに飲まないぞ?」

 ツナギがアラタに抗議する横で、ツイは静かに頷く。

「最近は羽目さえ外さなければ問題ない」

「それって、プライベートだと致命的じゃないですか?」

 オギナの指摘に、ツナギは何ともバツの悪い表情で押し黙った。

 言い負かされる先輩とは……希少(レア)だ。

 アラタはそんな場違いな感想を持った。

「では、私はこの辺で」

 ツイが席を立つ。

「後輩管理官殿、先輩方の介抱を要請する。私はまだ仕事がある」

「はい、ご迷惑をおかけしました」

「ツイさん、食事は……」

 ツイが座っていた席に、食事が運ばれてくる気配はない。

 調理に時間がかかるようなら、今からでも持ち帰りをお願いしてみてはどうだろう。

 そう言って気遣うアラタを、ツイは片手で制した。

「死神の食事とは、物質的なものではない。我らが喰らうのは『恐怖』だ」

 ツイは言うなり、己の顔を片手で覆った。

 彼の手が己の顔を撫でると、そこには黒くぽっかりと落ちくぼんだ眼窩(がんか)が覗く。

 それまで人の皮をかぶっていた死神は、骸骨の身体に闇色のローブを纏った「死」の姿へと変貌した。

「っ!?」

 ツイの姿を見たアラタとオギナは、目を見開いて絶句する。

「お仕事、頑張ってくださいねー」

「またこちらに来たら付き合え」

 ツナギとアキラは、慣れた様子でツイを見送っている。

 ツイは黒い靄のようなものを引き連れ、店を出ていった。

「……本当に死神だったんだ」

 ツイの背を見送り、アラタは顔を青ざめた。

骸骨(あれ)が普段の姿だな」

 ツナギが葡萄酒をあおり、アキラは何度も頷きながらくすくす笑っている。

「転生者の先導であの姿だと怖がられて仕事にならないから、うちに来るときはさっきみたいな社交モードで来ることが多いですね」

「意外と見た目とか気にしてるんですねぇ……」

「死神さんたち、ああ見えて結構、繊細だから」

「繊細で傷つきやすい骸骨って……」

 なんだかちぐはぐな印象に、アラタはツイという死神がよくわからなくなった。

 怖がればいいのやら、親しみを覚えればいいのやら……。

 そんなアラタへ追い打ちをかけるように、葡萄酒を片手にツナギが言い放った。

「ちなみに、奴の趣味は園芸だ。好きな花はマーガレットらしいぞ」

 オギナが噴き出し、アラタも咀嚼していた肉を喉に詰まらせてむせる。

 ツイに対する意趣返しのつもりだろうか。

 その後、アキラがツイの園芸趣味について知っていることを色々聞かせてくれた。

 そのおかげでアラタとオギナはしばらく、ツイを見かけるたびにマーガレットの花を片手に持った死神の姿を思い浮かべる羽目になった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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