File2-6「先導者ツイ」
一良との面談を終えたアラタは、そのまま待魂園の敷地を出た。
「お疲れさまです、アラタ管理官」
アキラも、管理官権限を解いてアラタの傍らに姿を現す。
実際はずっと傍にいたのだろうが、そこはプロだ。まったく気配を感じさせずにアラタと一良のやり取りを観察していた。
「アキラ管理官も、お疲れ様です。あの……あんな質問で何かわかりましたか?」
アラタは戸惑いがちにアキラに問いかけた。
アキラから受けた具体的な指示は「奥さんとの思い出話を引き出せ」というものだった。
結果として、アラタは一良がとても奥さんを大切に思っており、そんな妻をまた幸せにしたいと思っている様子しか察せなかった。
「ええ、少なくとも彼が奥さんをどう思っているか。そのデータは収集できました。ここからは彼の交友関係をあたります。それも、奥さんともども懇意にしていたと思しき人物です」
アキラは耳飾りを指先でもてあそびながら、くすくすと楽しそうに笑っている。
「アラタ管理官に私から細やかなアドバイスを差し上げます。人間というのは、自分の思惑を巧みに押し隠します。額面通りに言葉を受け取っただけでは、真実に辿り着けない場合もあるということを覚えておいてください」
「肝に銘じます」
アキラの言葉に、アラタは表情を引き締めた。
初めて担当した転生者のことが脳裏に過る。
あの時、アラタは嫌というほどその重要性を痛感した。
「うふふ、まぁ、現時点ではそこまで気負わないでください。私としては、修羅場のにおいがあればもっと興奮するんですけどねぇ。一応、彼と親しかった友人のことも手を広げて調べてみましょう。あとは……一良氏の幸福指数に関する裏取りですね」
「裏取りって……どうやって?」
首を傾げるアラタに、アキラはくるりと踵を返す。
「もちろん、先導者から証言を得ます」
アキラはアラタに微笑むと、中央塔の方へ歩き出した。
「彼らは転生者との第一接触者であり、我々異世界間仲介管理院へ情報を提供してくれる頼れる隣人です」
アラタを促し、アキラは雑木林のトンネルを抜けると道を外れた。
彼女が向かった先は、異世界間仲介管理院の中央塔。
その近くに設置された第一方陣前だった。
異世界間仲介管理院の敷地内にある東西南北に設置された転移方陣には、それぞれの用途で使い分けがなされている。
まず南部に設置された第一方陣。
これは死者を主とした転生者を受け入れるための玄関口だ。
先導者はこの第一方陣で、異世界間仲介管理院の管理官に己が導いてきた死者を受け渡す。
やがて、転生者は北部に設置された聖堂にある第二方陣にて旅立っていくのだ。
東の第三方陣は生きた人間、主に召喚者を受け入れるための方陣で、西の第四方陣は攻撃性の強い魂を受け入れる専用方陣である。第四方陣の周辺には異世界間防衛部の部署が立ち並んでいることもあり、西部地区ないし西部基地とも呼ばれている。
アラタは人混みをかき分けながら、周囲をしきりに見渡した。
さすがは異世界間仲介管理院の玄関口とも呼ばれる第一方陣。
毎日、様々な世界から魂を受け入れている関係もあって、最も賑わっていた。
「そこの管理官、しばしその場にて停止を」
急に背後から声をかけられた。
アラタは驚いて、踏み出しかけた足を虚空に浮かせたまま静止する。
すると、一人の男性がつかつかと歩み寄ってきた。彼は身を屈めると、アラタの足元から何かを掬い上げた。
「保護完了。ご協力、感謝する」
無表情の男性はそう言って、手で掬い上げたものをアラタに示した。
小人族だろう。
アラタの親指ほどのサイズの小さな魂が、安堵した顔で男性を見上げている。
もしあのままアラタが足を踏み出していたら、この小さき魂を踏み潰していただろう。
「これは大変失礼をいたしました!!」
アラタは慌てて頭を下げた。
受け入れた魂を傷つけたとなれば、始末書では済まない。
「以後、ご注意を。ここは魂の受け入れ場。種族はもちろん、大きさも千差万別な魂が混在している」
男性はそう言ってアラタを諭した。
紅の瞳に真っ白な髪、黒いスーツをしっかりと着こなした男性は、その美しい容貌に反して死の影を色濃くその身に宿していた。
はい……、と僅かに身を引いたアラタの傍らで、アキラが軽く手を振った。
「ツイさん、お久しぶりです」
どうやら顔見知りだったらしい。
ツイと呼ばれた男性も、紅の目をアキラに向けて会釈した。
「アラタ管理官、ご紹介します。先導者のツイさん、所属は冥界ですよ」
「冥界……というと――」
「要するに『死神』だ」
ツイは淡々と述べ、その白髪を軽く撫でた。
「死者を冥界へ導くことが私の本来の仕事。だが、この時勢ゆえ……冥界は異世界間仲介管理院より一部の業務を委託されている。死者の魂の運搬は命が生まれた瞬間より、我ら冥界の者が担ってきた分野だからな」
本来、死者に対する罰則などの裁量は各世界の冥界、ないし死を司る神々が担う。
けれど、主に人間を代表する文化種族の価値観の多様性が、冥界への道を狭めていった。
乱暴な言い方をすると、冥界へ赴くことができない迷子の魂が続出したのだ。
冥界も例にもれず、「信仰」によって成り立っている。
「死んだら地獄に行って裁きを受ける」という認識が死者を迷いなく冥界へ導き、そこから裁判を受けて天界――魂の浄化が行われ、神々の傍に仕えることになる。
だが、冥界に対する認識の変化は、かの場所へ辿り着けない魂の多さに比例する。
多くの死神が失業を迫られ、冥界の神々も打開策を見出せずにいた。
そこに、例の神々の会議である。
冥界が死者の魂を連れていけないというなんとも質の悪い冗談のような事態にほとほと困り果てていたところ、若い一柱の神が発起人となって異世界間仲介管理院の創設が決定した。
しかし、新設されたばかりの異世界間仲介管理院では膨大な数の魂の運搬は困難である。
そこで特例処置として、異世界間仲介管理院への魂の運搬業務を冥界が担うこととなった。そのかいあってか、今では死神の存在も安定し、現在に至ってもその相互扶助的な関係は続いている。
「ツイさん、あなたに聞きたいことがあるのです」
「私が認識している事柄に対してなら回答しよう」
アキラの言葉に、ツイは即座に頷いた。
「あなたが数日前にうちへ連れてきてくれた、鈴木一良氏……覚えていますか?」
「無論。死者の魂の判別は死神業をする上で必須事項だ」
ツイの頼もしい言葉に、アラタは彼に尊敬の眼差しを向けた。
「今、こちらのアラタ管理官が彼を担当しているのだけれど……本人は幸せな人生だったって主張しているのです」
「あり得ない」
アキラの言葉を、ツイは即座に切り捨てた。
「それは、何故ですか?」
アラタも思わず身を乗り出した。
ツイの紅の瞳が、無言でアラタに向けられる。彼の言動には個人的な感情は含まれていない。あくまでも事務的な態度だった。
「鈴木一良氏の魂には強い心残りが存在する。そして、その強い心残りが冥界への道を阻害しているため、これは一度、転生をさせなければならないと冥界側は判断した」
ツイがスッと両目を細める。
「あの魂は、その身に強い憎悪を抱いている」
彼は断言した。
「憎悪……?」
そうだ、とツイは律儀に頷いた。
「冥界側は、かの魂の憎悪を取り除かない限り、冥界での裁判どころか魂の浄化も行えないと判断した。対応を間違えば……『魔王』になりかねない状況だ。故に、彼がもともと所属していた世界の神はかの魂の所有権を早々に放棄。異世界への転生と相成った」
「やはり、そうでしたか」
頷いたアキラの傍らで、アラタはごくりと喉を鳴らす。
もともと所属していた世界の神が、手放すほどとは……鈴木一良が抱える憎悪とはどれほどの深さなのだろうか。
「アラタ管理官、危惧に過ぎるやもしれんが忠告だ」
ツイはアラタを真っ直ぐ見据え、静かな声音でこう告げた。
「人は嘘をつく。だが、その魂に刻まれた想いは誤魔化せん。魂の表層のみを眺めていては、かの魂の望みは叶えられないだろう」
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