File2-5「探り合う面談」
あの若い管理官が再び自室を尋ねてきた。
「本日もどうぞよろしくお願いします」
お互いにそう挨拶を交わすと、先日と似たようなやり取りが行われる。
転生先の希望。
欲しい能力や地位。
転生先に望む世界の環境など、まるで家を買う時の不動産とのやり取りのようだ。
「一良さんにとってよりよい人生を歩めるよう、我らも尽力いたします。不安なことやわからないことは遠慮せずに聞いてください」
若い管理官はそう言って微笑む。
真面目そうな好青年だ。
しかし、真っ直ぐすぎて逆に危なっかしい印象も受ける。
こういう素直な若者を見ると、つい説教臭くなっていけない。
「アラタさんはお若いのに、様々な業務を任されているのですね」
一良がそうアラタへ笑いかけると、彼はすぐに照れた様子で頭を掻いている。
自分はまだまだだ、と謙遜する姿勢も好ましい。
とはいえ、実際の年齢を聞いて驚いたものだ。
五三六歳など、一良よりもずっと年を取っていることになる。
「この場所が創設された当時は『時』の概念すらなかったんですよ。今では聖道祭……一良さんの世界で言うところの元旦ですね。そこで一つ年を取るという数え方をして一年の月日を数えているんです」
一良はアラタの説明にようやく納得した。
数え年のようなものだろう。
同時に、この世界に季節の巡りがない理由も理解した。
この世界には、一良のような事情を抱えた様々な人間がやってくる。
中には暑い地域、逆に寒い地域で生まれ育った者もいることだろう。季節という安定しない気候の変化は作物を育てるのには必須だが、転生者にとっては悪戯に圧迫感を与えるだけで不利益しかないという。
「転生したら、私もアラタさんのように年を取らないようにできるのですか?」
一良はぽつりともらした。
年を取っても若い姿のままというのは、いささか羨ましく思った。
「転生先の世界を治める神さまの采配次第ですが……一良さんが強く望むようでしたらこちらから働きかけることは可能です」
アラタは真面目な顔で頷いた。
本当に、死後の転生というものがこんなに至れり尽くせりでいいのだろうか。
あまりに待遇が良すぎると、一良は思わず引け目を感じてしまう。
目の前の人のいい管理官も、今後一良がどのような人生を歩みたいか具体的に要望を出してほしいと言う。いきなりそんなことを言われても、すぐに思いつくものではない。
「そうですね……」
とはいえ、一良にとって強い望みはたった一つだけ。
もう一度、叶うのであれば――
「私が生前、連れ添った妻ともう一度同じ世界で夫婦として生きたいですね」
一良の申し出に、アラタは少しばかり目を見開いている。
「奥さんと同じ世界で、また夫婦に?」
「ええ、私には彼女が必要だ」
一良はしっかりと頷き、首を傾げるアラタに言い聞かせる。
「妻は美人で、器量もよく……よく趣味で園芸や手芸をしていまして。冬には手編みのセーターやマフラー、手袋も編んでくれたんですよ。料理だって、正直どの高級レストランも妻の料理には敵いません。私にはもったいないほど素晴らしい女性でした」
一良はしみじみと頷く。
「奥さんのこと、本当に愛していらしたんですね」
「ええ。私はこの魂をかけてもう一度、彼女とともに人生を歩みたい。生前は人生の半分以上を仕事に費やしていたせいで、妻との時間をあまり取れませんでした」
もしかしたら、寂しい思いをさせていたかもしれない。
いつも仕事に行く一良を見送ってくれていた妻の笑顔を脳裏に浮かべる。
彼女の瞳に映っていたのは、いつも仕事へ向かう私だったはずだ。
「今度は私の番です」
一良はアラタをまっすぐ見据える。
「妻からもらったものを、今度は私がお返しする番だ」
その手助けをお願いしたい、と一良が述べると、アラタは満面に笑顔を浮かべた。
「もちろんです」
若い管理官は、それは眩しそうに目を細め、そう呟いたのだった。
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