File2-4「助っ人」
翌日、アラタはナゴミに呼び出された。
異世界転生仲介課の事務室で、アラタは一人の女性管理官と引き会わされた。
長く尖った耳が特徴的な、凛とした佇まいの女性だった。
初夏の頃に芽吹く若葉のような髪と瞳を持つ女性管理官は、うっすらと微笑を浮かべている。
女性管理官は落ち着いた物腰でアラタへ会釈を寄越した。
アラタも慌てて一礼する。
指導教官であるツナギが燃え上がる炎だとすれば、目の前の女性は風にそよぐ木漏れ日のように穏やかだ。
「彼女は転生者調査課のアキラくん。優秀な子だから、この機会に分からないことはどんどん質問するといいよぉ」
そう言ってナゴミはいつものように笑った。
青痣が目立つ右頬が痛々しい。
「初めまして、アキラと申します」
アキラは、長く尖った耳を僅かに揺らしてアラタを見上げる。
「アラタです。この度はどうぞ、よろしくご指導お願いいたします」
アラタも丁寧に頭を下げる。
さっそくアキラと待魂園へ向かうことにした。
異世界転生仲介課の事務室を出るなり、アキラの長い両耳が力なく垂れ下がった。
「あの……アキラ管理官、やはりご迷惑でしたか?」
アキラの横顔を見下ろしていたアラタは、おずおずと彼女に問いかけた。
「え?」
アラタを振り返り、アキラがきょとんっとした表情になる。一見すると本当に落ち込んでいたのかと錯覚しそうになるが、彼女の耳は垂れたままだ。
無自覚なのだろう。
「事務室を出た途端……なんだか落ち込んだご様子だったので」
アラタが指摘すると、アキラはパッと顔を朱に染めた。
「そ、そんなに分かりやすかったですか!?」
明らかに狼狽えるアキラに、アラタの方も驚く。
「あ、いえ……その、なんとなく耳が下がっていたので、それで……」
すみません、とアラタが呟けば、アキラがなぜか感心した様子で頷いた。
「さすがは異世界転生仲介課の方ですね。相手の細やかな変化を見逃さないなんて……ツナギちゃんが自慢するだけあります」
「ツナギ先輩と親しいのですか?」
目を丸くしたアラタに、アキラは笑顔で頷く。
「ええ、私は彼女と同期なのです。アラタ管理官のことも、彼女から話を聞いていますよ。最近、すごく頑張り屋さんの後輩が入ったんだって、嬉しそうに自慢してきましたから」
アキラの笑顔から、アラタは逃げるように顔を背けた。
自分の意思に反して、顔に熱が集まる。
この三か月間、ツナギは変わらずアラタを厳しく指導している。しかし、最初に担当した転生者の一件から、彼女のアラタへの接し方が柔らかくなったのは確かだった。
期待されているってことでいいのだろうか……。
アラタは緩む口元を必死に引き締める。
「それで、一体何をそんなに落ち込んでいたんですか?」
アラタは話題を戻し、アキラに尋ねた。半分、照れ隠しでもあった。
すると、アキラが苦笑を浮かべる。
「誤魔化されてくれませんね」
「異世界転生仲介課の管理官ですから」
アラタは真顔で言い切った。
「実は、私……ナゴミ課長のファンなんですよ」
観念した様子で、アキラはそう呟いた。両手を胸の前で合わせ、心なしか耳を上下にぴこぴこと動かしている。
「ナゴミ課長の、ファン?」
アラタは脳裏にナゴミを思い浮かべながら繰り返す。
ナゴミは細身で紳士然とした容姿の持ち主だ。人柄もかなり穏やかで、アラタは任命式からこのかた、ナゴミが怒鳴った姿を一度も見たことがない。
オギナが仕入れてきた情報によると、昨日のように重要な会議をすっぽかすことも珍しいことではないらしく、やや抜けているところも女性からすると母性をくすぐられるらしい。過度な甘党であることから、よく女性管理官に誘われてスイーツ巡りを楽しんでいる姿が目撃されている。
課長、モテるんだなぁ……。
アラタはやや頼りないと思っていたナゴミへの印象を改めた。
「ナゴミ課長が部長に右ストレートをぶち込まれた時の慌てぶりなんて、もう興奮しちゃいました! まるで浮気現場を見つかった夫のように床に這いつくばって許しを請う様なんて、もう修羅場みたいで。その時のナゴミ課長の情けない姿がまた――」
「なるほど、そうですか。あ、そろそろ待魂園ですね」
興奮するアキラを横目に、アラタは棒読み甚だしい相槌で話題をそらした。
本能的に、これは深入りしてはいけない領域だと察した。
「一良さんにはどのように説明しますか?」
「あ、面談はいつも通りアラタ管理官のみで行ってください」
アキラが即座に仕事モードに切り替わった。
「私たち転生者調査課はあくまでも相手の情報を収集することが仕事です。また、いきなり担当管理官が増えれば相手も警戒します。ですので、私はアラタ管理官と鈴木一良氏のやり取りをこっそり拝見いたします」
アキラが耳飾りにそっと手を添える。
「管理官権限の執行要請。執行要請者はアキラ。管理官IDはXXX-XXX-XXX。権限の行使内容は転生者への事情聴取と心理捜査。範囲は待魂園の敷地内です」
彼女の耳飾りが明滅を繰り返し、やがてりんっと甲高い音が流れた。
「申請受諾ですね。では、アラタ管理官は私がいないおつもりで、いつも通りに振舞ってください」
そう微笑んだ彼女の姿が透けていく。
「では、ミッションスタートです!」
何も見えなくなった空間から、どこか楽しそうな声のアキラが言った。
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