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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
20/204

File2-3「待機命令」

「ああ、これは少し『待った』だねぇ」

 アラタはオギナの助言を受け、異世界転生仲介課の課長、ナゴミに相談することにした。

 ナゴミは肩まで伸びる(シルバ)灰色(ーグレイ)の髪を丁寧に後ろへ撫でつけて一つにまとめ、温和な笑みを常にその顔に貼りつけていた。その薄い眉を珍しく顰めている。

「……ええっと?」

 思わず困惑するアラタに、ナゴミはニコニコとした顔のまま頷いた。

「言葉通りだよ。転生させるの、少し待ったほうがいい案件だね」

 ナゴミはコーヒーに大量の角砂糖を詰め込みながら告げた。

 詰め込みすぎて、もはやマグカップが角砂糖の山となっている。

「アラタくんやオギナくんはまだ若いからねぇ。男女のもつれとかよくわからないと思うけど……転生する際にそういった要求をしてくる転生者ってかなり多いんだよぉ」

 先ほどからスプーンで角砂糖の山を突つきながら話すナゴミ。

 たぶん、コーヒーに混ぜようとしているのだろう。

「こういう案件って、うちでは絶対、慎重にやらないといけないわけ」

 ナゴミはスプーンでコーヒーをかき回すのを諦め、ぼりぼりと角砂糖を頬張る。

「過去に事件でも?」

 すぐに察しがついたのか、オギナが確認する。

 ナゴミは静かに頷くと、角砂糖の隙間からコーヒーをすすった。

「ぼくが知っている限りでは……大きな事件は四百年前かな。まぁ、内容としては全世界共通のよくある話だけれどね」

 溶け切っていない角砂糖を、ナゴミは噛み砕いた。

「一人の女性を巡って、男性二人が争っていた案件があった。片方の男性が執拗にその女性を転生先で妻として求め続けた結果、ライバルの男性を魔王化させちゃってねぇ。結果として、ぼくたちが魔王になった男性を始末しなくてはならなくなってねぇ」

 青ざめたアラタの傍らで、オギナも不快そうに顔を顰めている。

「その転生者、だいぶ肝が据わっていますね」

「でしょ? ぼくも驚いちゃったよ」

 驚いちゃったよ、の一言で済ますナゴミだが、異世界間仲介管理院だけでなく、異世界間連合までも戦慄した事件だったことだろう。

 救済すべき魂を、やむを得ないとはいえ「魔王」として排除しなければならない事態を招いたのだ。異世界間仲介管理院に対して、異世界間連合からより厳正な管理・審査要請が行われたであろうことは想像に難くない。

「まぁ、魔王化を意図的に促したわけではないだろうけど、それがぼくとしては一番印象深かったかなぁ。ちなみに、今年に入ってからもこういった類の案件はすでに万を超えているんだ。人間の執着って凄まじいよねぇ。あー、怖い怖い」

 まったく怖がった様子もない口ぶりで、ナゴミは底深(ディープ)な内容を言い放った。

「ま、そんなわけだから、相手が特定の誰かを指名した上での転生を希望した場合、その案件の扱いには注意しなければならない。今回の場合はまぁ、様子見も兼ねて転生者調査課からも人を送ってもらおう」

 ナゴミはマグカップを机の脇に置くと、ため息とともに両手を顔の前で組んだ。

「転生者調査課ですか?」

 オウム返しに尋ねるアラタに、ナゴミは頷く。

「うん。こういうのは調査課の方が得意分野だからね。ぼくらが転生者と面談している中で、調査課の人に彼らの言動を分析してもらって、さらにその経歴とかを洗い直してもらおうってわけさ」

 こういった案件は部署を超えて協力した方がいい。

 ナゴミはそう話を締めくくり、さっそく左腕に装着した共鳴具に触れた。

「あ、もしもーし。こちら異世界転生仲介課のナゴミ――」

〝こぉらっ、ナゴミ!! 貴様、会議すっぽかして何してんだっ!!〟

 ナゴミの言葉を遮って、彼の共鳴具から怒声がほとばしる。

 あまりの声量に、事務室内にいた全員が課長を振り返った。

「あれ、会議今日だったっけ?」

〝通達のあった勇者要請の件についてだっ!! 各部署の部長と課長級が集まっての緊急会議だろっ!! 今朝も同じこと言ったばかりだろうがっ!!〟

「あぁ、あったね。そんなこと……」

〝部長がキレる前にさっさと来い!! 秒で来いっ!!〟

 ブツッと通話が一方的に切れた。

 異世界転生仲介課の事務室内に、気まずい沈黙が流れた。

 そんな中で、普段通りなのは当事者であるナゴミだけだった。

 よっこいせ、とナゴミは腰を上げる。

 ファイルを手にすると制服の詰襟を正した。

「それじゃあ、ぼくは少し会議に行ってくるね。ひとまず、アラタくんは調査課から人が来るまで待機してて。面談もしばらく取りやめることを待魂園へ伝えておきなさい」

「は、はい……」

 ニコニコと手を振って事務室を出ていったナゴミを見送り、アラタは何とも言えない表情でオギナと顔を見合わせた。

「ひとまず、手が空いたなら俺の仕事も手伝ってよ」

「ああ、待魂園に連絡を入れたらすぐ手伝う」

 アラタとオギナは自分の机に戻り、各々の仕事にとりかかった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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