File10-12「ゼータとオメガ」
「愉快だな、お前」
神の使徒を切り伏せたオメガは、怪訝な表情でゼータを振り返った。ゼータもまた神の使徒の頭蓋を割りながら、ニヤニヤと笑みを浮かべている。異世界ガラディアの戦線はすでにこの世界全土に渡っていた。最初にガラディア神を拘束したのがよかったようで、その後は一方的な殺戮が繰り広げられている。
使徒の返り血を浴びながら、ゼータは始終ご機嫌だった。そのためか、先程のように唐突とも言えるタイミングで言葉を投げかけてくる。
「私が愉快とは……馬鹿にしているのですか?」
オメガは使徒を切り伏せた大剣を軽く振るうと、肩に担ぐ。その鋭い目がゼータを睨み据えた。
「そーいうんじゃねぇよ。オミクロンやミューを殺して、その能力を奪っただろ?」
ゼータは自分が葬った使徒を投げ捨てると、興ざめした顔で言った。彼の瞬間湯沸かし器のように上がり下がりが激しい気質は、貪欲なまでに闘争を求める性質に由来しているのだろう。動かなくなった屍に、ゼータの関心が向くことはない。
「……それが? 私を消しますか?」
オメガの眼光に混じった殺気に、ゼータが嬉しそうな表情になる。
「それもそそられるが、さすがにアルファに怒られちまうからな。そうなりゃ、これ以上暴れられねぇ。それはもったいねぇだろう」
「……なるほど。実に貴方らしい見解ですね」
しかし、それはオメガの質問の答えにはなっていない。
「それで? わざわざ私の罪状を指摘しておいて見て見ぬフリですか? 貴方の意図が私には汲み取りかねますが……」
「別に意味なんてねぇよ。そのスカした面で非情なことをやってのけるお前のことは以前から気に入ってたんだぜ?」
肩をすくめていうゼータに、オメガは不快げに顔を顰める。
どうやらゼータの場合、脊髄反射で言葉が出てきただけのようだ。それでいて、その独白に近い言葉は相手の弱みや後ろめたさを的確に突いてくる。直感、本能のままに生きているからこその嗅覚だろう。
「だから、そんなお前が敵視している『アラタ』って奴がどんな奴なのか楽しみで仕方ねぇよ」
「ああ……敵情報がほしいと?」
いいや、とゼータはあっさり首を横に振ると目を細めた。
「相手のことは拳を交えればだいたいわかる」
「ならば何故、私に話しかけたのです?」
苛立つオメガに、ゼータは鼻で笑った。
「お前、たぶんその『アラタ』って奴には敵わねぇよ」
「それは……私が『加護なし』だったからですか?」
「それは強さと関係ねぇだろ」
殺気を込めたオメガに、ゼータはあっさり切り返した。
ゼータは他の白装束の面々とは違い、『力』や『強さ』に質を求めない。自分の闘争心を刺激してくれる存在であれば、相手の素性などどうでもいいのだ。
「さっきも言っただろ。お前のことは気に入ってる方だ。せいぜい死なねぇよう気を付けろ。俺と殺り合うまでな」
「……ご忠告は受け取っておきましょう」
ゼータが誰かを気遣うことはほとんどない。ならば、彼の直感がこちらへ向かってくる脅威を察知した可能性が高い。
虚空を見上げたゼータに遅れて、オメガもこちらに接近してくる強力な魔力波に気づいた。空間を繋ぎ合わせる干渉魔法を使える組織は、神を除いて一つしかない。
見上げた先の虚空が歪み、そこから異世界間仲介管理院の制服を身に纏った集団が魔動二輪を駆って飛び出してくる。
その中に、澄んだ黒眼の青年の姿を認め、オメガの顔に暗い笑みが宿る。
「ああ、ようやく……」
アラタもまた、鋭い目でオメガを睨み据える。
「ははっ、こりゃあ楽しめそうだ!」
ゼータも嬉々とした表情で拳を打ち合わせる。
異世界間仲介管理院の管理官たちが、それぞれの武器を手に地上に降り立った。
白と黒が、荒れた大地の上に対峙していた。
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