File10-10「アキラの決意」
「一体……何が……?」
アキラの変わりように、ツナギがひどく戸惑った様子でナゴミを振り返った。対して、ナゴミの態度に変化はない。細めた両眼が、ツナギの非難まじりの視線を黙って受け止めていた。
「アディヴ襲撃を経て、多くの管理官たちがその犠牲になった。それは生き残った管理官たちにも少なからず影響を残した」
ナゴミの静かな声が、沈黙の下りた館長室に響いていた。
「誰もが『管理官』として、どうすべきだったのか。生き残った皆が自問したことだろう。この場にいるぼくらだけでなく、こうして連中を止めようと動いている皆が何かしらの形で結論を出したんだよ」
ナゴミの顔が、アキラに向いた。
「アキラ管理官の得意とする干渉魔法は、今作戦においてアラタ管理官の力を引き出すために重要なもの。何より……この危険な任務に彼女自身が志願してくれた。それを無碍にはできない」
「足手まといにはならないようにします。どうぞ、私を使ってください」
アキラもまた、ナゴミの後に続いて声を上げた。彼女の表情が曇る。
「……逃げられないなら、せめて……管理官らしく戦いたいです」
「アキラ……」
アキラのか細い呟きに、ツナギが顔を顰めた。ひどく傷ついたような表情だった。
「ツナギちゃんは、いつもこんな思いをしながら戦っていたんだね」
アキラがツナギに笑いかけた。
「私は大丈夫。このまま何もしなくても、世界が終われば私たちも終わるのだから」
「……作戦は今から三時間後です。皆さん、支度を整えておいてください」
カルラの言葉を最後に、その場は解散となった。
「アラタ管理官」
アラタはアキラに呼び止められた。戸惑いがちにアキラと向き合う。
「何でしょう、アキラ管理官」
「少しだけ、お話しませんか?」
アキラの誘いを無碍にはできなかった。アラタは頷くと、アキラの後に続いた。
彼女は展望室までアラタを連れてくると、目の前に広がる星の海を見た。その一つひとつが、神々によって生み出され、「命」を与えられた世界である。
「私は、生まれも育ちもアディヴでした」
アキラは目を細め、静かな声音で呟く。
「だからこそ、周囲が口をそろえて言う『管理官になれ』という言葉に、何の疑いも持ちませんでした。この世に生まれたからには管理官になり、世界のために尽くすものだと……。そうして養成学校でも必死に学んできたつもりです」
「はい。私もアキラ管理官から多くのことを学びました。いつも顔を見かけては、励ましてくださっていましたね」
アラタが懐かしそうに表情を緩めた。
「私は、そんな過去の自分を殴ってやりたい気分ですけれどね」
アキラの冷めた声がすっぱりと切り捨てた。
「私は、知った気になっていただけなんです。転生者調査課は、転生者たちの身の上に触れる機会が多かった部署です。彼らの過去の記録から、異世界の神々の理不尽さ、傲慢さを見聞きできる場にいました。転生者たちの窮状を知りながら、わたしは酷い神さまもいるもんだって軽く流していたんです」
アキラが拳を固める。
「心のどこかで『自分には関係のないことだから』と本当の意味で転生者たちを理解することをしようとしなかったんです。世界が抱えている問題を、意識しようとすらしなかった。結局、私も紙面上での情報だけで、世界を知った気になっていただけなんです」
実際に、アディヴを襲った人工魔王の悪夢はアキラに現実を突きつけた。それまで目を背けて見ないようにしていた、管理官たちに向けられた憎悪を前に、アキラは戦慄した。
「ナゴミ課長からこれまでの経緯を聞いて……怖くなりました。今も怖いです。逃げられるなら逃げだしたい」
アキラの冷めた目が、アラタに向く。
「でも、逃げるなら……どこまで逃げればいいんでしょうね。どこの世界の神々も、管理官を守ってくれるわけがないのに」
「アキラ管理官……」
アラタがアキラへ腕を伸ばす。アキラがアラタの手を取ると、強い力で握りしめた。
「だから、私は戦うことにしました」
アキラの毅然とした表情が告げた。
「世界のためでも、神々のためでもありません。『管理官』である自分を、自分が在るべき存在意義を、そして何より、私と同じ身の上である仲間と一緒にいるために戦うんです」
アラタ管理官……、とアキラがアラタを真っ直ぐ見据える。
「最も『神』に近しい貴方に、皆が全てを懸けています。貴方もまた管理官であるなら、どうか我らの期待を裏切らないでください」
それは、アラタの背に重くのしかかるほどの言葉だった。
「たとえ我らが全員死に絶えても、貴方だけは任務を完遂してください。そのための捨て駒になることに、私はもう……迷いはありません」
「そんなことを言わないでください! 捨て駒なんて言い方……誰もそうなるために管理官になったわけじゃないんです! それに、死んでしまったら……管理官に『次』はないんですよ!?」
アラタは堪らず声を荒げた。しかし、アキラの表情に変化はない。
「『次』がないから、今この瞬間にすべてを懸けることができるんです。失うものは、この命だけですから」
アキラはアラタの手を離すと、すれ違い様に彼の耳元に囁く。
「魔神相手に、『誰も死なせない』なんて希望は早々に捨てることをお勧めします」
「私は……逝ってしまった人々が遺した『未来』を守ります。そのためには、一人でも多くの人が生き残ることが不可欠です」
アラタとアキラの双眸が交錯する。アキラはそっと目を伏せる。
「私は、貴方ほど強くはありませんので」
その一言を残し、アキラはアラタに背を向けて立ち去ったのだった。
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