File10-9「管理官として」
魔導軍艦に乗り込んだ管理官たちは、異世界間連合軍の要請を受けて、いくつもの道を経由して白装束の集団が巻き起こす戦場へと向かっていた。
魔導軍監内の一室、館長室内ではジツを除いた異世界間特殊事例対策部隊の面々が顔を突き合わせていた。
「我々の優先目標は白装束の集団を叩くことです」
整列するアラタたちを見据え、カルラが静かな口調で切り出した。腕輪型の共鳴具に触れ、虚空に映し出した世界領域の地図は真っ黒な空間域が拡大していた。
アラタの眉間のしわが深まる。
「現在、各世界を攻撃している人工魔王ですが、その支配系統は白装束の集団による一系統のみです。軍勢そのものを見ると敵勢力は強大ですが、指揮官を潰してしまえば後はどうとでもなるのです」
カルラの説明を受け、ナゴミが静かに頷いた。
「アヴァリュラスの魔神という前例はあるにしても、魔王を意のままに操るには限界があったということでしょう」
「じゃあ、今までの任務とやることはそう変わらないわけか……つまんない」
「おい、サテナ管理官。口を慎め」
不服そうに唇を尖らせるサテナに、傍らのカイが顔を顰めた。
「あの人工魔王の性能を熟知していたデルタという男は我々が倒した。と、なれば最悪もう一人の……亜空間を生み出す『ベータ』という男を潰せば、人工魔王の能力を抑え込むことができるだろう」
ツナギの視線を受けたアリスが、彼女の意見に賛同するように頷く。
「それと……人工魔王の操作系列について、判明したこともあります」
それまで沈黙を守って話を聞いていたサクラが虚空に手を滑らせる。
すると全員の眼前にある資料が映し出された。
「これは……以前、境界域で我々が回収した人工魔王の製造情報ですか?」
「その通りです」
オギナの指摘に頷いたサクラは、指先で画像の一画を突いた。その場所が拡大される。
「皆さんすでにご存知の通り、人工魔王はその製造過程において、本来の魔王としての膨大な魔力を犠牲にする代わり、変化する情勢へ対応できるよう理性を獲得しました。アヴァリュラスの魔神という前例から、白装束の集団が人工魔王による自立的な侵攻を画策したものでしたが……」
「完全再現には至らなかった、ということか?」
ヒューズの重々しい呟きに、サクラは頷く。
「おそらく。元来、魔王は神々とは相反する力の中から生まれます。そのため破壊衝動が強い傾向にあるのでしょう。その衝動は理性を優に飲み込むほどの強さを持ちます。その衝動を、白装束の集団たちの力で抑え込んでいるといったところです」
「白装束の集団としては世界を壊せるのだから、問題ないのではないのか?」
「あのアヴァリュラスの魔神はそう考えちゃいねぇだろうな」
キエラと入れ替わったキトラが、アリスの呟きにため息をついた。
「確かにアヴァリュラスの魔神は神と魔王を超越した存在として誕生した。新しい世界秩序を構築するなら、この世界を全部ぶっ壊して、一から作り替えた方が楽だろう。だが、奴は侵攻した神々を捕え、生きながら世界維持の動力源にしている」
「……復讐、そしてこの世界の人々を守りながら新しい秩序構築を目指している、ということですか?」
眉間にしわを寄せたオギナに、キトラは軽く肩をすくめた。
「あくまで推測だけどな」
仮にも「勇者」として魔王を討伐し、人々の希望として立ち続けた人物である。
魔王のような一方的な殺戮はカズヤとしても望んでいないのだろう。だからといって、アヴァリュラスのように己の立場に胡坐をかくこともしない。
「敵を褒めたかないが……異世界間連合に加盟するその辺の神さまよりもずっと統治者としては優秀だ」
キトラがここまで相手を手放しでほめることは稀だ。
「では、指揮官を潰した途端、人工魔王たちが暴走する可能性があるということですか?」
オギナがサクラに顔を向ける。
「はい。そのため、少なくとも指揮官討伐を行う班と人工魔王を一つ所へ集めて討伐する班とに分かれて行動しなければなりません」
「広範囲への魔法なら俺とチイが得意だね。俺たちは人工魔王討伐班かな?」
「カイだ」
「では、アリスは人工魔王討伐班の指揮を取れ。俺たち第一~第十部隊と合同で任務を遂行する」
「わかった」
ヒューズの指示に、アリスがしっかりと頷いた。
「ツナギ管理官、白装束の集団側の討伐班を指揮してくれ。人員はアラタ管理官、オギナ管理官、キエラ管理官とジツ管理官だ。そして、もう一人……加えてほしい人員がいる」
「もう一人、ですか?」
ヒューズの言葉に、ツナギを含めた皆が首を傾げ、顔を見合わせた。
「遅くなりました」
館長室の外から声がした。
カルラが入室を許可すると、二人の管理官が入ってくる。
一人はジツ、ことミノル補佐官である。管理官の制服に身を包んだ彼は、アラタとオギナの視線を受けて柔らかい笑みを浮かべる。
オギナはジツの表情を見て、安心した様子でため息をついた。
「アキラ管理官?」
ジツと一緒に入室してきた女性管理官を前に、アラタは目を見開いた。アラタだけでなく、ツナギまで開いた口が塞がらないといった有様だった。
「初めまして。異世界転生部転生者調査課所属のアキラと申します」
アキラは長かった髪を切り、その引き締めた表情のまま一同に敬礼した。
「この度、異世界間特殊事例対策部隊へ配属されました。どうぞよろしくお願いいたします」
どこか柔らかい雰囲気だったアキラの表情にかつての面影はなく、ただ抜き放たれた剣のように鋭い眼光を宿すのみだった。
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