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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
四章 管理官アラタの異世界召喚仲介業務
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File10-6「三貴神からの救援依頼」

「……」

 スグルは集いの場の東屋(ガゼボ)に戻り、アラタの帰りを待っていた。そのしわにまみれた表情にいつもの相手を皮肉る笑みは見られない。普段見られない無表情の中に、深い悲しみを宿した様子だった。

「定時報告に参りましたが……どうやらご気分が優れないようですね」

「……カルラくんか」

 スグルは顔を上げると、いつもの笑みをカルラに向ける。書類の束を手に眉間のしわを深めたカルラが小さくため息をついた。

「お願いですから再編成の書類にさっさと目を通してください。それから、これが被害報告書、それに伴う必要経費と予算申請、後は異世界間連合から寄せられる護衛依頼に対する返書です。まったく、護衛依頼は全面停止にしているっていうのに、ごり押しで通そうとしてくるから嫌になりますよ」

「私が仕事をサボりたくなる理由がわかっただろう? まったく付き合い切れんよ」

 嫌気が差した様子でぼやくカルラに、スグルが我が意を得たりと笑みを深めた。

「……いい加減、その辛気臭い顔をどうにかしてください」

 カルラがスグルの顔を睨みつけるなり、眉根を寄せた。

「私はあなたが嫌いですが、上司としては信頼しています。その手腕は深刻な打撃を受けた異世界間仲介管理院の復興には必要不可欠であり、あなた以外に適任者がいないのが現状です」

「やれやれ……言うようになったな、若造が」

 スグルはくつくつと喉の奥で笑うと、その憂いた目を杖へと向けた。柄頭に設えられた翼を広げた鷹が、じっとスグルを見つめ返してくる。

「始まりはいつだって苦難の連続だ。そうして歴史は紡がれ、時代とともにその様相を絶えず変えていく。そんな中、いつも私の行く先を照らしてくれた光が、今まさに新しく生まれ変わろうとしているのだよ。……感慨深いものではないかね?」

「……初代さまがご自身で望まれたことです」

 カルラの指摘に、スグルはただ静かに頷く。

「ああ、だからこそ、私も『彼』を全力で支援するとも」

 力なく呟いたスグルの目が、石橋の方へと向いた。カルラもそちらを振り向くと、影のようにひっそりと立つ人影が見える。

「何か動きでもあったのかね?」

 スグルが即座に表情を引き締め、歩み寄って来たカルトールに問いかけた。

「いや、事態の打開策ではないが……ある一柱の神が保護を求めてきた」

「そんなことは今更では……?」

呟いたカルラがスグルの横顔を振り向く。スグルはカルトールの顔をじっと見つめていた。

「今、この状況でその話をあえて持ち出したということは、かの魔神にも関わりのあることかね?」

カルトールは迷うように視線を彷徨わせた後、スグルの視線を前に小さく息をついた。

「ああ……かつて、アヴァリュラスに出現したかの魔神を封じ込め、生き残った三柱の神のうちの一柱だ」

「それは……重要神物ではありませんか!」

「……」

 食いつくカルラとは裏腹に、スグルは眉根を寄せた。彼の視線が一瞬、背後の宮殿に向く。

「事情を聞いておこう。こちらは少し時間がかかりそうだ」

 スグルはそう一人ごちるとカルトールを促して歩を進める。

 カルトールに案内された浮島では、三柱の神の姿があった。

 一柱はその全身に輝く光を纏う生命の神――アスラ神。

 もう一柱はその輝く美貌を持った慈悲深き女神――リシェラノント神。

 その二柱に付き添われる形で花々が咲き誇る中に蹲っているのは子どもの容姿をした一柱だった。青ざめた顔が、カルトールに向く。

「カルトール!」

 子どもの姿の神が、カルトールの姿を見るなり駆け寄って来た。子どもの姿の神はカルトールの纏う外套を強く握りしめると、必死の形相で詰め寄った。

「助けてくれ! 今までのそなたへの無礼は謝罪する! 私は他の二柱のようにはなりたくない!」

「落ち着いてください、リュナレティア神」

 カルトールがひどく困った様子で身を屈める。

「……だいぶ、縮んでいますね」

 リュナレティア神を一瞥するなり、カルラが眉間のしわを深めた。

「十分な信仰を得られず、神格を保つことができなくなっているのだろう」

 スグルも怪訝そうにカルトールの背を見つめる。

 カルトールとは昔からの知り合いのようだが、異世界間連合に加盟した世界の神ではないのだろう。己の神格を維持することが精いっぱいであるなど、異世界間連合に加盟した世界の神々ではあり得ない現象だ。アヴァリュラスの魔神が解き放たれたことで、異世界間連合に助けを求めたのかもしれない。

「まずは紹介をせねばならないな。スグル、こちらはリュナレティア神……」

 カルトールが幼い姿のリュナレティア神を抱き上げ、スグルとカルラへ向き合わせる。淡い金髪に新緑の双眸が特徴的な、美しい男神であった。

「かつて異世界間連合の創設に携わり、アヴァリュラスの魔神を永獄に封じた後に脱退した……三貴神の一柱だ」

「アヴァリュラスの魔神を封じた……? 生き残った神がいたのか!?」

 スグルとカルラが息を呑む。リュナレティア神はカルトールにしがみついたまま、何度も首を縦に振っていた。

「……私を含め、リエイラ神、バードゥス神はアヴァリュラスへ魔神を封じる戦いで幸運にも生き残った神。三貴神などと言われ称えられたが……あんな化け物と関わるなど二度とごめんだ!」

 甲高い声で叫ぶと、リュナレティア神はカルトールの外套に顔を埋めて震えていた。

「すでに、二柱の神は白装束の集団の手にかかったようだ」

 このままでは話が進まないと思ったのだろう。アスラが口を挟んできた。

「正確には、生きながら各々の世界に封じられたといった具合か。世界を己が意のままに操ることができず、世界に住む生命たちへ自身の力を注ぎ続ける。そうして生まれた世界の生命力がその世界の神へと還元される」

「……聞いている限りでは、特に悪い状況のようには思えませんが?」

 眉を顰めるカルラの傍らで、スグルが小さく笑った。

「なるほど、信仰だけでなく、歪みも流れ込む循環システムか。考えたな……」

「そう、言ってしまえば生き埋め状態だ。己の意思で自由に身動きができず、信仰と瘴気を一身に浴び続ける。いずれは神が消滅するか……魔王へと身を落とすかして滅んでしまうだろう」

「あえて消滅(ころ)さず、じわじわと破滅へ追いやるというわけですか……これはまた、素晴らしい報復手段を考えましたね。まったくもって恐れ入ります」

 カルトールの解説を聞いて、カルラもようやく合点がいったようだ。顔を顰め、敵方へ最大級の皮肉を贈る。

「頼む! 私まであの二柱のようにはなりたくない! アヴァリュラスの永獄にかの魔神を封じた手段も話す! 私にわかる範囲でなら、いくらでも奴らの情報を提供しよう!」

 わかりました、とスグルはリュナレティアへ微笑みかける。


「では、さっそく――知っていることを全て洗いざらい話してください。貴神を保護するかどうかは、その内容次第です」


 スグルの鋭い視線が、カルトールにも向く。カルトールはあからさまに全身を震わせた。

「スグル? 我にも何か……?」

「貴神にも色々と話していただきますよ。我々にアヴァリュラスの魔神を隠し続けたのですから、それくらいのことはしていただきます」

 そうでないと……、とスグルの視線が煌びやかな宮殿へと向いた。

「覚悟を持って先に逝った者たちに、顔向けができないのでね」

 スグルの沈んだ声が、静かにそう呟いた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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