File10-4「勇者の意義」
「私を、神に立てる……?」
あまりにも壮大すぎる話だ。アラタはアルシの言葉を受け止めきれず、あからさまに困惑の表情で黙り込む。冗談でしょう、と口にするには、目の前のアルシはひどく真剣な様子だった。
「『勇者』に覚醒したからと言って、ここまで荒唐無稽な話はないだろう。そう言いたげですね」
アラタの表情から、アルシも苦笑を浮かべている。
「私も、スグルから勇者の存在意義について報告を受けるまで、異世界間仲介管理院に『神』を迎えることを考えもしませんでした」
アルシはそう言って言葉を選ぶように目を閉じる。
「私もスグルも、異世界間仲介管理院の管理官から『勇者』を輩出することを念頭に置いた出来事は、六百年前の魔王襲来が原因です」
「最果ての園アディヴにほど近い世界領域で魔王が誕生し、異世界間仲介管理院に接近した事件のことですか?」
アラタの確認に、アルシは頷く。
「あの事件は異世界間連合では偶発的なものとして扱われましたが、スグルとマコトくんはその背後に白装束の集団が絡んでいたことに気づいたのです」
「意図的に行われた侵攻だったと……?」
白装束の集団は異世界間連合の神々に対する強い反意を抱いている。一連の計画で異世界間仲介管理院の存在を排除したがるのも、アヴァリュラスの永獄に封じられた魔神を蘇らせるためだとすれば納得できる。アラタは眉間のしわを深めて唸った。
「魔王の力を意図的に制御することができるかどうか……件の『人工魔王』なるものの試験運用を兼ねていたのかもしれません。当時、異世界間連合の神々は異世界間仲介管理院の管理官に『勇者』に準ずる能力の使用を許可したのみで、神々の軍が異世界間仲介管理院を守ってくれるようなことはありませんでした」
自衛手段のために、異世界間仲介管理院は「勇者」となり得る人材の獲得が急務となった。それが図らずも、アラタを「管理官」として受け入れることに対する後押しになったという。
「我々は絶対的な中立性を守るために、神々に頼らず自らを守るための手段を獲得しなければなりません」
アルシの静かな声が、薄闇の中で響き渡った。そこには「初代院長」としての確たる信念が伺えた。
「スグルを経由し、カルトールさまが今回の一件における神々が隠蔽した真実を話してくださいました」
アルシはそうして目を開けると、アラタを見つめる。
「異世界間連合の神々は古参の神々の存在を維持し続けるため、魔王の討伐に新生の『神』を当てました。それが『勇者派遣制度』の全貌です」
「……まさか――」
アルシの言葉に、アラタは表情を強張らせる。
「長きに渡り……我々は『神殺し』の片棒を担がされていたというわけです。皮肉なものです」
「だから……アレフは神々を裏切ったのですね。自分が『神』となる資質を持っているのだと白装束の集団から告げられたことで、自分をこき使っている連中へ刃を向けた……」
「結果としてはアヴァリュラスの魔神の依り代にされてしまいましたが……。この事実が広まれば、他の勇者たちも神々へ反意を翻すこととなるでしょう。そうなれば、世界秩序はもはや崩壊します」
焦燥感を滲ませるアルシに、アラタも表情を曇らせる。
「ならばなおのこと、異世界間仲介管理院が『神』を立てれば、異世界間連合の神々から『裏切り』の評価を貼り付けられませんか?」
自己の保身のために新しく生まれようとしていた「神」を魔王に潰させる異世界間連合の神々である。異世界間仲介管理院が「神」を擁立し、いわゆる自治世界として完全に独立した場合……神々は異世界間仲介管理院が自分たちの支援を必要としなくなることに対して今まで以上の制約を突きつけてくるのではないか。下手すれば全面戦争である。何より、異世界間連合の神々からすれば、白装束の集団とやろうとしていることが同じだと思われるだろう。
「正直、今も判断に迷っています」
アルシは正直に打ち明けた。
「しかし、アヴァリュラスの魔神が世界を飲み込んでしまえば……彼らを止める存在がいなくなってしまいます。我ら異世界間仲介管理院は最後の砦として、彼らの野望を止める義務があります」
それが他ならぬ、「管理官」として生まれた自分たちの宿命である。
「アラタ管理官、我らはアヴァリュラスの魔神に対して、あなたの力に縋るしかない」
アルシは己の胸に手を当てると、悲しげな表情で続ける。
「魂に加護を刻んでいない管理官はもちろん、数多の神々から加護を刻まれた私ですら、その力を己が意のままに操ることは難しい」
アルシはそうして眩しそうに目を細めた。
どこの世界からも拒絶された転生者――それは神々がその「魂」に対して強い警戒感を持った現れでもある。だからこそ、ミノルはアラタに目を付けた。当時の彼の判断は、結果として正しかった。
「アラタ管理官、私はあなたに異世界間仲介管理院とこの世界を託したい」
アルシは覚悟を決めた様子で、強い口調で続けた。
「私を、あなたの一部に取り込んでください」
アルシの発言に、アラタは息を呑んで目を見張った。
「アルシ院長、それは――」
「覚醒したばかりの『勇者』ではアヴァリュラスの魔神には対抗できません。私を取り込むことで、あなたは『神』としての存在により一層近づくことでしょう」
アルシは青ざめるアラタへ微笑む。
「お願いします。たった五十年……院長としての職務を担うこともできず、同胞に苦しい思いを背負わせ続けた私に、できることはこのくらいなのです」
そうしてアルシは再度、アラタに告げた。
私を取りこみ、魔神討伐の糧としてほしい。
アラタは困惑から黙り込む。握りしめた拳が、力を入れ過ぎて白くなっていた。
「私は――」
やがて、顔を上げたアラタはアルシの顔を見据え、口を開いた。
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