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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
四章 管理官アラタの異世界召喚仲介業務
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File10-2「初代院長」

「感動の再会はどうだったかな?」

 スグルはいつものように、石造りの東屋(ガゼボ)に設えられた長椅子に腰をおろしてアラタを迎えた。ミノルはアラタをスグルのいる東屋へ送り届けるなり、さっさと姿を消してしまった。その様子に少しばかり心配になる。

 無茶しなければいいけど……。

「ああ、彼のことは気にしないでいい。偵察と言っても、この周辺の世界領域の警邏だ。危険性は低い」

 アラタの表情から心情を察したらしいスグルが言葉を紡いだ。

「そうですか……。そういえばスグル院長とも、記憶が戻ってからこうしてお言葉を交わすのは久しぶりのことでしたね」

 花々が咲き誇る集いの場で、スグルとアラタは再び対峙する。二代目院長とこうして面と向かって対峙するのは、今回で三度目のことだ。

「ふむ、記憶を取り戻した後だと面白味がなくなってしまったな。アヴァリュラスへ赴く前の、新人管理官としてどこか頼りない様も見ていて笑えたのだが……」

「お望みとあらば、そのようにしますが?」

 アラタはスグルの言葉を笑った。アラタの態度に、スグルは嬉しそうに笑む。

「いや、不要だ。私の言葉を受けて狼狽えることのなくなった一人前の管理官は貴重だよ」

 スグルはそう言って立ち上がる。

「ついてきたまえ」

 スグルは杖をつきながら、アラタに背を向けた。そのまま、彼はアラタを宮殿の方へと導く。この集いの場に建てられた唯一の建造物を前に、アラタは眉根を寄せた。

「この建物には意味がないと……以前、カルラ部長から聞きましたが……。本当に何の用途もなく、この集いの場に建造されたのですか?」

 アラタの疑問に、スグルも笑いながら頷く。

「ふむ、カルラ管理官の言ったことは間違いではない。この建物自体には、何ら意味はないからな。重要なのは、その中に収められているものだからね」

「まさか……ここにも、永獄のようなものがっ!?」

 アラタの言葉に、スグルは声を上げて笑う。

「ははは、まぁ、ある意味そうとも言える。だが、そう警戒することはない。少なくとも、我々にとって重要であることは確かだが……普段、君も世話になっている代物だよ」

「……代物?」

 アラタは首を傾げる。宮殿の入り口に立つと、スグルが手にした杖を防壁へ向けた。鷹の彫り物の両目が輝き、宮殿の入り口を塞いでいた防壁が消え失せる。

 宮殿内は閑散としていた。大理石でできた意匠は建てられてからずっとそのまま時が止まってしまったように艶やかである。魔法で清潔を保っているのであろう。床に敷かれた絨毯にも傷んだ様子はなかった。しかし、生活に必要な灯火台や魔法道具の類は見当たらない。宮殿の顔であるはずの庭園でさえ、噴水と花壇や覆い茂る木々があるばかりで、手を加えた様子はない。

 みすぼらしくはないが、美しさを保つ努力も見られない。

 アラタはスグルの後に続いて宮殿の廊下を進みながらそんな印象を持った。

「さて、着いたぞ」

 スグルがそう言って立ち止まったのは、巨大な扉の前だった。手にした杖で扉を叩くと、扉全体に紋章が浮かび上がる。異世界間仲介管理院の「交差する道と翼」である。

 扉がひとりでにゆっくりと開かれる。

「これは……」

 アラタは息を呑んだ。

 扉の先には巨大な鉱石の山が広がっていた。一瞬、氷山かとも思えるほど、深い青が美しい石の塊だった。水のたまった空間に突如として現れた鉱石に、アラタの腕に装着した共鳴具が甲高い音を立てた。キィンッと甲高い音を立てる共鳴具に視線を向けると、普段は銀色のそれが青みがかった色へと変化している。

「驚いたかね? これは、共鳴具の原石だ」

「共鳴具の……原石」

 アラタはまじまじと周囲の鉱石の山を見渡す。部屋の床や壁、天井にまで及ぶ鉱石はまるで植物のように成長していた。

「我々管理官は神々から加護を借り受ける際に、魂という依り代に加護を刻むことができない。そこで異世界間連合に対して初代院長が考案したのが『共鳴具』だ」

 スグルは天然の鉱石に触れると、そっと目を細める。

「この鉱石は『同調』能力に優れたものでね。どれほど細かく加工しようと、同じ鉱石同士引かれ合う性質を持っている。まさに『共鳴』する鉱石というわけだ」

 スグルはアラタに向き直ると、その手に持った杖の柄頭をアラタへ向けた。

「さぁ、アラタ管理官。共鳴具を使ってこの鉱石に意思を同調したまえ。あの方はそこでお待ちだ」

「あの方?」

 首を傾げるアラタに、スグルは穏やかな表情で目を閉じる。

「この世で唯一、私が尽くしたいと思えるお方だ。くれぐれも失礼のないようにな」

 それ以上は何も言うつもりがないらしい。会えばわかる、と促され、アラタは腕にはめた共鳴具に触れる。普段、データベースにアクセスするように共鳴具を操作すると、軽い衝撃がアラタの全身を襲った。目の前が真っ白に塗りつぶされる。

「っ!?」

〝――うぶ、そう……ないで……〟

 咄嗟に身構えたアラタの耳に、誰かの声が流れ込んできた。手で耳を押さえる。ひどい雑音(ノイズ)が徐々に落ち着いてきた。

「あなたは……誰ですか?」

〝よかった。声が……無事に届いたようですね〟

 穏やかな声が、安堵した様子で呟いた。視界を塗りつぶす白が、崩れていく。それは先程見た共鳴具の原石が安置されている場所だった。しかし、夜のない宮殿が薄暮に染まっている。アラタが顔を上げて天窓を見ても、集いの場に満ちる光は届いてこなかった。

「光が……」

「ここは集いの場にある水中宮殿ですから、神々の光は届かないのです」

 天を仰ぐアラタに、穏やかな声がそう言った。

 目をそちらに向ければ、瑠璃色の髪と瞳を持った美青年が一人、共鳴具の原石の上に座っていた。抜けるような白い肌に、穏やかな笑顔を浮かべた青年は一瞬、女性かと見違えるほど美しい。

 青年の纏う衣はマコト院長と同じような白い法衣だった。その胸に「交差する道と翼」とその中央に白百合を差し込んだ胸飾り(ブローチ)を身に着けている。

「こうして会うことができて、とても嬉しいです。希望の子」

 青年はアラタに微笑むと、左手を己の胸に当てた。


「初めまして。私の名はアルシ。異世界間仲介管理院、初代院長を務めていた存在(もの)です」


 青年――アルシはそう言って目を見開くアラタを真っ直ぐ見つめていた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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