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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
四章 管理官アラタの異世界召喚仲介業務
185/204

File10-1「旧友との再会」

 集いの場に帰還したアラタは一人、臨時指令室となっている魔導軍艦を抜け出した。

 報告書の類は提出したので、後は上司であるツナギが上手く取りまとめてくれているはずだ。

 アラタは咲き誇る花々の中を無心に進んでいく。人目を忍べる、石橋のたもとに身を寄せるとそっと息を吐き出した。

「ここなら、誰にも見られないはずです」

 アラタは誰もいない空間に向けてそう声をかけた。静寂がアラタを包み込む。集いの場に降り注ぐ陽光だけが、アラタの皮膚をじりじりと焼いた。

「もう口も利きたくない、ということならこのまま去ります。でも……可能なら、またあなたの本当の名前を呼んでお話したいんです。ミノル管理官」

 アラタは表情を歪めた。

「私を……恨んでいらっしゃいますか?」

「なんで僕が君を恨むことになるんだか……」

 呆れたようにため息をもらしながら、橋の下の空間が揺らぐ。石橋に背を預けた黒装束の青年が、影のように姿を現した。顔に被った面を取り、その鮮やかな緑の双眸をアラタへと真っ直ぐに向ける。

「巻き込んだのは僕の方だ。恨まれることはあっても、僕が君を恨むなんてのは筋違いだろう」

 両腕を組み、右手で外した仮面をもてあそびながらミノルは表情を曇らせる。

「マコトに見せてやりたかったよ。今の君の姿……」

「ははっ……『勇者』に覚醒したと言われても、あんまり実感はわかないんですけどね」

 アラタは己の両手を見下ろし、複雑な表情だ。封じられた記憶が全て戻ったとしても、アラタは以前のように膨大な記憶の「声」に溺れてしまうことはなかった。これが勇者としての覚醒を意味するのなら納得もできる。とはいえ、驚くほど普段通りの調子に、アラタはむしろ拍子抜けした。

「徐々に慣らしていったのがよかったんだろうね。君自身にも耐性ができたといったところかな……でも、傍から見れば君は今までとは段違いな魔力を宿しているよ」

 ミノルはそういうと、アラタから視線を外し、どこまでも続く穏やかな景色を睨んだ。

「アヴァリュラスの永獄が封じ込めていたのは……『魔王』以上に質が悪い代物だった」

 力なく呟いたミノルに、アラタも視線を足元へと落とす。


 ――己が利己心に溺れ、世界の秩序を正す役目を放棄した神々に存在する価値などない!


 今なら、かつて管理官として忠実に任務を遂行していたオメガが、そう叫んだ言葉の意味をしっかりと理解できる。

「魔王と神の力を吸収し、その上で自我を持つ存在がいるなど……俄かには信じられませんでした」

 アラタは正直に呟く。ミノルも同意するように頷いた。

「まさに『魔神』だね。魔王としての膨大な破壊力と、神が有する創造の理を携える存在。『超越者』なんて言葉がこれほど似合う相手もいないだろう」

 ミノルが吐き捨てた。アラタは顔を上げてミノルを見つめる。

「神々は……我々はどう動くべきでしょう」

「異世界間仲介管理院は異世界間連合の求めに応じ、良質な魂の循環によって世界秩序の維持に務める」

 アラタの問いかけに、ミノルは淡々と答えた。

「今、この世に存在する世界の存続を願うならば、戦うしかないだろうね。アヴァリュラスという問題を長年放置してくれた神々には、怒りを覚えるけど」

「そのために白装束の集団を討つ。彼らを倒して、また異世界間連合の神々の要望だけを聞き入れ続けるつもりですか?」

 ミノルは表情を曇らせたアラタの視線を受け、あっさり首を横に振った。

「別に神々のためだけに戦うわけじゃない。僕らが今まで送り出してきた転生者たちが、連中にむざむざ消されるのが嫌だから戦うんだ。僕らの組織としての理念が間違っているなら、この事態を収束させた後に正せばいい。けれど、間違っていたからといって何もかも壊すことは間違っている」

 ミノルは断言した。迷いは一切ない。アラタは思わず、ミノルへ微笑みかけた。

「時々、あなたはどっちが本当の『あなた(ミノル)』だかわからなくなります」

「ジツの時のことを言ってる? 僕の演技もなかなかだったろう?」

 ミノルが一瞬だけ目を見開き、すぐさま悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「とはいえ……君が魔王にならずに無事に覚醒したなら、僕の『道化(ジツ)』ももう必要ないね」

「そんなことはありません。どれだけ、ジツ管理官には助けられたか……」

 アラタが表情を和らげる。

 ジツはいつだってアラタを引き留める側に回ってくれた。ひたすらに目の前のことに邁進しようとするアラタに、それに伴う危険(リスク)を伝えて冷静になるよう促してくれていたのだ。

「ジツの弱音は、いつだって誰かの気持ちを代弁したものでしたから」

 それを見たミノルは僅かに目を見張った。ミノルの顔に苦笑が浮かぶ。

「本当……アラタ管理官は人が良すぎると思うよ。僕がわざと不安を煽っていたとは思わないの?」

「あなたは無意味なことはしません。結果として、私たちは互いに結束を強め、危険な任務を幾度となく超えてきました」

 微笑むアラタに、ミノルも小さく笑った。

 不意に、二人の共鳴具に通信が入る。見れば暗号通信だ。

 アラタとミノルは共鳴具から映し出された通信画面に指先で触れる。暗号を解読し、開示された画面にはスグルの顔が映し出された。


〝旧友同士の語らいを邪魔して悪いが……アラタ管理官、急ぎ私のもとへ来てくれるかね?〟


 スグルはアラタの傍にいるミノルの姿を認めるなり、例の相手を皮肉るような笑みを浮かべる。

「何かあったのですか?」

 ミノルは構わずスグルに尋ね返す。白装束の集団が動き出したのだろうか。そんなミノルの心配を余所に、スグルは軽く肩をすくめた。

〝なに……『勇者』となったアラタ管理官に、会わせたい人がいるだけだ〟

「私に会わせたい人、ですか?」

 スグルの言葉にアラタが首を傾げた。対して、ミノルは相手が誰か察しがついたのだろう。

「ああ、そういうことですか。なら、今すぐアラタ管理官をそちらへ送り届けます。その後、いつものように偵察に出ても?」

〝君は本当に休むということを知らんね。まぁ、何かしている方が落ち着くというなら好きにしたまえ〟

 ミノルの申し出に許可を出し、スグルの通信は途切れた。共鳴具に残された通話履歴もしっかり削除されている。これほどの念入りようとなると、会わせたい人というのは余程重要な立場にいる人物なのだろう。

「さ、急いで。スグル院長はああ見えて時間にはうるさい。ねちねち言われるのが嫌なら、ついておいで」

「は、はい!」

 ミノルに促され、アラタも彼の背を追う。頭にかぶった覆いの下で、再び仮面に隠れた彼の横顔を見つめる。表情を窺うことはできなかったが、アラタが追い付けるように彼の歩調が緩まったのをしっかりと認識した。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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