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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File9-16「対峙する両雄」

 白で塗りつぶされた世界で、アラタは呆然と立ち尽くしていた。先の見通せない世界の中でも、気持ちは驚くほど落ち着いている。それまで断片的だった記憶たちが奏でていた不協和音が徐々にひと繋ぎの「物語(過去)」へと集束していく。


「僕らには、君が必要なんだ! ぜひ、力を貸してほしい!」


 アラタはその声に振り返る。見慣れた職場の風景だ。異世界転生仲介課の管理官として、転生者たちに新しい人生を歩んでもらうための面談。待魂園の一室で行われた、いつものやり取りだ。

 ただ、違うのは、アラタが「旅立つ側」であるということだろう。

 そんな自分の手を握りしめているのは、やや癖のある短い栗色の髪に、翡翠色の双眸を持った管理官だった。

「力を貸してほしいって……ミノルさん、それはどういう意味ですか?」

 困惑するかつてのアラタを、ミノルは体を前のめりに倒したまま続ける。

「君の魂に刻まれた数多の経験(きおく)が、世界を救う鍵になるんだ! 僕らと同じ、『管理官』となって異世界間仲介管理院を助けてほしい!」

 ミノルが叫んだ途端、それまでの光景が一変した。何やら絵画や美術品と思しき置物が所狭しと並べられているが、院長室のようだ。マコトが座っていた席には、集いの場で顔を合わせた二代目院長、スグルの姿がある。その傍らには、管理官の制服を身にまとったマコトの姿があった。

「マコト院長……」

 アラタの両眼が熱くなる。

「私は反対です! 加護ありを管理官になどと……前代未聞です!」

 突然、マコトが叫んだ。アラタは伸ばしかけた腕を引っ込める。マコトの前には、ミノルが同じように眦を吊り上げてマコトと言い合っていた。

「前例がないなんてこと、言い出したらキリがないだろう! 先の転生者遺棄事件でこっちがどれだけ危うい立場にあると思っているのさ!」

「だからこそだ! 奴らの目的は異世界間仲介管理院の信頼を失墜させ、我々の干渉力を弱めること! そうすることで、神々の秩序を脅かすつもりなんだ! 異世界間連合から転生者遺棄事件での責任追及を受けている今、新たな規約違反を犯してみろ! 今度こそ、異世界間仲介管理院は立ち直れない!」

危機(ピンチ)機会(チャンス)だよ! 今を逃したらこんな魅力的な人材、二度と出会えない!」

 マコトもミノルも、どちらも退かない。お互いに相手の言い分も理解できるが、それでも譲れない立ち位置があるために衝突しているのだろう。

「ならば、一石を投じてみるかね?」

 それまで黙って二人の言い合いを聞いていたスグルが、両手を組んだまま口元に笑みを浮かべた。ミノルとマコトがスグルを振り返る。

「此度の転生者遺棄事件、院長として事前に阻止できなかった責任は大きい。よって、事態の収束を計った後、頃合いを見て責任を取る形で私が異世界間連合に正式に院長退任を申し出る」

「本気ですか!? それこそ、奴らの思う壺です!」

「マコトの言う通りだよ! 何で院長が退任する話になるんですか!?」

 それまで意見をぶつけていたかと思えば、マコトとミノルはともに院長を止めに入っている。その様子を、スグルは可笑しそうに見つめていた。彼の視線がこちらに向く。それはかつて、その場に居合わせた過去のアラタを見つめていた。

「言っただろう? 一石を投じてみるのだ、と」

 スグルは片手を上げ、さらに何かを言いかけたミノルとマコトを制した。

「まず、此度の事件を引き起こした連中の目的がわからない。我々に気づかれることなく事を起こした手腕、そしてまるで機をてらったように異世界間連合の神々からの追及……何もかもが上手く行き過ぎている。先代とも話したのだが、やはり危機感を露わにしておられた」

「初代院長も?」

 スグルの言葉に、ミノルが声を上げた。

「だからこそ、奴らの望み通りにして見せようではないか。私の退任によって、異世界間仲介管理院が『弱体化』したように錯覚させる」

 スグルの視線が傍らのマコトに向いた。

「マコト管理官、私の後任は貴官に一任する」

「っ!? お待ちください! 私にそのような大役は向きません! 異世界間仲介管理院を立て直していくことを考えるならば、ミノル管理官を次期院長に――」

「言っただろう、連中に異世界間仲介管理院が弱体化したように見せかけるのだよ。だからと言って、私が退任したことで総崩れになっては困る。だから、マコト管理官……君に一任するのだよ。組織の地盤固めは君の方が適任だ」

 マコトの言葉を遮ったスグルが、二人を交互に見据える。

「ミノル管理官は確かに逆境に強い。だが、それはあくまで個人的技能に留まる。崩れた組織を立て直すには役不足だ。その点では、マコト管理官に軍配が上がる。召喚部で培った問題(トラブル)解決力(シューティング)を存分に発揮したまえ」

 スグルがアラタの方へ顎をしゃくる。

「それに、院長になった君が彼の能力を見定めればいい。それならば、納得もできよう? 我らにとって害となる、と君が判じたのなら私もミノル管理官も何も言わん。追い出すなり消すなり好きにしたまえ」

「いやいや、本人を前に物騒な台詞吐くのやめてくださいよ! 彼なら問題ありません! 僕は彼の可能性とその人格を信じます!」

 ミノルが肩を怒らせてスグルに嚙みついた。

「……」

 マコトの視線がこちらに向く。僅かな沈黙の後、彼は静かに首を縦に振った。

「承知いたしました」

 マコトが承諾すると、スグルの視線がミノルへ向く。

「ミノル管理官、君はマコト管理官の補佐をしたまえ。そうして、マコト管理官の『影』として、彼の目が及ばぬ暗闇に光を灯すのだ」

「……わかりました」

 ミノルが唇を尖らせたまま、静かに頷いた。

「さて、XXXくん」

 スグルの視線がかつてのアラタへ向いた。

「先代からの許可も下りた。君を、異世界間仲介管理院の管理官として迎えようと思う」

 スグルが少しだけ考えるように黙り込んだ。

「マコト次期院長、君に最初の仕事を任せる。管理官として生まれ変わる彼に、新しい名前を授けてあげたまえ。退任する私が命名するのも、おかしな話だろう?」

 くつくつと笑うスグルの横で、マコトはあからさまに嫌そうな表情をした。こちらは思わず恐縮してしまう。

「アラタ」

 マコトが短く呟いた。彼の青い瞳が、アラタを真っ直ぐ見つめる。

 新しき未来を彼に託すのです。ですので、アラタと――


「アラタ管理官!」


 己の肩を強く掴まれ、アラタは現実に引き戻された。魔王の瘴気が霧散し、辺りに静寂が満ちている。アラタはしばしの時を、声を発せずに呆然と虚空を眺めていた。

「あ……」

 アラタは己の肩を掴む仮面の青年を振り返る。仮面の向こうに隠れた顔が、どこか焦ったように見えたのは、決して気のせいではないだろう。

「ミノ――」

「アラタ! 無事!?」

「おーい、英雄くーん! やったじゃん!」

「こら、サテナ管理官! 勝手に持ち場を離れるな!」

「カイ管理官、そう言って便乗していますよ。ここは私も、雰囲気に合わせましょう」

 アラタの傍に、オギナ、サテナ、カイ、キエラがすぐさま駆け付けてくる。

「あ、この仮面の人は味方です! あの瘴気に呑まれそうになった俺を助けてくれたんです!」

 駆け付けたツナギとアリスが仮面の青年を警戒する素振りを見せたので、アラタはすぐさま声を張り上げた。

「……」

 仮面の青年が無言で手にしていた武器を消す。それでようやく、ツナギとアリスも構えていた武器を下ろした。


「見事だった」


 どこからか手を打ち鳴らす音が聞こえた。皆が一斉に音のした方角を振り返る。

 そこには大剣を背に負った裏切りの勇者――アレフと、その背後に従えたアルファとオメガの姿があった。

「オメガっ……!」

 アラタの傍らに控えていた仮面の男が憎悪を滲ませた声音で呟く。小刻みに震える両手が、今にもオメガへと拳を振り下ろそうとしているように見えた。

「お見事……そして新たな『勇者』の覚醒に祝福の言葉を贈ろうか」

「お前は一体……勇者アレフはどうした?」

 アラタが目を細め、アレフの姿をした人物に問いかける。最後に対峙したときと、目の前に佇む男が纏う魔力が違う。アレフの姿をした男が僅かに目を見張り、次いでその口元に笑みを浮かべた。

「ああ、アルファの言った通りだ。君とは必ずや衝突するだろうね。では、好敵手殿に自己紹介しておこうか」

 そうしてアレフの姿をした男は己の胸に手を添えると恭しい一礼を寄越してくる。

「初めまして、異世界間仲介管理院の管理官たち。異世界アヴァリュラスに召喚された古の勇者――カズヤという。以後、お見知りおきを」

 アラタたちはカズヤの笑みを前に武器を構えた。明らかな敵意を前に、カズヤは笑む。

「勇者として数多の魔物を倒してきたが……人から敵意を向けられたのは久々だ」

 そうして笑っていたカズヤが、不意に顔を彼方へ向ける。その眉間が不快気に寄った。

「神々からの妨害か……落ち着いて話もできない」

 カズヤが見つめる先から、無数の光がこちらへ迫ってくる。その光景を見た瞬間、ツナギとアリスが息を呑んだ。

「まずい、一斉砲火だ……。急ぎ退避する! このままでは巻き添えに――」

 ツナギの言葉が言い終わらないうちに、カズヤがおもむろに腕を振った。こう、羽虫を払うような軽い仕草だった。

 こちらに降り注ごうとしていた神々の魔法が、まるで煙のように消え失せる。耳を突くほどの爆発音がアヴァリュラスの世界領域を揺るがした。

「そこの勇者」

 カズヤがアラタを振り向く。

「最後の誘いだ。俺たちと一緒に来ないか? 君にはその資格がある」

 カズヤの手がアラタへ差し出される。

「神々は己の保身にこだわるあまり、数多の新生世界を犠牲にした。この世に不変などありはしない。そして、新たなる神々の誕生を阻止するこの世界の構造を打ち砕く必要がある」

「貴様らの仲間になるつもりはない。俺はお前たちの野望を砕くために、管理官になったのだから」

 アラタが双剣を構えたままきっぱりと拒絶した。

「そうか、残念だ」

 カズヤはあっさり身を引いた。

「哀れだな……」

 カズヤは小さく呟くと、胸の前で両手を打ち合わせた。空間が振動し、無数の音が共鳴し合ったせいでひどい鳴音(ハウリング)がアラタたちを襲った。咄嗟に耳を手で塞ぐ。


「聞こえるか? この世に居座る神々よ」


 カズヤの静かな声が、空間そのものから発せられるようにこだまする。

「空間干渉……すごい、こんな広範囲で!」

「感心している場合か!」

 サテナが両耳を押さえながら表情を輝かせ、傍らのカイが即座に怒鳴った。

「アヴァリュラスに新生の狼煙が上がった。これより、世界は転換する。手始めに、いくつかの世界を屠るとしよう」

 カズヤが言うなり、こちらに背を向けた。

「またな、生まれたばかりの勇者。せいぜい、俺たちに抗ってみろ」

「待て!」

 アラタの鋭い声がカズヤたちに追いすがるが、三人の姿は空間の中に溶けて消えていった。

 後にはカズヤが残した「宣戦布告」の余韻が、暗いアヴァリュラスの領域にこだまするばかりであった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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