File9-15「覚醒」
「アラタ、行くよ!」
「ああ!」
オギナが手にした弓に光の矢をつがえると瘴気に向けて放つ。魔力を帯びた矢を、瘴気が飲み込もうと追ってきた。
「管理官権限執行、風帝の導!」
カイとアリスが長杖を掲げ、拡がる瘴気の範囲を徐々に狭めていく。しかし、噴き出してくる瘴気の量が膨大であるため、どうしても周囲へ四散してしまう。
「キエラ管理官、我々もできる限り軌道に乗せるぞ」
「了解しました!」
ツナギ管理官の指示を受け、キエラも双銃を構える。
「管理官権限執行、光摩拳!」
「管理官権限執行、破邪弾!」
ツナギの拳が溢れた瘴気を散らし、そこをキエラの放った銃弾が爆発、浄化する。
皆がそうして瘴気をアラタのもとへと集めていった。
瘴気が渦巻く中で、アラタは双剣を手に目を閉じていた。己の魂に刻まれた加護を呼び起こし、かつて魔王と化した神竜と相対した時と同じ用法で周囲の瘴気へと意識を向けた。流れ込んでくるのは、瘴気の中に凝った数多の記憶たちである。
――振り払えないほどの暗雲が、常にこの世界を覆っていた。
瘴気の中に残った断片が「声」を発した。ただの魔王であったなら、すぐさま消え失せていたはずの世界の記憶である。それが魔王の依り代となった勇者の「再生」の加護の力で、未だに形を留めていたのだろう。
――どうして、魔物はいなくならないの?
今度は幼い声が尋ねてきた。アラタは唇を引き結ぶ。
――カズヤ、無茶です! あなた一人で神を討つなど!
聞き慣れた声が悲鳴のように叫んでいる。
「っ!? アルファ……?」
聞き間違うはずはなかった。それは幾度となくアラタたちの前に立ちふさがった白装束の集団を束ねる青年の声だった。
「カズヤ……勇者の名前か?」
アラタは目を細める。アルファの言葉に快活な青年の声が答えた。
――身勝手な神々のせいで荒廃する世界を正す。そうして、いつかみんなで輝きを取り戻した世界で暮らそう。それが俺の願いだ。
瘴気の渦が膨らむ。その闇に向けて、アラタは腕を伸ばした。何故か、両目からはとめどなく涙が溢れた。
「ああ……こんなにも――」
アヴァリュラス神や世界を飲み込んでもなお、消え失せることのなかった人々の声が無数に膨れ上がっていく。アラタは握りしめた双剣に炎を宿すと、暗闇を真っ直ぐ見据えた。
「今、断ち切ってやる」
囚われ続ける声に答えた。アヴァリュラス神は消滅し、世界は滅んだ。もはや人々の魂がこれ以上の苦しみに捕らわれ続ける必要はない。
アラタが右手を掲げた。複雑な術式の魔法陣が虚空に展開する。
「〝魔力性質変換〟」
アラタの魔力を受け、膨大な負の感情の力が彼を飲み込もうとする。アラタはその力の奔流を操り、無害な生命力へと性質を変化させて循環を促す。その度に、アヴァリュラスの永獄によって長らく封じ込められた人々の嘆きがアラタに訴えかけてくる。
「アラタ管理官! 気をしっかり持て!」
瘴気に押しつぶされかけたアラタの背に、ツナギの声が活を入れる。
「はい!」
アラタは死に物狂いで瘴気を押し返す。額がひどく熱を帯びた。自分の中で、何かが壊れそうな気がする。
これ以上は……持たないっ!
アラタが顔を顰める。すると、瘴気の塊が巨大な腕となってアラタへと迫る。
「っ!?」
防御姿勢を取れず、アラタは己にのしかかってくる瘴気を呆然と見つめる。すると、虚空で瘴気を一閃が絶った。アラタが振り向くと、彼の肩に手を置き、短剣を構えた青年がすぐ傍に佇んでいた。見慣れない黒装束に目深にかぶったフードと仮面のせいで素顔はわからない。アラタが身を硬くすると、すぐさま仮面の青年が口を開いた。
「神々の援護射撃が始まった。君は中心部の核を無力化することに集中するといい。霧散した瘴気は神々がどうにかしてくれる」
「あなたは……」
「己が職務を全うせよ、アラタ管理官」
アラタの問いかけに、仮面の青年は人差し指を立てて口元に当ててそう告げただけだった。そのまま、アラタへ迫る瘴気を手にした一対の短剣で断ち切っていく。
アラタはすぐさま意識を瘴気の渦の中心へ向ける。双剣の剣身に展開した魔法陣を刻むと、アラタは虚空を蹴って瘴気の渦へと突っ込んでいった。
皮膚が焼かれ、無数の裂傷が全身に刻まれる。しかし、それでもアラタは進んだ。ズキリと額が痛む。それに顔を歪めながらも、アラタは無理やり刃を瘴気の中へと突き立てた。
「〝断ち切れ〟!」
アラタが叫び、彼の額に浮かんだ魔法陣が粉々に砕け散った。枷が外れたように、アラタの中に溢れる魔力が瘴気を滅する。同時に、アラタの双剣の刃が、渦の中心を断ち切った。
光と静寂が、アヴァリュラスの世界領域を覆い尽くした。
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