File9-14「あふれ出る瘴気」
巨大な方形の牢獄が崩れたのを見て、アラタたちは息を呑んだ。
「永獄が、崩れるっ……!?」
まるで支えを失った家屋のように、自重で崩れる外壁がその内に封じ込めていた瘴気を辺りへとまき散らしていく。
「まずいよ……あれだけの瘴気、この空間域から出たら一気に魔王の出現を誘発する!」
サテナの焦りを滲ませた声を嘲笑うように、永獄から解き放たれた魔王の瘴気がその濃度を増していく。
「止めないと……」
呟いたアラタは表情を引き締める。すると魔導二輪の速度を上げた。
「アラタ管理官!」
オギナが慌てた様子で追いすがる。
アラタは炎で双剣を生み出すと、真っ向から瘴気の海へと突っ込んだ。
「〝神竜の業火〟!」
紅に染まったアラタの双眸が、侵食する闇を見据える。深紅の業火が膨れ上がる瘴気を焼き消した。
「やった……!?」
「いや、まだだよ」
オギナが喜びの声を上げたのもつかの間、後から噴き出した瘴気がアラタの炎を押し返す。
「ぐっ……」
アラタは顔を顰め、大きく吹き飛ばされた。双剣を握る手の皮膚が瘴気に触れて焼けただれている。駆け付けたオギナがすぐさま治癒を施した。
「一人じゃ無理だよ、ツヨシ管理官」
「アラタです。でもこのままにはしておけません!」
神の加護を受けた神竜の炎、あらゆる邪を払う業火を平然と押し返すのであれば、次にアラタが取る手段は限られる。
「グロナロスの時のように、魔王の力を利用した無力化をやる気?」
アラタの思考を先回りするように、サテナが指摘した。
「それ以外に方法はありません」
アラタは瘴気を睨み据えたまま、断言した。
生まれたての魔王の時とは規模も、瘴気の濃度も桁違いである。アラタとしても、魔王の力を相殺できる自信はなかった。しかし、神竜の炎をぶつけても効果がないのなら、その力の奔流そのものに干渉し、消し去るしか方法はない。
「危険すぎる! 何より、アラタの身体が持たないよ!」
オギナがアラタの腕を掴んで叫んだ。
「クユル管理官の言う通りだよ。人ひとりでどうこうできる力の差を超えている」
サテナが静かな声音で言った後、唐突にその顔に悪どい笑みを浮かべた。
「だから、皆でやろうね」
「……はい?」
サテナの言葉に、アラタだけでなくオギナまで間の抜けた声を上げた。二人同時にサテナを振り返る。サテナはわざとらしい仕草で両腕を広げ、肩をすくめてみせる。
「えぇ~、忘れちゃった? 異世界グロナロスでも神竜が閉じ込められた亜空間へ続く扉をみんなでこじ開けたでしょ~?」
サテナはアラタを真っ向から見据えると、その口元の笑みを深めた。
「アラタ管理官のように、魔王の瘴気をどうこうできる手段を、ただの管理官である俺たちは持ち合わせてはいない。けれどね、俺たちは魔王を討伐する勇者を長年支援してきた」
「……直接的な解決手段はなくとも、支援はできます。そういうことですね」
オギナがサテナの言わんとしていることを察したようだった。
「そういうこと! さ、オルス管理官。アキト管理官が瘴気を一気に消し去れるよう俺たちで瘴気の拡散を防ぐよ」
「オギナです。了解します」
「俺はアラタです……しかし、それではお二人が危険に――」
首を縦に振ったオギナとは反対に、アラタはまだ納得していない様子だった。なおも言いつのろうとしたアラタを、サテナが手を上げて制す。
「ああ、人手が足りない? 大丈夫、助っ人も駆け付けてくれるよ」
そうして、サテナは背後を振り返った。彼の視線の先には魔導二輪を駆ってこちらへ駆けつけてくるツナギたちの姿があった。皆、全身傷だらけだが、その表情に諦めの色はない。
「みんな……」
サテナの手が、呆然と呟くアラタの肩に乗った。
「さ、君が頼りなんだからしっかりしてくれよ」
サテナの笑みがさらりと言う。
「この状況、さっさとどうにかしちゃおうか」
「はい」
アラタはしっかりと頷く。サテナの目がオギナに向いた。
「キカリ管理官、瘴気をツルミ管理官へ誘導を頼むよ」
「私はオギナです。アラタ管理官のところへ瘴気を誘導ですね」
オギナが苦笑まじりに復唱した。サテナが満足そうに頷くと、今度は誰もいない空間に顔を向けた。
「君はアラタ管理官の傍で護衛だよ。できるね?」
「サテナ管理官? 誰に話しかけているんですか?」
誰もいない空間に声をかけているサテナを、アラタが怪訝そうに眺めた。
「うん? もちろん、俺たちの仲間にだよ?」
「こんな時にふざけないでください」
アラタはため息まじりにサテナの言動を注意すると、瘴気に向き合った。双剣に炎を纏わせる。
「では、補佐願います」
そうして、アラタは瘴気の中へと突っ込んで行った。
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