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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File9-13「永獄の崩壊」

 目の前に聳える巨大な方形が、周囲に破片をまき散らしながら浮かんでいる。

 古の魔王をその内側に閉じ込めた永獄は、神々の総力を結集させて生み出された堅牢な造りをしていた。その主目的が内部に封じ込めた魔王の力を削ぐことに特化しているため、その構造も外壁よりも内壁の方が頑丈に構成されている。

 とはいえ、人の身で永獄の壁を崩せるわけではない。

 脆いとは、魔王を基準にした場合であり、さすがのアルファもアヴァリュラスの防壁を外側から切り崩す術を持ち合わせていなかった。

「そんなことでこの永獄をどうぶっ壊すんだよ」

 オメガの説明を聞いていた裏切りの勇者――アレフが心底から呆れた様子で吐き捨てる。オメガは永獄を見上げるアルファの背に目を向けたまま苦笑した。

「おそらく、永獄そのものを破壊するのではなく、中に封じられた魔王をこちら側へ転移させようと考えているのでしょう」

「……そっちの方が骨じゃねぇか」

 永獄を破壊するには魔王級の破壊力が必要だ。しかし、アルファたちが従える人工魔王をすべてぶつけたとしても、生まれたばかりの魔王の破壊力にすら及ばない。

「可能ですよ」

 それまで黙って永獄を見上げていたアルファが穏やかな笑みを浮かべてオメガとアレフを振り返る。

「アレフさんには、私の能力(スキル)についてお話したことはありませんでしたね」

 素直に頷くアレフからそれとなく距離を取り、オメガが口元に笑みを浮かべた。アルファが手に純白の槍を握り、空いた方の手を懐に入れた。彼が取り出したのは、首飾りのように見える。ひどく強い力が宿っている。

「それは……もしや勇者の所有物か?」

 アレフが目を細めた。

 勇者が持つ武具には、大小なりその持ち主の力が宿る。時にはそれが別個の意思を宿した存在となることさえあった。

 あらゆる異世界に勇者が魔王を討伐した際に使われた「聖剣」などと呼ばれる伝説が語り継がれているのはこういった背景がある。また勇者の力によって意思を宿した聖剣が「次期勇者」を指名する場合も少なからずあり、神々としてもそれを推奨している節がある。華々しい功績を上げた勇者の力が宿った聖剣が、新たな勇者を指名した方が神々としても「人柄」の面で懸念が少なくなるからだ。

 アレフのように人材不足を背景に登用された勇者では、神々は不安なのだろう。事実、こうして神々を裏切っているのだから、神々の先見は正しかったと言える。

「さすがは勇者殿。一目でわかりますか」

 アルファは嬉しそうに微笑む。

「馬鹿にしてんのかよ」

 眉根を寄せたアレフに、アルファは「まさか」と首を横に振った。

「一目で見抜ける勇者はそういません。ましてやこの首飾りに宿った勇者の魂は何千、何億も昔のものですから」

「そんな大昔の勇者っつうと……」

 目を見張ったアレフに、アルファの笑みが深まる。


「ご推察通り――神殺しの勇者が身につけていたものです」


「よくそんなものを見つけられたな」

「神殺し」の異名を持つ勇者など、後にも先にもアヴァリュラスの永獄に封じられた「魔王」以外に存在しない。その勇者の遺物を、神々が放っておくとは思えなかった。

「託されたんですよ。この日のために」

 アルファは首飾りを握りしめると、アレフに歩み寄る。

「これを使って、『彼』をこちら側へ引き寄せます」

「は?」

 アレフが眉根を寄せた瞬間だった。オメガの大剣が、アレフの身体を背後から深々と貫いた。

「おまっ……」

 オメガが素早く大剣を引き抜く。アレフが応戦しようと身をひねろうとしたところへ、アルファが手にした首飾りをアレフの傷口へ突っ込んだ。


「〝魂の帰還(ナロタ)〟」


 アルファの手に、複雑な魔法陣が展開する。アレフの身体が光に包まれた後、そこから夥しい瘴気があふれ出る。

「ああ、永獄が……」

 オメガは呆然と方形の牢獄を見上げる。

 それまで泰然と隔離された空間の中心に浮かんでいた牢獄が、崩壊を始めた。内部に封じていた魔王の「核」を失ったことで、牢獄全体を維持することができなくなったのだろう。

「こんなにもあっさり崩れ去るとは……」

 オメガの顔に暗い笑みが宿る。

 崩れた永獄から、魔王の力の残滓である瘴気が溢れる。即座に結界を張って身を守ろうとするが、まるでオメガを避けるように周囲の空間へと散っていった。

「ああ、お久しぶりです……」

 歓喜に打ち震えたようなアルファの声に、オメガが振り返った。

 アルファの前には、アレフが佇んでいる。しかし、それは外見の話だ。それまでのアレフとは違う雰囲気を持った男は、己の両手をしげしげと眺めた後、アルファへと視線を戻している。

「ああ……やっと再会の時がきたな」

 そう男は言った。アルファが何度も頷く。

「カズヤ、お待たせしてしまってすみません」

 アレフの身体を依り代にした、古の魔王――カズヤを前にアルファが頭を垂れた。アルファの肩に、カズヤが手を置く。

「苦労をかけた。だが、もう神々の圧政時代は終わりを迎える」

 カズヤの視線を受け、オメガも丁寧な一礼を返す。そうしなければならないと思わせるだけの威厳を、カズヤは纏っていた。

「神の力と魔王の力を得た俺に、恐れるものはない」

 反逆の勇者は、崩れ去る永獄を前にそう宣言した。

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