File9-12「動乱の火種」
デルタの妨害網を突破したアラタたちは魔導二輪を繰り、防壁片の漂う虚空を縫っていた。今までの静寂が嘘のように、人工魔王と思しき異形の魔物があちこちから湧いて出た。
「管理官権限執行、雷帝の怒り!」
サテナが操る雷撃が、人工魔王たちを消し炭に変える。ツナギも飛び出すと、周囲に浮かんでいる防壁片を蹴り飛ばして、人工魔王たちを巻き添えに粉砕していく。
「三人は先へ進め!」
ツナギの指示が飛び、カイが長杖を高々と掲げる。
「管理官権限執行、推進力増強」
カイの補助を受け、アラタ、オギナ、サテナの三人はさらに速度を上げて人工魔王群を抜けていく。
「さて、隠れていないで出てきてもらおうか」
アラタたちの背を見送り、ツナギの鋭い目がある一点を睨む。
「裏切りの代償は大きいですよ――元・防衛部部長ラセツ!」
ツナギの呼びかけに応じるように、防壁片の影から全身を鎧で覆った巨躯が姿を現す。禿頭の勇士は、その厳めしい顔を変えることなく、かつての部下たちを見据えていた。
「ふんっ、私は元より管理官ではない。神々の犬に成り下がるなど、こちらから願い下げだ」
彼はそう言って目を怒らせる。
「我が名はユプシロン! 〝動乱の火種〟なり!」
ユプシロンは朗々と名乗り上げると、その手に巨大な戦斧を握りしめた。戦斧を高々と掲げ、周囲の人工魔王たちの士気を上げている。
「厳格……そう呼ばれたあなたらしい言い方だな」
ツナギは両手を覆う鉄籠手を胸の前で打ち合わせた。
「おかげで心置きなく征伐できるというもの」
ツナギの目が据わる。ユプシロンも眉間にしわを寄せて鼻で笑った。
「ふん、小娘がほざきおって」
ツナギとユプシロンが正面からぶつかる。
「加護を使うまでもない。貴様らとは生きてきた時間が違う!」
火花が無数に散り、ぶつかり合う度に、周囲の防壁片が飛ばされていく。人工魔王たちが巻き添えを食らわないように退避する。そこをカイが狙った。
「管理官権限執行、風神の悪戯、炎神の裁き!」
風の渦に巻き込まれた人工魔王たちが、燃え盛る火炎の中に消えていく。
「管理官権限執行、能力向上、効果範囲拡大」
カイは続けて己の長杖に強化を付与すると、その先端をぶつかり合うツナギとユプシロンへ向けた。
「管理官権限執行、炎槍追撃!」
ツナギが拳を振り上げた瞬間を狙って、カイが魔法効果を付与した。ツナギの攻撃に合わせ、虚空に生まれた無数の火炎槍がユプシロンを強襲する。
「〝守護せよ〟」
見えない壁がユプシロンを包み込む。壁にぶつかった火炎槍がその形を変え、ユプシロンの防御壁を飲み込んでいく。
「管理官権限執行、雷帝の拳!」
ツナギの拳を稲妻が覆い、炎に包まれたユプシロンへ振り下ろす。
激しい爆発に、ツナギが大きく後退した。
炎の中から飛び出たユプシロンも、全身を煤に汚しながらもさほどの衝撃を受けたわけではなさそうだ。
「……咄嗟に防壁を解除して衝撃とともに飛び出たか」
ツナギが舌打ちとともに構えを取る。
「見事……先ほどの発言は取り消そう」
ユプシロンは手近の防壁片に着地すると、戦斧で足場を突いた。
「ツナギ管理官の迷いのない一撃。そして、その威力を最大限に生かす隙のない支援……カイ管理官、成長したな」
ユプシロンはその顰め面をわずかに綻ばせた。カイが唇を引き結び、くしゃりと顔を歪める。
「おかげさまで。相棒がああいう性格なものですので……たいていのことには対応できるようになりましたよ」
「貴官らへ敬意を表し……我が魂に刻まれた加護、そのすべてをもって戦おう!」
ユプシロンの両目が黄金に輝く。
「〝獅子王の威厳〟」
ユプシロンの全身を光の鎧が覆う。
カイは長杖を手の中で回すと、即座に術式を展開した。
「管理官権限執行、風刃、氷槍、炎舞!」
風と氷、炎の刃を同時に生み出し、ユプシロンへ向ける。ユプシロンはカイの魔法を、手にした戦斧を回転させることで防ぐ。
「管理官権限執行、金剛拳!」
防御に徹したユプシロンへ、ツナギが打ち込む。
「〝鉄壁〟」
即座にユプシロンの全身を覆った光の鎧が、盾となってツナギの拳を防ぐ。
「管理官権限執行、破砕!」
ツナギの振り下ろした拳が黒い靄に包まれ、光の盾を砕く。
「くっ……〝強化〟!」
ユプシロンも光の鎧を防御壁に変えた。二人の魔法が正面からぶつかり合う。火花が散る中、ツナギは歯を食いしばって拳を押し込んだ。彼女の全身に、衝撃によって裂傷が刻まれていく。
「管理官権限執行、推進力増強!」
虚空を蹴り、勢いをつけたツナギの拳がユプシロンの防御壁を砕いた。彼女の籠手に装着された刃が、ユプシロンの顔面に食い込んだ。
「終わりだ」
ツナギの鋭い目元を、血の筋が伝った。
ユプシロンの身体が虚空に舞い、漂う防壁片の上へと墜落する。
ツナギが全身を血まみれにした状態で、ひゅうっと喉を鳴らした。
「ツナギ管理官!」
すぐさま駆け付けたカイがツナギに治癒を施す。その間も、ツナギの視線は倒れたユプシロンを見下ろしていた。
「……見事、だ。ツナギ、管理官……」
ユプシロンの全身に走った亀裂が広がり、やがて粉々に砕けて消えていった。ツナギは肩で息をつきながら、血だらけの拳を固く握りしめる。
「……あなたを信頼してついてきた、多くの管理官の無念を受けて逝け」
虚空へと消え失せるユプシロンに向けて、ツナギの静かな声が厳かに告げたのだった。
「……先を急ごう」
ツナギは自分に治療を施すカイをそっと促した。
「連中はその総力を持ってアラタ管理官の行く手をふさぐはず……急ぎ、加勢に向かう」
「はい、ツナギ管理官」
ツナギの指示に、カイも即座に頷いたのだった。
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