File9-10「スグルとミノル」
「現在、異世界間連合は冥界の主神カルトールさまを筆頭に、大規模な軍編制を八割がた終わらせている」
スグルは両手足を組み、アラタたちを前に現状を伝えた。
「白の集団にそそのかされた神々から大規模な徴兵や物資支援をやらせたからな。どうにか体裁を整えたという形だ。この神々の連合軍は永獄の領域を取り囲む形で展開される予定だ。その理由は――」
スグルの視線がヒューズとナゴミに向いた。
「永獄の中心部、防壁への接近を避けてのことですね。いくら封じられているとはいえ、神々と言えど魔王の瘴気を受けては無事では済まされません。距離を取って一斉砲火、というのが定石でしょう」
ナゴミがまず答えた。
「次に、永獄への道が開かれたことにより、アヴァリュラスの世界領域から漏れ出た瘴気の影響で、周辺世界領域に新たな魔王が出現する可能性を考慮した……そういうことでしょうか」
次いで、ヒューズも答えた。
「それだけではありません。今回の裏切りに『勇者』が関与していることも挙げられます」
最後にカルラがそう言うと、スグルは満足そうに頷いた。
「その通り。神々は、アヴァリュラスの永獄に『勇者』を近づけることを忌避している。その理由は改めて説明するまでもない。神に刃を向けた勇者が魔王となったのだ。その力は、神を滅するに十分だからな」
スグルの指摘に、皆が静かに頷く。
「そこで、異世界間連合から我々異世界間仲介管理院に寄せられた任務は、永獄内へと踏み込み、防壁を破壊しようとしている白の集団と裏切り者を処断すること。神々はあくまでも支援に始終するから、過度な期待はできん」
「異世界間防衛軍は勇者支援という形で、ヒューズ管理官に指揮をお願いします。アリス管理官、サクラ管理官とともにヒューズ管理官の補佐を頼みます」
カルラの鋭い視線を前に、ヒューズとアリスは静かに頷いた。
「転生部、防衛部の責任者が相次いで抜けましたから。他の管理官の動揺はなかなかぬぐい切れません。疑心暗鬼にもなっていることでしょう。普段から信頼の厚いあなた方なら、部隊を立て直せると信じていますよ」
カルラは普段の貼り付けたような笑みではない、真摯な態度でヒューズとアリスに告げた。
「ツナギ管理官、異世界間特殊事例対策部隊の指揮を任せます。準備が整い次第、永獄へ向かってください」
「承知しました。その際……動けない仲間は?」
ツナギが姿勢を正して頷く。後に続けられた言葉は、ジツを気遣ってのことだろう。
「彼には別の任務を与えるつもりです。もともと戦闘には不向きな能力の持ち主です」
カルラがすぐさま口を開き、苦笑する。
「大丈夫。彼も管理官です。きっと、立ち直れます。信じてやってください」
「はい……」
カルラの言葉に、ツナギは強張らせていた表情をやや和ませた。
「では、すぐにでも出撃準備にとりかかってください」
「翼の祝福に道を掴まんことを」
その場にいた全員が唱和した。
アラタたちが立ち去り、東屋の下で一人になったスグルは口元に笑みを浮かべた。
「さて、引きこもりが何の用かね?」
何もない空間から、一人の青年が姿を現す。
管理官の制服を脱ぎ捨て、普段補佐官として仕事をするときの黒装束姿をしたミノルだった。その佇まいに動揺は見られない。しかし、鋭く細められた双眸には、明らかな憎悪が宿っていた。
「補佐官として、永獄任務に参加します。許可をいただけますね?」
ミノルの静かな声音に、スグルはくっと喉の奥で笑った。
「三代目の仇討ちかね? 君は思いのほか人情が厚いのだね」
「否定はしません。しかし、連中を野放しにはできない。ついでに仇討ちさせてもらえれば十分ですよ。……オメガは僕の手で狩ります」
隠す気もなく、正直に告げたミノルにスグルもくすくすと笑みをこぼした。
「すでに心得ていると思うが、永獄の防壁に使われているのは例の原石だ。我々が管理官権限を執行するたびに、その威力にばらつきが生じる。かといって、加護を使おうものなら威力は半減、最悪の場合は発動すらできなくなる」
「それは連中も同じこと。だからこそ、永獄までの道を探し当てても、いまだ防壁の破壊に至っていないわけでしょう?」
アヴァリュラスの永獄は魔王の力を封じるため、特殊な鉱石を用いた防壁で覆われている。神々が魔王の力を再利用することで、その強度を増したためだ。
その防壁を破壊できる存在と言えば、「勇者」を除いて他にはいないだろう。
「裏切者の勇者が、永獄の壊し方を知る前に……僕が葬り去ります」
「どうせ止めても行く気だろう。ならば止めんさ」
スグルは長椅子に背を預けると、小さく肩をすくめる。
「しかし、君まで永獄に向かっては、他の勇者へのけん制が難しくなる。異世界間連合は此度の勇者『裏切り』をひた隠しにしているが、情報が他の勇者にもれるのは時間の問題だ。そうなれば……この世は神々の混沌時代へと逆戻りだ」
「死神たちにも協力要請を発し、先ほど承諾の返事をもらいました」
「……まったく、そういうところだけは仕事が早いな」
ミノルの言葉に、スグルは愉快そうに笑った。
「君の好きにしたまえ。くれぐれも、アラタ管理官を失うことがないように」
「……感謝します。翼の祝福に道を掴まんことを」
ミノルがスグルに一礼する。そのまま、周囲の景色に溶け込むようにして消えていった。
「まったく、若い連中はどうしてこうも死に急ぐのだね」
スグルの独り言が、集いの場の花々の間を空しく通り抜けていった。
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