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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File9-9「二代目院長スグル」

 異世界間仲介管理院の保有する魔導軍艦が、集いの場の浮島へ着岸した。いくつもの(アンカー)を岩壁に射出し、船体を固定する。それらの作業がひと段落すると、艦内からぞくぞくと管理官たちが浮島へ上陸し、各々の部署に割り当てられた作業に入っていった。

 異世界間特殊事例対策部隊に所属するアラタたちはカルラの後ろに続き、魔導軍艦から離れていく。

「ねぇ、ウリラ管理官。カツ管理官は?」

 サテナがアラタの隣を進みながら耳打ちしてくる。アラタは思わずため息をこぼした。

「俺はアラタです。ジツ管理官のことは、サクラ管理官が付き添って見ていてくれています。とても……動ける状況じゃないそうです」

 アラタも気がかりだった。ジツは見舞いに赴いたアラタやオギナにすら会おうとしない。まるで自分の殻に閉じこもってしまったように、ひたすら艦内に割り当てられた自室で過ごしているという。

 心配だが……サクラ管理官が傍にいるなら大丈夫だ。

 アラタとて、気を抜けば塞ぎ込んでしまう時がある。だからこそ、今は目の前でしなければならない仕事に集中すべきだと自分に言い聞かせていた。

 カルラはいくつもの石橋を渡った先、遠目に見えた白亜の宮殿へと向かっているようだった。

「あの宮殿は一体何ですか?」

 アラタはカルラの背に問いかける。草花が広がる中に、ぽつんっと建造された宮殿は異様だった。そこだけ景色から浮いていると言っていい。花のつぼみのように魔力障壁で覆われた様子からも、神々にとって重要な宮殿なのだろうと推察できる。

「ああ、あれは特に意味はないですよ」

「え?」

 こちらに背を向けたまま、カルラはあっさりと回答する。

「え~、明らかに異質なのに!?」

 サテナも期待していた回答と違い、不服そうだ。しかし、カルラは小さく笑った。

「建造物の造形に関しては、完全にアスラ神の趣味ですよ。入れ物を作るなら、それ相応の威厳ある佇まいを、とかなんとか言っていたそうです」

「……入れ物、ですか」

 オギナが目を細める。カルラは口元の笑みを深めた。

「さ、見えて来ましたよ。一応、隠居の身とはいえ元・院長(トップ)です。敬意は払ってくださいね」

 アラタたちの前に、石造りの東屋(ガゼボ)が見えてきた。

 東屋に設置された長椅子には、一人の男性が腰かけている。

 灰色の長い髪を一つにまとめ、ややシワの目立った顔にはどこか人を皮肉るような笑みを浮かべている。軍服に似た正装衣を纏い、紅のベルベットマントを肩から引っ掛けている男性は、己の傍らに立てかけた杖に手を添えていた。柄頭に翼を広げた鷲の彫刻が施された一品であり、長年愛用してきたのか、ひどく古びた杖だった。それでも手入れを欠かさず行ってきたためか、その古い杖も、どこか木々の持つ深みを持った色合いとなっている。

「ああ、来たかね」

 男性は傍らの円卓に広げたチェス盤から目を上げた。長い足を組み、両手を膝の上で重ねる。その口元が三日月のようにつり上がった。

「お久しぶりです、スグル元・院長」

 スグルと呼ばれた男へ、カルラは笑顔のまま敬礼する。カルラの後ろで、全員が一斉に敬礼した。

「ああ、久しいな。それと、初見の者も多い。実にいいことだ。こういう変化は大歓迎だよ」

 スグルは喉の奥で小さく笑うと、目を細めた。

「それにしても、無様だな」

 スグルの低い声が、この場に流れる空気を凍てつかせた。

 アラタは緊張から表情を強張らせる。

 アディヴの地を放棄し、こうして集いの場へと逃れてきたのだ。激動の時代に院長として采配を振るっていた先代としては、アラタたち後進が腑抜けているように見えても仕方のないことだろう。

 アラタたちが唇を引き結んで沈黙している中、笑顔のカルラが口を開いた。

「ええ。お互い、してやられましたね」

 カルラの言葉に、アラタたちだけでなく、傍に控えていたヒューズとナゴミまでギョッとしている。

「あなたが問題をいくつも残して早々に隠居してしまうもんですから、我々がどれだけ苦労したと思っているんです? 享楽主義も大概にしてください」

「ふん。貴様らの詰めが甘いのが悪いのだよ。早急な解決が望ましくない案件も多い。それは異世界間仲介管理院の業務における特殊性のせいだと、再三説明しただろう?」

「ええ、伺いました。でもそこを表に立って解決に向けた采配を振るうのが院長の務めです。いくら成り行きで院長になったとはいえ、周囲から期待されていたのですから最後まで責務を全うしてくださってもいいじゃないですか」

「つまらないことに時間を割くほど、私は慈善家ではない。何より、頑固で分からず屋な神々の相手をせねばならないこちらの身にもなりたまえ。早々に嫌気が差すぞ」

「それがお仕事です。我慢してください」

「ふむ、在任中に業務改善命令も一緒に残しておけばよかったかな? 院長が不在でも各部署で業務が回るようにしておくべきだったか……」

「業務自体は院長がいなくても回せますよ。馬鹿にしないでください。私が言いたいのはそこではありません。ちゃんと仕事しろ、と言っているのです」

「くくっ、しばらく会わないうちに口が達者になったな。カルラ管理官」

「お褒めにあずかり光栄です。マコト院長になってからどれだけ楽をさせてもらっていたか痛感しましたよ。あなたからの指示は漠然とし過ぎていて分かりづらいんです。解読作業の手間をかけさせないでください」

「お前たちは一から十まで細かく仕事を手順化(マニュアル)にしなければ気が済まないのかね。時勢の移り変わりは激しい。手順書を作ったところで、すぐに対応できなくなる。私は無意味なことはしない主義だ」

 スグルとカルラのとめどない応酬に、ヒューズがちらりとナゴミを見た。

「……止めた方がいいですか?」

「んー……どうしたもんかね」

 ヒューズの問いに、ナゴミも穏やかな顔に困った笑みを浮かべている。

「あれが、先代院長……」

「部長、あれで敬意払ってんのかね? 俺たちには釘差しといて、自分がああいう調子じゃ世話ないよ」

 呆然と呟くアラタの横で、サテナがくすくす笑っている。

「アラタ管理官」

 唐突に、カルラから名前を呼ばれた。アラタは裏返った声で返事をする。

 スグルの鋭い視線が、アラタに向く。何もかもを見透かそうとする、その視線を前にアラタは緊張の面持ちになる。

「三代目の共鳴具を、二代目に渡してください」

「は、はい……」

 カルラの指示に、アラタは懐に仕舞い込んでいた指輪を手にスグルへ歩み寄る。彼の傍に控え、指輪型の共鳴具を差し出した。スグルは指輪をしばらく無言で眺めた後、アラタの手から指輪を受け取った。

「ふんっ、未熟者が……」

 スグルは手にした指輪を見下ろしたまま、ぽつりと呟く。

「私はお前に、『死してまで任務を全うせよ』なんてことは命じておらんぞ……」

「……」

 スグルの呟きに、皆が顔を伏せた。

 スグルは傍らの杖を手に取ると、その柄頭に彫られた鷲を指輪に近づける。その鷲の両目が輝き、それに共鳴する形でマコトの指輪が光った。

「異世界間仲介管理院、故・三代目マコトより二代目院長スグルへ、院長が行使し得る全ての権限を私が引き継ぐ」

〝共鳴具の認識、完了いたしました。異世界間連合へ承認を待機します。……受諾されました。これより、異世界間仲介管理院の指揮は管理官スグルへ全権限を委任いたします〟

 マコトの指輪から「交差する道と翼、中央に鎮座する羅針盤」の紋章が虚空に浮かび上がる。それを受け、スグルの杖から「交差する道と翼、、中央に抜き身の細剣」の紋章が浮かび上がった。双方の紋章は権限の引継ぎが終了してすぐに、光の粒子となって消えていった。

「さて、異世界間仲介管理院の院長として、権限は全て私に引き継がれた」

 スグルは居住まいを正すと、真っ直ぐ、アラタたちを見据える。


「さぁ、諸君。仕事の時間だ」


 スグルの唇に、どう猛な笑みが深く刻まれた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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