表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
175/204

File9-8「集いの場」

 六百年前、最果ての園アディヴへ魔王が侵攻したことを受け、異世界間仲介管理院は対魔王防衛策の一環として、有事の際は神々の聖域――「集いの場」への避難を異世界間連合に確約させた。

 当時、異世界間仲介管理院の三代目院長に就任したマコトが、迅速な対応を見せたことも大きかったが、その裏で、表舞台を退いた二代目院長の根回しがあったことは、上層部の管理官の間では周知の事実である。

「集いの場」が候補として挙がった理由は「神々からの干渉を受けづらい」の一言に尽きる。

 異世界間連合発足当時の古参の神々のみが立ち入ることができる集いの場は、異世界間仲介管理院にとっても非常に都合のいい拠点と言えた。

 もっとも、実際にこうしてアディヴが陥落し、集いの場へ避難する羽目になるなどと、当時の神々は考えもしなかっただろう。


〝全管理官へ通達。これより、当艦隊は『集いの場』領域内へ入ります〟


 艦内放送で転移方陣管理課から通知されたのは、アラタたちがアディヴを放棄してから翌日のことだった。魔導軍艦「引き継がれる思い(ディ・アラガシャノン)」率いる十五隻の艦隊は神々の結界に守られた領域――集いの場へと侵入する。

 光の道を通り抜けた先には、無数の小島が空に浮いた小さな「楽園」が広がっていた。

 巨大な白亜の宮殿を囲む形で浮遊する大小様々な浮島には、魔法石で建造された橋がかけられている。等間隔に設置された魔力石のはめ込まれた石柱が、明滅を繰り返して来訪者に「道」を示していた。

「へぇ、ここがすべての始まりの場所かぁ。初めて見たよ」

 アラタと並んで展望室から「集いの場」を眺めていたサテナが口笛を吹いた。

「何もない、殺風景なところだねぇ」

 見る者によっては、ただ美しい宮殿と野原が続くだけの景色である。異世界間連合発足より、だいぶ神々の手が入ったというが、それでも生命の活動が見受けられない聖域はどこか物足りなく、寂しい景色にも感じられた。

「やはりアディヴよりも設備が整っていませんね」

 渋面になったオギナに、カイも同意するように頷く。

「結局のところは仮設拠点だからな。これからの対応については旗艦や軍艦の設備だけで補うことになるだろう」

「それでどこまで補えるか……」

 カイとオギナが緊張した面持ちで唸る。

「ねー、アスタ管理官知ってる? カルラ部長の話によると、先代がここにいらっしゃるらしいよぉ~」

「俺はアラタです。……って、先代? もしかして、異世界間仲介管理院の二代目院長?」

 アラタは目を丸くした。傍らでサテナもからからと笑う。

「あはは、それそれ。驚きだよねぇ……てっきりもう死んじゃってるのかと思ってた!」

「おい、サテナ。本人を前にそれは絶対言うなよ」

 カイが呆れ顔でサテナを叱った後、目を丸めているアラタとオギナを振り向く。

「異世界間仲介管理院の権限を三代目院長に譲った後、先代の所在は厳重に秘匿された。知っていたのも、先代とカルラ部長くらいだろう。一部の人間だけが先代と秘密裡に連絡を取り合っていたらしい」

「実際、今回のアディヴ陥落においても……味方に成りすましていた方々がいましたからね」

 オギナの双眸が鋭さを増す。

 ああ……オギナも怒り心頭なんだな。

 親友の横顔を見て、アラタは小さく息をつく。オギナの静かな怒気に、アラタも表情を引き締める。

「つまり、三代目が亡くなられた今……俺たちの指揮系統は再び二代目に移行する。そういうことですか?」

「そうなるだろうな」

 アラタの確認に、カイはすぐさま頷いた。サテナもカイの肩に腕を回しながら、人懐っこい笑みを浮かべる。

「当然だよねぇ。なんたって俺たちは院長直属の、精鋭部隊なんだから!」

「おい、サテナ管理官。公の場でそういうことは大声で話すな」

「いいじゃん。周りに誰もいないんだし。トイ、あんまり神経質すぎると嫌われるよぉ~?」

 周囲をまったく気にかけないサテナに、カイがとうとうキレた。

「誰のせいで! 俺が苦労していると! 思ってんだ! あと、俺の名前はカイだ!」

「カイ管理官、落ち着いて……」

 言い合う二人に、オギナが慌てて仲裁に入る。それを横目に、アラタはふと考え込んだ。

 二代目院長……一体、どんな人なんだろう。

「でもさぁ、先代ってどんな人なの?」

 アラタの疑問を代弁するように、サテナが話題を変えた。

「異世界間仲介管理院の院長はまだ三代しかいないけど……それでも歴代の中で最長、かつ色々な変革を手掛けて華々しい功績を残した偉大な院長だったんでしょ? 天才肌ってやつ? 憧れるよねぇ!」

「お前が言うと、なんか嫌味に聞こえるな」

 嬉々とした様子のサテナを、カイの呆れ顔が睨んだ。

「お二人も、先代にはお会いしたことがないんですね」

 アラタが意外そうにカイとサテナに言った。

 カイとサテナは互いに顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。

「だって六百年前っていったら、俺たち新人だよ? 今のキリカ管理官と同じ」

「俺はアラタです。そっか……サテナ管理官にも新人だった時代があるんですね」

 当たり前のことを再認識したアラタに、オギナも横で噴き出している。

「きっと、最初からマイペース街道を邁進していたのでしょうね」

「ああ。おかげで俺は早くから管理官の資格はく奪に怯える日々を送ることになった」

 カイが大真面目な顔に陰気な雰囲気を加えて呟いた。当時を思い出してか、目が完全に据わっている。アラタとオギナは笑みを引っ込めて同情の眼差しをカイへと向けた。

「面白い人だといいなぁ。会えるの楽しみだねぇ……」

 カイの後ろで、サテナが楽しそうに笑う。

「ああ、でもさぁ……」

 不意に、サテナが笑みを浮かべたまま、その双眸を鋭くした。

「二代目は、何で院長の座を退いたんだろう?」

「え?」

 アラタは思わずサテナの顔を見返した。彼は変わらずにこにこと笑っている。

「院長の職務は多忙を極める。体力的にもきつかったんじゃないか?」

 即座にカイが几帳面に答える。しかし、サテナは展望室の外に広がる小島群をぼんやりと眺めながら、悩まし気に首を傾げた。

「ん~、でもさぁ。アヴァリュラスの永獄のこともあるじゃん?」

 アラタ、オギナ、カイの三人がサテナの指摘に息を呑んだ。サテナは表情を強張らせる三人に向き直ると満面の笑みを浮かべた。

「もしかしたらさぁ、この『集いの場』にもいわくつきの存在があったりしてぇ~。そう考えたら、先代がここにいることも、納得できない?」

 サテナの言葉に、アラタたち三人は顔を見合わせる。

 最果ての園アディヴがアヴァリュラスの永獄への入り口だとアラタたちが知ったのは、つい最近のことである。カルラから真実を告げられた時は、誰もが衝撃から言葉を失ったものだ。

「異世界間仲介管理院、その頂点(トップ)が『集いの場』に留まり続けなければならない理由(わけ)……気にならない?」

 サテナが口元の笑みを深める。その笑みには、平然と禁忌に触れそうな強い好奇心が伺えた。

「サテナ、頼むから変なことはするなよ。動くのは、いつだって確たる証拠を掴んだときだ」

 カイが素早くサテナに釘を刺した。

「はいよぉ。そこは弁えているから大丈夫!」

「そう言って平然と踏み込むことがあるから釘を刺しているんだ!」

「カイ管理官の胃に、穴が開く日は近いかもしれないね」

「……そうだな」

 口論するサテナとカイを眺めながら、アラタとオギナはため息まじりに呟く。

「とはいえ、サテナ管理官の指摘も頷ける」

 オギナは腕を組むと、少しばかり考え込むように言った。

「『集いの場』は今の異世界間連合の前身が発足した場所。いわば、神々にとって聖地のようなものだ。そんなところに、俺たちが移ってきて神々が一切文句言わないっていうのも、不気味ではあるよね」

「警戒するに越したことはない、ってことか」

 アラタとオギナは視線を交わすと、表情を引き締めた。


〝まもなく、『集いの場』に着岸します。それに伴い、誘導部隊の管理官は至急館長室へ集合してください〟


「あ、呼び出しだ!」

 サテナがパッと表情を輝かせた。アラタたち三人も頭上を仰ぎ、すぐさま踵を返す。

「さっそく任務、かな?」

「こうしている間も、白の集団どもは永獄を解放しようと躍起になっている。これ以上、放置しておけない」

 オギナの囁きに、アラタはその両目を鋭く細めた。

 奴らによって蹂躙され、壊されたものは数多い。その代償を必ずや払わせる。

 アラタは硬い決意とともに、館長室に足を踏み入れた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ