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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File9-7「迷える船旅」

 最果ての園アディヴを脱出した魔導軍艦は総勢十五の艦船から成る。

 もっとも巨大な魔導軍艦「引き継がれる思い(ディ・アラガシャノン)」、船籍上は旗艦に分類されているがその実態は移民船に近い。アディヴにおいて管理官以外の住民や転生者・召喚者など守るべき人々を乗せた船がこの巨大旗艦である。異世界間仲介管理院が創設され、初代院長から第三代目院長に至るまで、その建造計画において管理官の使命を体現した一隻と言える。

 旗艦の周囲を取り巻くのが、護衛艦十隻、補給艦三隻、調査・偵察等のための特殊艦二隻である。

 今回のように、アディヴが標的になる可能性は六百年前の魔王侵攻の頃より指摘されていた。そこで、三代目院長に就任したマコトが二代目院長から異世界間仲介管理院を引き継いですぐ、魔導軍艦の増設を実行したのだ。就任早々、魔導軍艦の増設に踏み切ったことは、多くの部署から非難されたという。しかし、今の状況を当時の重鎮たちが見たなら、きっとマコトの判断を称賛したことだろう。

 六百年前まで、異世界間仲介管理院が保有する魔導軍艦は旗艦と護衛艦三隻、補給艦一隻の五隻のみだった。マコトがその数を倍以上に増やしたことで、今回のアディヴから避難する際に旗艦へ乗り切らなかった転生者や召喚者を護衛艦に移して保護することができたのである。もしも、六百年前に増設を決断していなければ、見捨てなければならなかった魂たちもあった。その可能性に、アラタはひどく背筋が凍った思いである。

 華々しい功績を遺した二代目院長の影に隠れて、周囲からの評価が低かったマコトだったが、彼の実行した地盤固めは確実に異世界間仲介管理院という組織の崩壊を食い止めた。そんな中で、アラタという前例なき管理官も受け入れる度量も持ち合わせている。

「マコト院長……本当に、あなたは誰よりも異世界間仲介管理院のことを考えていたのですね」

 アラタはマコトから託された指輪型の共鳴具を握りしめた。真っ赤に腫らした目が、再び熱を帯びる。魔導軍艦内にある展望室で、アラタは帰投する仲間たちの様子をぼんやりと眺めていた。

 マコトの死は現在、一般の管理官たちには伏せられている。

 院長の不在は、拠点を失ったばかりの管理官たちを悪戯に不安がらせるだけである。

 そのため、現在は院長代理としてカルラが各所に指示を飛ばしている。臨時特例として転生部の部長代理にナゴミ、防衛部部長代理にヒューズを据え、魔導軍艦の航路設定、護衛体制の強化などに奔走していた。

 そんな中で、アラタたちにできることはない。

「指示があるまで艦内において待機しているように」

 ナゴミの補佐を担うツナギが、アラタたちにそう命じた。もどかしい思いを抱えたまま、アラタたちは互いに思い思いの場所で体を休めているわけである。

 アラタは展望室の窓から、帰投する仲間たちの様子を見るともなしに眺めていた。

 アディヴ陥落の報を受け、外界で活動していた管理官たちが続々と魔導軍艦へ帰投してきている。外部の開閉部(ハッチ)が開き、管理部の転移方陣管理課が異世界間防衛軍を誘導していた。やるべき仕事がある管理官たちを、今だけは羨ましいと思った。

「アラタ」

 背後から声をかけられ、アラタは振り返る。どこか疲れた様子のオギナが、弱々しく微笑んできた。彼の目じりも、どことなく赤い。滅多に自分の弱みを見せないオギナでも、今回の件は胸の内に秘めておくには苦しかったのだろう。

「ジツは?」

 アラタはオギナの目元を見なかったことにした。その代わり、マコトの死を目の当たりにしてから呆然自失となった後輩の様子を尋ねる。

「やっと眠った。食事もとろうとしないから、サクラ管理官にお願いして心理カウンセラーを受けさせたよ」

「そうか……」

 オギナはアラタの隣に並んで、帰還する仲間たちの様子を見つめた。

「アラタも平気? ちゃんとご飯食べられた?」

「……すまん。食事はどうにか詰め込んだんだが……」

 眠ろうとすると、院長の身体が砕け散った瞬間が鮮明に思い出されてしまう。とても眠ることはできなかった。

「君もあとでサクラ管理官と話しなよ。さすがの俺も話聞いてもらった後は少しだけ楽になった」

「ああ……後で行ってくる」

 オギナの言葉に、アラタは素直に頷いた。

「サテナやカイは?」

「サテナ管理官の荒れようはすごいよ。カイ管理官とキエラ管理官が傍にいるから大丈夫だとは思うけど……」

 オギナはため息まじりに呟いた。

 サテナは自分の感情を動力に行動している節がある。マコトが死んでから、ひどく苛立っている様子だった。オギナが言うには八つ当たりで物を壊す事態にまでは至っていないらしい。

「俺たちは……これからどうしたらいいんだ」

「異世界間連合も、アヴァリュラスの世界領域出現によって早くも連合軍の編制に乗り出したって話だよ」

 アディヴ陥落よりも、アヴァリュラスの永獄への道が解き放たれたことの方が、神々の恐怖心をあおったことだろう。まだ噂の域を出ないが、連合軍の指揮は冥界の主神カルトールが担うという話である。カルトールはかつて、アヴァリュラスへ出征した連合軍の総司令官を務めた女神――スルシェメフィナの長子である。

 誰もが尻込みする中、自ら司令官として名乗り出たという。冥界の主神にとってアヴァリュラスは母神とともに因縁ある世界である。カルトールは母神の遺志を引き継ごうとしているのかもしれない。カルトールが総司令官として戦場に赴くことを反対しているのは、弟神アスラと女神リシェラノントだけだという話だ。

「……これから、世界はどうなってしまうんだろう」

 アラタの呟きに、答えられる者は誰もいなかった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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