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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File9-6「永獄の扉」

 最果ての園アディヴは、敷地面積がわずか三九.一五平方メートルと数多ある異世界の中で最小の領土事情を抱えている。異世界間仲介管理院の二代目院長は管理官養成学校創設の際に浮上した敷地問題において、空間変換法を適用して土地の獲得を行った。

 それはまさに硬貨(コイン)の表と裏である。

 異世界間仲介管理院の主要施設等が設置されている「表」と、管理官養成学校などの教育・研究機関を「裏」に設置することでアディヴにおける異世界間仲介管理院の機能向上と拡大を実施したのである。そうして双方への行き来を、管理官たちは玄関口(ゲート)と呼ばれる場所から行っていた。

 その玄関口にあたる場所に、アルファは佇んでいた。

 アディヴの街並みは瓦礫の山と化し、そこかしこに折り重なる死体の中に、管理官たちのものはない。見つけ次第、確実に魂を粉砕するよう人工魔王に指示を出していたので、肉体ごと消滅していた。

「ふふ、あっけないものですねぇ」

 アルファは陥落したアディヴの街並みを見回し、ほくそ笑んだ。

 神々がアヴァリュラスを忌避するあまり、管理官たちにその永獄の場所を伝えることなく彼らを門番に据えた。神々から仮初の加護しか与えられていない騎士(ナイト)では、魂に加護を刻んだアルファたちと互角に渡り合うことなどできはしない。おまけにこちらは勝率を上げるために「人工魔王」という戦力まで研究・生産に取り付けたのである。ある意味で、戦う前から結果はわかり切っていた。

「ここにいたのね、アルファ」

 ぬいぐるみを抱えたシータが、アルファの傍らに降り立った。真っ白なドレスがやや煤で汚れている。彼女自身も今まで戦っていたのかもしれない。アルファは少しだけ、シータに苦笑を向けた。

「他の皆さんの様子はどうでした?」

「オミクロンの反応が消えたの。たぶん、院長のいる中央塔に向かっていたから、やられたのかな……。オメガが駆け付けたみたいだけど、反応が比較的すぐに消えたから、助けられなかったのかも……」

「……ユプシロンとイプシロンは?」

「ユプシロンは西部基地で暴れてるわよ。イプシロンはすごい怪我を負ってた。デルタとゼータが助けにいったから、死んではいない」

「そうですか。戦場に犠牲はつきものですが、やはり同胞がやられてしまうのは心が痛みますね」

 アルファはそう言って悲しげな表情を浮かべる。しかし、シータは微妙な心境でアルファの顔を見つめていた。

 アルファの物腰は普段通り穏やかだ。しかし、その双眸は以前と違い、本当に仲間の死を悼んでいるようには見えない。無関心。いや、興味の消失といったところだろうか。今のアルファには目の前に迫った目的を渇望するような焦燥だけが、その双眸から伺える。

「シータ、アレフさんを呼んでいただけますか?」

「……わかった」

 シータは抱えていたぬいぐるみを強く抱きしめると、大気に干渉して囁く。


「何だよ。人が気持ちよく暴れていたところに……」


 シータからの連絡を受け、アレフは不機嫌な顔でアルファたちのもとへ歩いてきた。担いだ大剣には乾ききっていない血が垂れ、地面を濡らしている。

「永獄をこじ開けます。お力添えを願えますか?」

 微笑むアルファに、アレフは途端嬉々とした表情を浮かべた。笑みを深めた唇から、鋭い犬歯が覗いている。

「へぇ、ここが扉ってか?」

「いいえ、正確には狭間です」

 アルファはそう言って、玄関口の上に立つ。

「アディヴは神々の神域同様、『時』の概念が存在しません。神々が住まう神域同様、並行世界軸線というものが存在しない独立した空間と言えるでしょう」

 アルファはそう言って、怪訝な表情を浮かべているシータとアレフに向き直る。


「本来、そういった空間に『表』と『裏』があること自体、おかしなことなんです」


「あぁ? どういう意味だ?」

 アレフが露骨に顔を顰める。苛立たしげに担いだ大剣で肩を叩いている。

「……そっか。神々はアヴァリュラスへの世界領域を隠す際、周囲の()()()()()()()()()()()()んだ。だからこのアディヴの『裏』は、本来はアディヴとは違う土地ってこと?」

「その通りです」

 シータの言葉に、アルファが嬉しそうに笑った。

 一枚の布をイメージするとわかりやすい。その中央が、破れたとする。その破れ目がアヴァリュラスである。それを隠すためには、方法は二つ。一つは、その破れ目を塞ぐため、新たな空間を生み出す。布の例でいえば、当て布を施す方法である。しかし、それは周囲とのつなぎ目が露わになってしまい、隠蔽すべきアヴァリュラスの空間域が誰の目からも判別できてしまう。

 そこで神々はもう一方の手段を取った。破れ目に当て布をするのではなく、破れ目が見えなくなるようにしたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 空間を縫い留めたため、最果ての園アディヴはもう一方の端世界の土地と図らずも隣接する形となった。二代目院長はその空間の歪みを通って、アディヴの『裏』世界の存在を知り得たのだろう。そこでその土地を有効活用したに過ぎない。

 アディヴにおいて『裏』へ赴くことを「転移」と区別されるからくりがここにあった。

玄関口(ゲート)を起動したら、合図とともに空間を斬ってください」

 アルファの言葉に、アレフが獰猛な笑みを浮かべた。

 シータがすぐさま玄関口の術式に干渉する。アディヴの凄惨な光景が、その像を崩していく。

「今です」

 アルファの言葉に、アレフの剣撃が空間を裂いた。

 空間が、大きく切り離された。

「きゃっ!」

 悲鳴を上げて引き飛ばされたシータを、アルファが腕を掴んで引き留める。アルファの目が、切り裂かれた空間の裂け目に向けられた。彼の笑みが深まる。

「ああ、ついに見つけました」

 暗い空間の先に、かつての生まれ故郷の世界が広がっている。

 いくつもの防壁に囲まれ、その周辺を無数の防壁片が取り巻く世界――アヴァリュラスが再び世界に顔を見せていた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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