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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File9-3「ミノル補佐官」

「院長権限執行、炎竜の吐息」

 天井が吹き飛んだ中央塔の執務室から火柱が上がる。断続的に吹き荒れる熱風の中を、オミクロンの振るう冷気を纏った鞭がしなった。

「〝氷壁(リエンサメナ)〟」

 襲い掛かる炎を、冷気の壁を形成して防ぐ。

「院長権限執行、雷帝の闘志」

 魔導書のページを繰り、マコトが生み出した雷が空気を激しく揺さぶる。氷の防壁を包み込んだ雷に、オミクロンの顔が歪んだ。

「ぐっ……」

 震える腕で鞭を振り上げた。マコトも結界を張ってオミクロンの鋭い一撃を跳ね返す。

「さすがは院長……一般の管理官とは違うということですわね」

「組織の上に立つということは、それだけ危険もあるからな」

 マコトは乱れた息を整えながら、手にした魔導書を掲げる。

「院長権限執行、水霊の戯れ」

 空気中に水の帯が揺蕩い、オミクロンを取り囲む。徐々にその間合いを縮めてくる水の帯に、オミクロンが笑った。

「させませんわよ――〝絶花(ネーインロ)〟」

 オミクロンを中心に氷の花々が咲き乱れる。マコトの目が鋭さを増した。

「院長権限執行、氷乙女の抱擁」

 マコトの生み出した氷の槍が、オミクロンの全身を貫いた。咄嗟に反応できず、オミクロンの身体が縫い留められる。

「かはっ……」

 腹部を貫かれたせいで、オミクロンの唇から鮮血が吐き出される。

「院長権限執行、能力封印」

 すぐさま、マコトの発動した光の鎖がオミクロンの全身を絡めとる。オミクロンの額に、封印の魔法陣が浮かび上がった。

「くっ、加護なしの分際でっ! このわたくしに、封印を施すなど!」

 オミクロンの怒りの形相が、マコトを睨む。しかし能力を封じられては、さすがに氷槍の拘束からは逃れられないようだった。

 マコトは静かに息をつく。

「マコト、後ろだ!」

 鋭い声とともに、体を突き飛ばされた。受け身を取れず、マコトは床に転がる。痛みに顔を顰め、慌てて身を起こした。

「ミノル!」

 マコトを突き飛ばしたミノルは短杖に強化魔法をかけ、振り下ろされた大剣を受け止めていた。

「お見事。さすがは院長の懐剣といったところでしょうか」

 オミクロンを背に庇う形で、オメガが不敵な笑みを浮かべている。

「ぐっ……そりゃどうも! 管理官権限執行、影槍!」

 ミノルは足元の床を蹴る。するとミノルの影が鋭い槍となってオメガを強襲する。オメガはあっさり身を引くと、ミノルとマコトと対峙する形で距離を取った。

「タダシ元・管理官……」

 マコトの顔が怒りに歪む。オメガはその顔に暗い笑みを浮かべた。

「お久しぶりです、院長。しばらく見ないうちにお痩せになったようで……」

 オメガはそこまで言って表情を消した。

「それと、今の私は『オメガ』です。タダシ管理官はすでに死にましたので、お間違いなきようお願いいたします」

「オメガ、はやくこの封印を解いてちょうだい」

 オミクロンは喜色を浮かべてオメガの背に叫んだ。オメガの冷めた目がオミクロンを一瞥する。

「無様ですね、オミクロンさん。院長が魔法を得意とすることを知っているくせに、戦いを仕掛けたのですか?」

「相手は加護なしよ。加護持ちの私が負けるなど――」

「そうやって相手を甘く見るから、能力を封じられるんです」

 オメガがため息まじりにオミクロンへ歩み寄る。大剣を振り上げたかと思うと、オミクロンを拘束する氷の槍ごと両断した。

「え?」

 オミクロンの目が見開かれる。ミノルとマコトも、オメガの行動に息を呑んだ。

「あなたの加護は便利ですから。私が有効活用いたします」

 オメガはそう言うと、切り捨てたオミクロンの身体からその魂を抜き取った。それを己の身体へ取り込んでいる。

「君たち……仲間なんじゃなかったの?」

 ミノルが警戒した様子でオメガの背に尋ねる。オメガの全身から、冷気が溢れた。振り向いたオメガの双眸に、ミノルは嬉々とした殺気を見た。

「ええ、仲間です。ですから、部下と違って切り捨てることはせず、こうして私の能力として取り込んでいます。ミューさんやオミクロンさんの能力は私では自力での獲得が難しいものが多いんです。ほしかった能力でしたので、ちょうどよかった」

 オメガが昏い笑みとともに、マコトとミノルに体ごと向き直る。

「あなたたちが殺したことにしてしまえば、私は特に咎められませんしね」

「貴様は……どこまで(ひと)を愚弄すれば気が済む!」

 マコトの右手が虚空を撫でた。何もない空間が、まるで水面のように波打つ。

「ミノル補佐官に命ずる! 目の前の不届き者を征伐せよ!」

 マコトが右手に掴んだものを、ミノルへ投げ渡した。左手で受け取ると、それはひどく手に馴染む。一対の短剣を手に、ミノルはマコトに向けてしっかりと頷いた。

「異世界間仲介管理院第三代目院長マコトからの委任を受け、裏切り者の制裁を行う。院長、能力の解放を申請する」

()()()()

 短剣を両手に構え、ミノルの首筋に刻まれていた紋章が消え失せる。すると、それまで抑えられていた魔力が、一気にミノルの中に流れ込んできた。

「ほぉ……驚いた」

 オメガが目を見開く。

「あなたも管理官のくせに『加護持ち』なのですね……転生者ですか?」

「魂に加護を刻むのは、何も転生者だけの特権じゃないってだけさ」

 ミノルの姿が掻き消えると同時に、オメガが咄嗟に振り払った剣が甲高い音をたてた。ミノルの紅に染まった双眸が、鋭さを増したオメガの顔を見下ろす。

 二人とも、常人離れした脚力を駆使して激しく斬り合う。戦いを見守るマコトには、もはや二人の動きを肉眼で追いきれなくなっていた。

「速い……これが、ミノルの得た力だったのか」

 マコトは呆然と呟く。

 先のアヴァリュラスの防壁片で冥界の主神と異世界間仲介管理院が異世界間連合より審問申請が行われた時のことだ。二代目院長のスグルが、冥界の主神を説き伏せて協力関係を結んだ。その際に、スグルはマコトの補佐官であるミノルの魂に「加護」を刻むよう要請したという。報告は受けていたが、その能力を目の当たりにするのは初めてだった。

「速いですね。おまけに……あなたの振るう短剣は純度の高い鏡光石(オリテア)の刃のようですね」

 オメガの呟きに、ミノルは答えない。ただ振るう剣撃をさらに速めただけだった。

 ミノルが冥界の主神カルトールより与えられた加護はただ一つ――「いかなる加護も無効化し、魂を消滅させる能力」である。それは場合によって、神々を消滅させることもできる能力であった。

「とはいえ、所詮は芸の一つ覚えです」

 オメガが傷だらけの顔で嗤った。

「〝加圧(ロワイ)〟」

 オメガの斬撃が、真っ直ぐマコトへ放たれた。

「っ!」

 ミノルはすぐさま床を蹴って、マコトを担いで退避する。

「うっ……」

「マコト、平気!?」

 顔を歪めるマコトを、ミノルが床におろした。

「っ……お前っ!」

 ミノルが怒りに染まった双眸でオメガを睨む。しかし、オメガはミノルの憎悪を滲ませた視線を前に、軽く肩をすくめただけだった。

「そういうの、やめてください。ここは戦場ですよ? 院長は非戦闘員ではありませんし、頭数を確実に潰していくのは戦士としての基本では?」

 そもそも……、とオメガは嗤う。

「自分の身すら守れぬような輩が真っ先に死んでいくのが戦場です。そして、弱い味方を攻撃されて動揺するようでは戦士として失格ですね、ミノルさん」

 オメガは大剣を振り上げる。

「相手の不意を突いてでしか始末できない暗殺者、それでは私は倒せませんよ!」

 オメガが振り下ろした大剣が床を割る。

 ミノルはマコトを抱え、崩れ落ちる床を蹴った。そこをオメガが突っ込んでくる。

「ミノル、私に構わず――」

院長(トップ)を放り出す部下がどこにいるのさ!」

 振り下ろされた刃を、ミノルは右手の短剣で受け止めた。右腕に鋭い痛みが走り抜ける。嫌な音が耳に届いた。確実に折れただろう。オメガの腕がミノルの顔に伸びた。頭を掴んで潰そうとしているのだろう。左腕でマコトを抱えているミノルは、成す術もなく伸びてくる腕を見つめていた。


「〝業火(オーサロ)〟!」


 咄嗟に、オメガがミノルたちから離れた。今までオメガがいた空間を、炎の塊が通り過ぎていく。

 ミノルの目に映ったのは、またがった天馬から双剣をこちらに向けているアラタの姿だった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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