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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File9-0「アディヴ襲撃」

 最果ての園アディヴは、異世界間仲介管理院がその活動拠点を置く独立自治世界である。

 敷地面積はわずか三九.一五平方メートルという、数多ある異世界の中で最小の領土を誇っている。領土こそ小さいものの、アディヴは行政を全般に担う異世界間仲介管理院の関連施設のほか、商業地区、生産地区、市街地区を抱え、人々の往来も盛んである。

 他の異世界との違いは、このアディヴの地を治める「神」がいないことだろう。

 頭上を仰げば、数多の世界からこのアディヴに向けて開かれた異世界への「道」が大地を照らしている。そこから次の「生」を渇望する魂たちが集い、やがてまた別の世界へと旅立っていくのである。

 異世界間仲介管理院で働く管理官たちは日々、様々な世界を行き来するモノたちを厳正な審査の下、異世界へと送り出していた。そこに「神」による作為的な介入は禁じられ、魂一つひとつの願いを体現する形で異世界に関わる様々な業務は運用されている。

「ふわぁあああああぁっ!」

 大量の書類を手に回廊を急いでいたアキラは、今しがたぶつかった相手を見るなり奇妙な悲鳴を上げた。ぶつかった相手も、尻もちをついた状態で腰の辺りをさすっている。

「いやぁ、すまない。ぼんやりしていたものだから……って、アキラくんかい?」

「な、なななナゴミ課長、すみません!」

 勢いよく頭を下げるアキラ。ごちんっと勢い余って額が床に当たったが、不思議と痛みは感じなかった。

「いやいや、ぼくの方こそごめんよ。というか、今すごい音したけど平気?」

 ナゴミは手近にあった書類を拾い上げる。

 つい今しがた受け入れた転生者に関する調査報告書だった。

「平気です! 私、結構頑丈なんですよ!」

 アキラは拳を握ってナゴミにアピールした。じんじん痛む額を無視し、どこか引きつった顔で笑う。強がるアキラに、ナゴミはそれ以上突っ込まなかった。

「それならよかった。念のため、この書類置いたら医務室行っておいで。とはいえ、これは大量だね……拾うの手伝うよ」

「す、すすすみません、ナゴミ課長……お手をわずらわせてしまって」

「構わないよ。アキラくんも連日、受け入れた転生者の対応に大忙しだものね」

 アキラは盛大にぶちまけてしまった書類を集めながら、顔を真っ赤にする。たまたま通りがかったのがナゴミでよかった。これがアキラの上司――転生者調査課のセツナであったら、前方注意を怠るなと叱責ものである。

 想像した途端、アキラの長い耳が垂れる。

「今はどこの部署も人手不足だから。本当、アキラくんに怪我がなさそうでよかったよ」

 ナゴミの言葉に、アキラの脳裏にここ数日見ていない友人や後輩たちの顔が浮かぶ。

 今年管理官になったばかりだというのに、アラタやオギナはツナギとともに外界へ出陣した。ツナギは元・防衛部の出身である。きっと二人の後輩を上手く支援(サポート)してくれていることだろう。それでも、アキラは落ち着かなかった。自分と一緒に仕事をして、それなりに交流もある人が戦場で戦っているのだから当然である。

「あの……ツナギちゃんたちは――」

 言いかけて、アキラは口ごもった。ナゴミも一瞬だけ書類を拾う手を止める。しかし、すぐに何事もなかったかのように作業を再開した。

「大丈夫さ。ツナギくんは元々防衛部にいたんだ。戦場ではきっと部下を叱咤激励しながら勇者たちを支援している」

 それに……、とナゴミはアキラを振り返った。

「アラタくんはああ見えてけっこう負けず嫌いだし、いざとなると感が鋭くなる子なんだよ。オギナくんはどんな状況でも冷静に行動できるから、アラタくんやツナギくんを上手く支援(サポート)してくれているはずさ」

 ナゴミはにこやかに笑いながらアキラを元気づけた。

「は、はい! そうです、よね!」

 アキラはぎこちなく笑った。明らかに無理をした笑みだ。

 異世界間特殊事例対策部隊ではないアキラに、ツナギたちの様子を伝えることはできない。ナゴミとしてはもどかしい思いだった。

「……ナゴミ課長、魔王は、このアディヴの地にはやってきませんよね?」

 不意に、アキラの不安げな声が呟いた。彼女の表情がくしゃりと歪んだ。

「管理官でありながら、こんなことを言うのは間違いなのはわかっています。私は今回、たまたま後方支援になっただけで……今、外界で魔王と戦っている仲間たちのことを思えば、不謹慎だってことも重々承知しています」

 それでも……、とアキラが持つ書類が乾いた音をたてた。

 アキラの目が潤んでいる。

「私は……死にたくないんです。怖いんです。だって、私たち管理官は転生者と違って、()()()()()()()()んです」

 それが時々、悲しくなるのだとアキラはこぼした。

「もちろん、転生者や召喚者の人たちだって苦しいことや辛いことを抱えて、それでも生きようとしています。私もそんな彼らを助ける管理官の仕事には、誇りを持っています。でも、時折考えてしまうんです。何故、私たちには『次』がないのでしょう……」

「アキラくん……」

 ナゴミは諭すように俯くアキラの肩に手を置いた。

「それは仕方のないことなんだよ。我々は業務上、異世界間連合に加盟した全ての神々から加護を借り受けて執行する。それを悪用されないためにも、『転生』という道を閉ざすしか方法がないんだよ」

 管理官は最後まで管理官としてその生涯を終える。

 それも仲間の手によって魂を消滅させられるのだ。

 命を終わらせる側も、終わる側も、苦しい結末である。

 わかっています、とアキラは声を上げた。半ば悲鳴じみた、悲痛さを伴ったものだった。


「だから、私は願ってしまうんです! もしも、このアディヴにも『神』がいればよかったのにって! 転生者や召喚者だけじゃなくて、私たちも大事にしてくれるような優しい神様がいればいいなって!」


 アキラはまくし立てるように続ける。

「別に聖人君主な神様じゃなくてもいいんです。弱い立場の人と一緒に、未来を見据えてくれるような……そんな神様がいればなって。少なくとも、自分たちにはちゃんと見守ってくれている存在がいるんだって思えるだけでも、この不安が消えてくれるような気がするんです」

「……アキラくん」

 ナゴミの手が、アキラの肩を掴んだ。アキラも我に返った様子で顔を上げる。そのまま袖で目元を拭うと、にっこり笑った。

「すみません、失言でした。私、やっぱり疲れているみたいです……」

「別に叱ったりはしないよ」

 ナゴミは微笑を浮かべたまま、アキラの肩に置いた手を彼女の頭にのせる。

「ナゴミ課長?」

「『神』は人の願いで生まれる。願いはやがて多くの人々の願いへと集約され『信仰』へと変化し、やがてその『信仰』によって芽生えた命が世界となって『神』がこの世に生まれ出るんだ」

 ナゴミは手を伸ばして床に散らばった書類の、最後の一枚を手にする。そのままゆっくりと立ち上がった。アキラもつられるようにして立ち上がる。

「ぼくもアキラくんみたいに考えたことがあってね。もしもこのアディヴに神さまが生まれるとしたら、ぼくらにいくつもの『(可能性)』を示してくれる神さまがいいなって思うんだ」

「いくつもの可能性……ですか?」

 目を瞬かせるアキラに、ナゴミは拾った書類を手渡しながら笑いかけた。

「そう。ぼくなんかは甘い物なしじゃ生きていけないからね。甘い物の存在する世界になら、あちこち行ってみたいなぁ」

 胸を張って言い切ったナゴミに、アキラが噴き出した。

「……なら、私は毎日ふかふかのベッドで眠れる世界がいいです!」

「お、それはいいね!」

 二人は互いに笑い合い、ナゴミはスッと息をついた。

「大丈夫。たとえ、ぼくらの世界に神はいなくとも、異世界間連合に加盟した数多の神々がぼくらを必要としてくれている。魔王のことも、きっと援助を惜しまないはずさ。だからぼくらはいつも通り、自分たちの職務を全うしよう」

「はい!」

 元気よく返事をしたアキラの横顔に、ふと影が差した。

「っ!? あれは――」

 ナゴミが弾かれたように頭上を仰いだ。

 普段は瞼の奥に仕舞われた黄金の瞳が見開かれる。

「え、道の光が……?」

 アキラもつられるようにして空を見た。そのまま、アキラの表情が青ざめ、強張る。そこには、空を覆い尽くさんばかりの異形の姿があった。

「あ、ああ……」

 全身を震わせ、顔を真っ青にさせたアキラが一歩、退いた。

「アキラくん、走って! 急いで!」

 切羽詰まったナゴミの言葉に被さるようにして、二人が身に着けている共鳴具から声が叫んだ。

〝管理部権限管理課より、全管理官へ緊急通達!〟

 恐怖に身をすくませるアキラに追い打ちをかけるように、男性の通達が耳に飛び込んできた。


〝アディヴ上空、複数の『魔王』の出現を確認! 管理官各位、ただちに迎撃態勢へと移行せよ! 繰り返す! アディヴ上空、複数の『魔王』の出現を確認――敵襲だ!〟


Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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