File8-13「永獄への道」
「何だよ……思ったより近場にあったんだな」
赤髪に同色の瞳を持つゼータがつまらなそうに呟いた。
無数の光の道が絡まり合う空の中を、白い装束を纏った一団が漂っている。
集結した面々の視線は、光の道の終着点――最果ての園アディヴに向いていた。
光の道に包まれた小さな世界は、まるで光輝く卵のようだ。
あるいは、新生を待つ蛹か。
そこには輝く命のその先に待つ明るい「未来」を予感させる佇まいであった。まるでこれから赴く世界では、必ず己を必要としてくれる。そう見る者に信じ込ませるような神々の思惑が透けて見えた。
反吐が出る。
オメガはもともと険しい表情をさらにくしゃりと歪めた。
「ま、神々の心理からすれば真っ先に疑うべきだったかもねぇ」
紫髪のベータも手にした小型機器を忙しなく操作しながら笑う。
「オメガは知らなかったの? このアディヴが入り口だって……」
ぬいぐるみを抱えたシータが首を傾げた。永獄への道を真っ先に発見した彼女によって招集された仲間たちが、こぞってオメガに視線を向ける。
「ええ……知っていれば、真っ先にこじ開けていましたよ」
神秘的な光景を前に、オメガはどこまでも冷めた目で光の道が集う場所を見つめていた。
「もしかしたら一部の、上層部の人間だけが知っていたのかもしれませんね」
長い桃色髪を靡かせたファイが微笑む。その背中に広がる一対の翼が道の光を受けて淡く輝いていた。
「ったく、もうちっと早くに見つかってほしかったよ。アタシの能力で無効化された防壁片をいちいち遡行すんのも骨が折れたんだぜ?」
「タウには本当に感謝しています」
ファイの傍らで、短髪の女性がぼやいた。オメガが微笑とともにタウを労う。
「でも、場所さえわかればあとはいくらでもやりようはあるさ……そうだろう?」
眼鏡越しに、デルタが虚空へ目を向ける。
そこには地平線色の髪を遊ばせたアルファの姿があった。
「ええ、その通りです」
遅れて到着したアルファとアルフが、雑談を交わしていた仲間たちと合流した。
「アルファ、また傷だらけ……」
表情を曇らせるシータに、アルファは微笑む。
「大した傷ではありません、問題ありませんよ。他に任務を頼んでいる面々は別にして……カッパとパイが見えませんが? 招集はかけたのですよね?」
「ああ、殺されたよ。ついでにカイとプサイもね」
デルタの言葉を聞くなり、アルファの全身に殺気が立ち込める。しかし、一つ大きく呼吸すると、普段の穏やかな目をデルタに向けた。
「……仇の名はわかりますか?」
「どちらも管理官だよ。オメガにも確認した」
アルファの視線がオメガに向く。皆の視線が集中する中で、オメガは考え込むように腕を組んだ。
「皆さんから伺った外見的特徴からの判断ですが……」
オメガはそう前置きした。
「カイさんを殺したのは第十部隊の隊長、サクラ管理官です。治癒術を得意とする彼女ですが、異世界間防衛軍の一部隊を任される隊長です。当然、戦闘面での実力も侮れません。そしてプサイさんを殺したのは、双銃を操る女管理官だとシグマさんから伺いました。おそらく、異世界間密輸等取締班所属のキエラ管理官です。最近は、アラタ管理官たちとも任務を共にしているようですね。彼女の遠近を交えた戦い方では、プサイさんの能力的に厳しかったでしょう」
オメガは冷静に仲間の敗因理由にも触れながら呟く。
「最後に、カッパさんとパイさんですが……お二人を殺したのは男性管理官だとのこと。外見的特徴が短い茶髪の童顔で、武器は短杖、高度な魔法を得意とする……とのことですが――」
「推測でも構いません。続けてください」
オメガが困惑した様子で口ごもるのを、アルファが促した。
「私の知る限りでは、その特徴に合致した管理官は、グロナロスでアラタ管理官と一緒にいたあの気弱そうな管理官くらいしか知りませんね」「は? 気弱そうな管理官相手にカッパとパイがやられたのか?」
ゼータが眉根を寄せた。
「本来の実力を隠していた可能性がありますね。あるいは、暗殺に特化した管理官なのかもしれません」
アルファが険しい表情のまま、呟く。
「おいおい、死んだ奴のことなんてどうでもいいだろう! いい加減乗り込まねぇのか?」
アルフが焦れた様子で口を挟んだ。明らかに不快そうに顔を歪めたデルタやシータを尻目に、ゼータも軽く肩をすくめた。
「まぁ、そうだな。死んだ奴のことより、今は目の前にある戦場へ飛び込むことの方が重要だな」
「今回ばかりはゼータの意見に賛成します」
「アルファ?」
アルファの落ちついた声音に、シータが信じられないものでも見るようにアルファの顔を凝視した。アルファの穏やかな表情が、彼の心情を周囲に悟らせなかった。
「これ以上、仲間の死を無駄にはできません。それに……長らくお待たせしてしまったのですから、急いで迎えに行ってやらねばなりません」
アルファは満面に笑みを浮かべると、デルタを振り向いた。
「デルタ、『人工魔王』の準備はいかがですか?」
「……最終調整も終わったよ。合図があればすぐに出撃できる」
デルタが気持ちを切り替えたように言った。その自信に満ちた口調に、アルファも満足そうに頷く。
「では、始めましょうか」
アルファの暗い笑みが、光の道が伸びる小さな楽園に向く。
「永獄の扉をこじ開けましょう」
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