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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File8-11「裏切りの勇者」

 アルファとアラタの刃がぶつかり、離れた。二人が離れた瞬間、長杖を掲げたアリスの放った炎がアルファを飲み込む。アルファは特に結界を張ることもなく、槍を軽く振るってアリスの炎を消し去った。

 アリスが悔しげに舌打ちをする。

「仮初の加護では私を傷つけることなどできませんよ」

 アルファが嘲笑を浮かべると、槍を掲げた。

「〝吠えろ(トヨカ)(ツロイーユ)〟!」

 幾筋もの雷が、アリスを襲う。

「〝守護結界(ニチンオ・クインロツ)〟!」

 アラタがアリスへ腕を伸ばす。アラタの結界がアリスの全身を包み込み、アルファが放った雷撃から彼女を守った。

「感謝する! お返しだ! 管理官権限執行、黒滅魂!」

「っ! くっ……」

 アルファはアリスが生み出した亜空間から逃れようとする。そこへアラタが突っ込んだ。亜空間へ引き込まれそうになるのを、加護を駆使して避けながら、炎を纏った双剣を振り上げる。

「〝業火(オーサロ)〟!」

「〝裂水(フインミツ)〟!」

 アルファは振り返りざまに槍に水を纏ってアラタへ突き出す。

 アラタの双剣とアルファの槍が互いの肩を裂いた。アラタは痛みに顔を歪めながら、アルファを亜空間に向けて押し出す。それにアルファは抗う。

「アラタ管理官!」

 アラタの意図を察したアリスが動こうとした時だった。

 閃光が、押し合う二人へ一直線に伸びる。

 鋭い音とともに、双剣と槍が横から加わった力で折れた。

「なっ!?」

 アラタは咄嗟にもう一方の剣で、眼前に迫った足を受け止める。咄嗟のことに衝撃を受け止めきれず、アラタは吹っ飛ばされた。

「アラタ管理官!」

 アリスがすぐさま飛ばされたアラタの傍へ駆けつける。治癒の管理官権限を執行するアリスに礼を呟き、アラタは己を蹴り飛ばした男を睨みつけた。


「どういうつもりですか? 勇者――アルフ・レクサス殿」


 剣身で肩を軽く叩き、外套(マント)を吹き荒れる空間圧に遊ばせた男をアラタは睨みつけた。

「よぉ、また会ったな」

 アラタの前に立ちふさがった男は、アリスの生み出した亜空間を紙でも割くように剣で切り伏せる。亜空間が消えると、アルフは不敵な笑みを浮かべてアラタを見下ろしていた。

「アルフ殿、何故こちらにいらしているのです?」

 アルファが眉根を寄せて、自分を助けた男に詰問する。

「はっ、やられそうになってたから助けてやったってのに。随分な物言いじゃねぇか、アルファ」

 アルフは軽く鼻を鳴らすと、アルファを振り返る。

「お前さんたちにとっての朗報を知らせにきてやったんだぜ? 『見つけた』ってな」

「!?」

 アルフの言葉に、アラタとアリスが表情を強張らせた。

 まさか、アヴァリュラスの永獄を……?

「ああ、ようやく……」

 焦りを滲ませるアラタたちとは反対に、アルファが傷だらけの肩を押さえながら恍惚とした笑みを浮かべた。

「あいつら、殺しとくか?」

 アルフが残忍な笑みを浮かべ、アラタたちを顎で示した。世界を救う「勇者」よりも「魔王」を想起させるような表情だった。

「どうでもいいです! 永獄が優先です! 例の欠片にでも相手させなさい」

 アルファは急き立てるようにアルフに言った。もはや、その孔雀石(マラカイトグリーン)色の瞳に、アラタたちは映っていなかった。

「ちっ……そーかよ」

 アルフは途端に白けた様子で、懐から筒状のものを取り出す。魔法道具の中に収められていたのは、どす黒い靄を纏う鉱石の欠片だった。

「アヴァリュラスの防壁片!」

「ほれ、お前らの相手はこいつだ」

 アルフが騎獣を召喚すると、筒を手で砕き、それを己の騎獣の身体に埋め込んだ。耳を塞ぎたくなるような絶叫とともに、騎獣が周囲の空間から大量の魔力を吸収していく。「魔王」へと変貌していく様を見つめ、アリスがすぐさま首飾りを掴んでヒューズに連絡を入れている。

「ぐっ、待て……!」

 アラタはアリスを守りながら結界を張り、吹き荒れる魔力の波の中を去っていく二人の背を睨みつける。すると、アルフがこちらを振り返った。その唇が楽しそうな笑みを浮かべる。


 ――弱いんだから、そのまま死んでおけ。


 アルフの唇は、確かにそう言い残した。

 自分の頭に血が上るのを自覚した。

 また、そうやって笑いながら周囲を壊すのか。

 自分の中で荒ぶる力に、目の前の「魔王」がアラタへ振り向いた。魔王に覚醒しきれていない騎獣が、真っ直ぐアラタへ突っ込んでくる。応戦するために、片手で剣を構えた時だった。

「管理官権限執行、雷弾!」

「管理官権限執行、三重結界!」

「管理官権限執行、流星矢!」

 アラタとアリスを守るように光の壁が出現し、虚空に軌跡を描きながら雷を帯びた弾丸と光の矢が騎獣の身体を打ち抜いた。

「皆!」

 アラタが顔を向けると、ツナギやオギナ、カイとサテナの他に、双銃を構えているキエラの姿もあった。

 ツナギの厳しい目が魔獣化する騎獣へ向けられた。

「我々がこいつを抑える! アラタ管理官、グロナロスでやったように魔王の力を削いでくれ!」

「わ、わかりました!」

 行くぞ、とツナギの号令とともに、駆け付けた仲間たちが騎獣へ殺到する。

「管理官権限執行、多重封印!」

 サテナとカイの術式が、暴れる騎獣の動きを封じる。

「管理官権限執行、氷弾!」

「管理官権限執行、水矢!」

「管理官権限執行、火炎拳!」

 そこへキエラ、オギナ、ツナギの三人が溢れる魔王の瘴気を消し去っていった。

「アラタ管理官、手助けは?」

 傍で待機していたアリスの問いに、アラタはしばし黙り込んだ。

「結界をお願いします。おそらく、あの魔王を消滅させるにはこの乱れる空間気圧ごとどうにかしないといけませんので」

 魔王の力を削ぐことに集中しなければならないアラタは、その間どうしても無防備になる。

「承知したぞ。お前のことはしっかり守ってやるから、こちらは気にするな」

 長杖を手の中で回し、アリスが力強く頷いた。

 アラタは仲間たちが押さえている騎獣へ目を向けた。一瞬だけ、その表情が苦しげに歪む。

「今すぐ、助けてやるからな」

 アラタは両手を掲げ、目を閉じた。周囲に流れる空間の力と、それを引き寄せるように膨張する魔王の魔力を感じ取る。アラタを中心に、複雑な魔法陣が出現した。


「〝魔力(ルヒンヤ)性質(・ネツニイ)変換(・メタロタ)〟」


 魔王の力を捉え、同時に周囲で歪む空間の流れも少しずつ変えていく。

 暴れる力を押さえ、アラタは必死に力を誘導していく。自分の中に流れ込んでくる騎獣の痛みとともに、瞼に浮かんだのはかつて失ったアラタの故郷の情景だった。高い青空の下、緑に包まれた山々と流れ落ちる小川の光景がアラタの中に流れ込んでいた。

 これは……俺の記憶か?

 アラタは閉じていた目を見開く。

 目の前で苦しむ騎獣が、じっとアラタを見つめていた。

「ああ――お前は、異世界リフェルの霊獣だったのか」

 苦しむ騎獣の切実な鳴き声に、アラタはそっと腕を伸ばす。瘴気がアラタに向けて流れ込んでくるが、気にしてはいられない。同じ故郷を失った者同士だからこそ、歩み寄らずにはいられなかった。瘴気を纏う霊獣を前に、アラタは表情を和らげる。

「大丈夫だ。こちらへおいで」

 優しく呼びかけると、魔王化した騎獣がゆっくりとアラタに近づいていく。

「アラタ……」

 弓を構えたオギナを、ツナギの腕が制した。カイやサテナ、キエラも騎獣から距離を取り、アラタとのやり取りを見守っている。

 騎獣の鼻づらが、アラタの手に触れた。


 ――帰りたい。


 その言葉が強く、アラタの頭の中で叫んだ。アラタの中に、険しい山道を疾駆する情景が浮かぶ。弾むように大地を駆ける爽快感に、アラタも唇を和ませた。

「お前が望むなら、必ず故郷へ連れ帰ろう。ただ……少し、時間はかかることになる。しばしの間、お前の魂の拠り所として俺を使え」

 騎獣が一瞬だけ、顔を上げた。そのまま、形が崩れていく。

 瘴気が晴れると、アラタの手の中には光の球が浮かんでいた。スッと光の球がアラタの中へと入り込む。アラタは拒まず、自分の身体に入って来た魂を受け止めた。

 波が引くように静寂が辺りを包む。辺りを吹き荒れていた空間気圧も、穏やかになっていた。

「俺さ……管理官だから、神さまとか……崇高な存在を敬うって気持ち、いまいち理解できなかったけど――」

 魔王化から解き放たれた魂を抱くアラタを見つめ、サテナが眩しそうに目を細めた。

「キリタ管理官を見ていると、なんだかこっちまで救われた気持ちになるんだよねぇ……」

「アラタ管理官な。……同感だ」

 サテナの間違いをしっかり訂正しながら、カイも表情を綻ばせる。

「やっぱり、転生者というのは特別なのだな……」

 アリスがどこか複雑そうな表情で呟く。両手の拳を硬く握りしめている。

「転生者だから特別なわけではない」

 静かに呟かれたツナギの言葉に、アリスだけでなく、オギナたちも彼女を見つめる。

「転生者として様々な苦難を超え、管理官としてさらにその経験を磨き上げたアラタ管理官だから……魔王化した魂を救い出せているのだろう」

 ツナギは自分の胸に拳を添えると、厳かな口調で言い切った。

「管理官だからと、委縮する必要はない。(ひと)の願いに、本物も仮初もないのだから」

「……そうか。いや、その通りだな!」

 ツナギの言葉に、アリスが吹っ切れたように笑う。

「さ、英雄殿を労いに行くぞ!」

「おい、やめろ! サテナ管理官!」

 サテナが言うなり、アラタへ突っ込んで行く。カイとオギナが慌てて後を追い、ツナギとアリスが苦笑を浮かべてサテナにもみくちゃにされているアラタの姿を静かに見守っていた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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