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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
163/204

File8-10「原初の誓い」


 ――もうどうせならさ、本人が望んだ形で輪廻転生させてあげた方が真剣に取り組む(生き抜いてくれる)かもよ?


 その一言から全ては始まった。

 異世界間連合の発足と異世界間仲介管理院の創設により、世界は安定的な魂の供給を受け、目覚ましい発展を遂げた。その恩恵を享受する一方で、世界に生じる軋轢や歪みは大きくなっていった。

 魔王による悲劇の体現者であり、この世界に恩恵をもたらした神はその功績を称えられながら、神々よりその存在を消し去られていった。

「皮肉なものです。そして、この上なく無様で愉快な最期を遂げてくれたと嬉しく思いますよ」

 男はそう呟くと、どこか冷めた笑みをその秀麗な顔に貼り付けた。

 孔雀石(マラカイトグリーン)色の瞳が、波打つ空間領域をまんべんなく見回す。長い地平線(ホライズンブルー)の髪を荒れ狂う空間圧になびかせ、纏った白い外套(ケープ)をはためかせていた。

「……」

 荒れる領域を見つめる。アルファにとって、何度も見たことのある光景だった。

 そして、この荒れた世界に差し込む光は、いつだってアルファを導いてくれた。

「長かった……」

 アルファの双眸が、どこか遠くを見るように細められる。

「やっと……あの時のお約束を果たせそうです」

 穏やかに呟いたアルファが、口元に微かな笑みを浮かべる。

「必要以上に、時間がかかってしまいました。あなたは、大層ご立腹でしょう……」

 細めた双眸が、ある一点へと向けられる。

 強い魔力が二つ、こちらへ迫ってきていた。その中の一つは、とても覚えのある気配である。アルファの口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。


「やはり、貴方が来ましたか――アラタさん」


 己を睨みつける黒い瞳を前に、アルファは暗い笑みをその顔面に張り付かせた。

「カルラ部長の情報は正しかったようだな!」

 アラタとともに武器を構え、アリスが険しい表情で呟く。先程、首飾り型の共鳴具に触れて信号を送っていたから、しばらくすれば各地に散った仲間たちが駆け付けてくれるはずだ。

「アルファ!」

 アラタは双剣を抜き放ち、薄く笑う目の前の男を睨みつける。

 魔王が出現した異世界オクシィーファから三界に位置する、ただ暗い空間が広がる場所にアルファは浮いていた。手にした純白の槍を携えたまま、彼はゆっくりとした動作でアラタとアリスに向かい合う。

「お久しぶりですね、アラタさん」

 アルファは始終穏やかな物腰だ。しかし、その雰囲気が以前見たときよりも高揚としている気がする。アラタは警戒するようにアルファを睨みつける。彼との邂逅は、異世界シャルタと異世界アルノダの間にある境界域での一件以来である。今回もこちらの不意を突いて何か仕掛けてくる可能性は大きかった。

「ふふふ、加護の封印を解いたのですね」

 アルファは芝居がかった仕草で両腕を広げる。まるでアラタを歓迎すると言わんばかりであった。

「見違えましたよ。やはり鎖で縛りつけられているあなたは見るに堪えません。加護持ちは加護持ちの力を存分に振るってこそ、輝くというものです」

「あんたには、色々と聞きたいこともある。今度は絶対に逃がしはしない」

 恍惚とした表情のアルファに、アラタは右手の剣先を向けた。

 アルファはどこか嬉しそうに笑っている。その笑みがひどく不気味だった。

 相手の思惑が汲み取れないことほど、恐ろしいものはない。アラタは不快気に顔を顰めた。

「アラタ管理官、相手の言葉に惑わされるなよ」

 アリスの助言に、アラタは無言で頷く。

「〝捕えろ(ホテヨカ)〟」

 アラタとアリスは同時に空を蹴る。何もない空間から、無数の水晶の柱が突き出す。アリスがすぐさま長杖を構えた。

「管理官権限執行、雷帝の怒り!」

 迸る稲妻がアルファを直撃する。

「〝守護せよ(ニユチオー・ネエ)〟」

 アルファの全身を光が包み込み、稲妻を弾き返す。

 間髪入れず、双剣の刃に炎を纏わせたアラタがアルファへ刃を振り下ろした。

 アルファを包み込んでいた光の壁が砕け散り、純白の槍の柄とアラタの双剣の刃がぶつかり合う。互いに離れ、アラタが踏み込む。鋭く突き出された刃がアルファの髪を数本焼いた。アルファは槍の柄を巧みに跳ね上げ、アラタの頬や腕を打つ。双方、無言で打ち合い、一度大きく距離を取った。

「……やはり、以前とは動きが変わりましたね」

 アルファが肩を上下させながら穏やかに微笑む。受けた傷や両手には、アラタと打ち合うごとに負った火傷が目立っていた。己の爛れた皮膚には見向きもせず、彼はじっとアラタを見据えている。

「言っただろ。今度は絶対に逃がさない、と」

 体のあちこちに青あざや切り傷を付けながら、アラタも退かない。

「ああ、やはり貴方は素晴らしい人です。本気で打ち合ったのはいつ以来でしょうか……」

 己に真っ向から立ちふさがる姿に、アルファはかつての友の姿を重ねた。アラタの背後で、彼を援護するために長杖を構えているアリスをちらりと一瞥する。

 アルファの口元の笑みが、さらに深まった。

「しかし、実に残念です。アラタさんならば、私たちの理想を理解してくださると思っていたのに……あなたは最後まで、神々の肩を持つのですね」

「どんな理由があれ、誰かを犠牲にしていいことにはならない。ましてや、世界は神によって支えられ、その神を世界に住まう人々が支えている。相互の歩み寄りを、これ以上邪魔させはしない!」

 アラタが突っ込み、アルファが振り下ろされた刃を柄で受ける。金属同士がぶつかる音が乱れる空間圧の中で波となる。

「その結果として、全ての世界が滅びに向かうとしても、そう言い切れますか?」

 アルファの落ち着いた声音が、アラタへ落ちた。

「確かに、転生者や召喚者の存在はこの世界の発展を支え、神々の存在維持に多大な貢献をしました。しかし、その反面、世界に悪影響を与えてもいるのです」

 アルファがアラタの刃を跳ねのけ、手にした槍の穂先で突く。アラタは寸でのところで顔を背けて避けた。

「転生者や召喚者が異世界から持ち込んだ記憶は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。では何故、異世界で同じような技術を持ち込んで、その技術を持ち込まれた世界に悪影響が出ないと断言できますか? 生態系に変化は? 本来、起こるはずのなかった争いが起こる可能性は? そもそもその世界の土地そのものに致命的な損傷を与えていると考えたことはありませんか?」

 アルファの双眸がスッと細められる。彼の纏う穏やかな雰囲気が、一瞬のうちに硬化した。


「それらの(ひずみ)が積み重なって、魔王は生まれます。我々が魔王を生み出し、暴れさせている? ええ、確かに我々は神々との対抗手段として魔王を利用しています。けれど、生み出すことは決して難しくない環境がこうして整っているわけですよ」


「……お前たちは知らないんだな」

 アラタはアルファを見据えたまま、静かな声音で続ける。

「異世界間仲介管理院には、異世界間における様々な情報(データ)が記録されている。お前の指摘通り、魔王の出現は年々増えている。しかし同時に、生前のしがらみから解き放たれ、心残りが消え失せた良質な魂もまた、魔王出現以上に増えているんだ」

 アラタの言葉に、アルファの表情が険しさを増す。

「神々の歩み寄りと人々の願いがもたらした努力の結果が、少しずつ実ってきているんだ。あんたたちは自分たちの行動を、世界を守るためだと主張するが……俺には訪れる可能性のある明るい未来を潰しているようにしか見えない」

「黙れ……っ!」

 アルファは鋭い声とともに、手にした槍を薙いだ。アラタとアリスはアルファの斬撃を回避すると、各々の武器を掲げる。

「管理官権限執行、風神の来訪!」

「管理官権限執行、炎霊の贖罪!」

 アリスとアラタが生み出した風と炎が巨大な渦となってアルファへ迫った。アルファは再び全身を光で包むと、アラタとアリスに向けて手を伸ばす。

「〝沈め(ニミーへ)〟」

「ぐっ……」

 アラタは全身にかかる圧に苦悶の表情を浮かべた。

「管理官権限執行、守護結界!」

 アラタの全身を圧迫していた力が消える。

 アルファは槍を手に構える様子はない。じっとアラタを見据え、諭すように言葉を続ける。

「アラタ管理官とて、見たのではありませんか? 歪によって生じた魔王が世界を飲み込んでいく様を……失われた命に対し、神々の冷淡な言葉を――」

「この目で見てきたからこそ、俺はそれでも助けられる(いのち)に手を差し伸べ続けたい」

 アラタはアルファを見据えたまま断言する。

「これは、紛れもない俺の意思だ。だからこそ、俺は管理官としてここに立っている!」

「……私も心が決まりました」

 アルファが空いている方の手で己の顔を覆うと、指の隙間から憎悪を滲ませた視線をアラタに向ける。


「アラタ管理官、私はあなたを消し去ることにします」


Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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