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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File8-9「古代の魔王」

 ヒューズは深く陥没した大地の上に佇んでいた。その衝撃の強さを、陥没した地面を取り巻くように隆起した岩山が物語っている。

 ヒューズの傍にはオギナと、遅れて合流したアリスの姿もあった。

「何かありましたか?」

 ツナギが砂埃を上げながら斜面を滑り降りた。後から続くアラタたちもそれに倣う。ヒューズが難しい顔のままツナギたちを振り返った。

「皆揃ったな。サテナ、結界を頼む。微音拡張とこちらの会話の完全秘匿だ」

「わかりました」

 サテナが長杖をくるりと手の中で回す。魔法陣が出現し、すぐに見えない膜のようなものがアラタたち七人を包み込んだ。

「ツナギ管理官、ヒューズの補佐をありがとう。少々、解析に時間がかかってしまってな。遅れてすまない」

 まずアリスが口を開いた。彼女の表情もいつになく険しい。

「構わない。それで……一体何があった?」

 ツナギは静かに頷くと、アリスに先を促した。

「私は異世界間気象観測課から、空間気圧の著しい乱れを調査するために出陣していた。実はそこで、キエラ管理官に会ってな」

「キエラ管理官と?」

 怪訝そうに眉を寄せたアラタに、アリスは頷く。

「皆も知っての通り、彼女は現在も防壁片の流通経路を調査、防壁片を発見したら回収すると同時に、その流通経路を潰すよう院長から命じられている。彼女は防壁片の足取りを追い求めていくうちに、私が異世界間気象観測課で調査を依頼された領域にたどり着いたらしい」

「そこで、何かを回収したんですね?」

 アラタがずばり尋ねた。

 先程、アリスは「解析に時間がかかった」と言った。ならば、彼女が回収した物品は今回の広範囲における複数の魔王出現の原因を解明する手がかりになるのではないか。

 案の定、アリスは静かに頷いた。

「ああ、おそらく今回の魔王出現を引き起こしたのは、間違いなく白装束の集団だ」

 アリスは苦々しく吐き捨てると、首から下げた共鳴具に触れた。虚空に映し出された映像は、何重もの結界に封じ込められた鉱石の欠片のようなものだった。見覚えのあるそのどす黒い物体は、瘴気をまとった「アヴァリュラスの防壁片」で間違いない。

「これはアヴァリュラスの防壁片だ。()()の、な」

「……え?」

 一瞬、皆が呆けた。

 アリスの言葉を、すぐに理解できた者はこの場には誰もいなかっただろう。

「……内側、ではなく?」

 呆然とオギナが呟いた。

 アヴァリュラスの永獄は、神を飲み込んだ勇者が魔王化し、その強力な力を異世界間連合の神々が総出で封じ込めたものである。当然、その目的は封じ込めたアヴァリュラスの魔王の力を外部にもらさないようにするためである。

 永獄は魔王の力によって()()の防壁が破壊されると、防壁を破壊した力を再利用して内側の防壁を修復している。そのおかげで、永獄に封じられた魔王は外に出ることができず、現在も安寧の世が保たれていた。

「師匠にお願いして、以前回収した防壁片のサンプルと今回回収した欠片とを照合してもらったんだ。二つの欠片は確かに同じアヴァリュラスの永獄の防壁のものだった。だが、その構造がまったく違うことがわかったんだ」

「以前、我々が退治した『鬼』から取り出した防壁片が『内側』のもの。そして今回、発見されたものが『外側』なんだな?」

 ヒューズの確認にアリスは頷く。

「確か、アヴァリュラスの防壁は砕かれた内壁に魔王の力をため込む性質がある。対して、外壁には浄化の効力が強く付与されていると聞いた。つまり、砕かれて拘束力を失った内壁の欠片は衝撃で外壁へと飛ばされ、残った内壁が魔王の力を利用して再生する。外壁へと飛ばされた内壁の欠片は外壁の浄化効果を受けることで、魔王の力を浄化させ、無害の物質――言ってしまえばただの石片へと変化するのではなかったか?」

 ヒューズが虚空を睨みながら記憶を手繰るように呟く。

 内壁の再生と、破損した欠片の浄化により、双方向から魔王の力を削いでいくことがアヴァリュラスの永獄が今日に至っても魔王を封じ込めることができるからくりである。


「つまり、本来は魔王の瘴気に晒されるはずのない外壁の欠片が今回の魔王出現の原因だとすれば、アヴァリュラスの永獄から古代の魔王が少しずつ顔を出しているってことだよね?」


 納得顔で呟いたサテナの指摘に、アラタたちは凍り付いた。

 アリスも険しい表情のまま、黙り込んでいる。それが、何よりもサテナの発言を肯定していた。

「アヴァリュラスの永獄が、破られようとしているってことか?」

 ヒューズの確認に、答えたのは別の声だった。


〝その通りです。現状をご理解いただけたようですね〟


 アラタたちは一斉に身構えた。やや笑みを含んだ声は、アラタたちが身に着けている共鳴具から発せられている。アラタたちの共鳴具に、「交差する道と翼の中央に剣」の紋章が浮かび上がっていた。外部からの強制通信である。

「この声は……カルラ部長ですか?」

 アラタは共鳴具を覗き込んだまま、恐る恐る尋ねた。

 なんとなく、自分の顔が引きつる。


〝お久しぶりですね、アラタ管理官〟


 にこやかな返事とともに、カルラが続ける。

〝さて、私も同じ部隊に所属していることはこの『通信』でご理解いただけたかと思います。事態が差し迫っておりますので、用件のみお伝えしますね〟

「こうして話している間も、白装束の連中が動いているってことですよね?」

 サテナの確認に、カルラは肯定する。

〝今回の奴らの狙いは『アヴァリュラスの永獄』へ至る道の発見と推測されます。アヴァリュラスの永獄は魔王を封じることに特化した構造のため、内部――閉じ込める側への備えを強固にした造りになっています。裏を返せば、外部からの衝撃にはひどく脆いということです〟

「しかし、アヴァリュラスの永獄への道は神々が魔王を封じた際に、その空間領域を含めて隔離したと聞いております。いくら外部からの攻撃に弱いからと言って、前提条件としてアヴァリュラスの永獄へ辿りつけなければ意味がありません」

 オギナの反論に、「だからこそ、今回の魔王騒動です」とカルラが冷静な声音で続ける。

〝領域を隔離したからと言って、アヴァリュラスの領域そのものが消滅したわけではありません。神々による封印が常人では破ることができないならば、神々の力に匹敵する『魔王』を使って、隔離されているアヴァリュラスの世界領域を見つけ出そうと考えたわけです〟

「連中もまだアヴァリュラスがどこにあるかわからない以上、しらみ潰しに探索せざるを得ない。その手段の一つとして魔王を各地に分散させて暴れさせ、その魔力によってアヴァリュラスの領域を隠している結界を相殺しようとしているってわけか……」

「魔王の存在は自分たちへの注意を削ぐにも打ってつけです。なかなか姑息な手段を用いましたね」

 ヒューズの呟きの後に、カイが険しい表情で唸った。

「くそっ、せめて白装束の集団がどの領域にいるのかさえわかれば……」

 ツナギが苦い顔で舌打ちをする。

〝わかりますよ〟

 平然と言ってのけたカルラに、皆が己の共鳴具を凝視した。

「それは本当ですか!? カルラ部長!」

 驚くヒューズに、カルラは笑っている。

〝異世界間仲介管理院が創設されて以降、召喚部は長年勇者支援を行って来ました。勇者は魔王討伐のためにその魂に『神々の加護』――『世界の記憶』を刻んでいます。『神々の加護』はいかに隠そうとしても、その魂に深く刻まれ、周囲の空間に何らかの痕跡を残します。まず、消し去ることなどできません。要は、魔王討伐のために移動している勇者とは違う、()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()わけです〟

「勇者支援のノウハウを応用するわけか! カルラ部長、頭いいな! ただの陰険なだけの人だと思っていたが見直したぞ!」

 興奮したアリスが笑いながらカルラに言った。

 たぶん、本人は褒めているつもりなのだろう。

〝お褒めに預かり光栄です。ただ、アリス管理官はもう少し頭を使って物事を見聞きした方がいいでしょうね。お師匠さまに少しは楽をさせてあげてください〟

 にこやかなカルラの声が皮肉を返した後、ヒューズの名を呼ぶ。

〝今から連中が出没していると思われる世界領域に(マーク)をつけた地図を送信します〟

 了解した、とヒューズが頷き、皆の顔を振り向く。

「聞いた通りだ。これより我々は白装束の集団を追う。ツナギ管理官たちは第一部隊とは別に捜索活動を行ってほしい。その際、二人一組になって対象の領域へ向かってくれ」

「第一部隊の方は大丈夫なのですか?」

 心配そうに確認するオギナに、ヒューズは微笑む。

「問題ない。私が第一部隊を率いて広い範囲を捜索する。白装束の集団については、すでに部隊間で周知されている。捜索するには、やはり人手が多い方がいい」

「なるほど。大所帯では踏み入れない場所を我々が捜索するのですね」

 ツナギが心得たように頷いた。

「今回も白装束の連中との激しい戦闘が予想される。奴らを見つけたら、すぐさま連絡を入れろ。間違っても、一人で奴らを倒そうとはするな」

 ヒューズの指示に、皆が一斉に頷いた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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