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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File8-8「魔王の爪痕」

「お願いです……これ以上は、この世界が壊れてしまいます!」

 火柱が上がり、四方八方から無数の瓦礫が降り注ぐ中、声を張り上げた。自分の耳に飛び込んでくるのは、鋭い怒号と悲鳴、助けを乞う人々の声だった。それもすぐに物言わぬ死体へとなり替わる。徐々に声を上げる者が減って、戦場は火が爆ぜる音と物が壊れる音ばかりが響く。もう平地と変わらない大地に座り込み、己に背を向けて立つ目の前の男へ涙ながらに訴えた。

「おーおー、わんさか出てくるじゃねーか。でもどれも弱ぇな。つまんねー」

 男は剣身で己の肩を軽く叩きながら、笑っていた。その様子に愕然とする。

 どうして、目の前の男は笑っていられるんだ?

 焼けて煤けた死体が転がる中、黒い靄に全身を覆われた異形の魔物たちが大地を覆い尽くしていく。そんな中で、男は魔物たちを眺めながら呑気ともとれる口調で続けた。

「まぁ、神さまのご意思ってことだからな。のんびり狩るか」

 男は言うなり、大きく剣を振り下ろした。大地が割れ、男の斬撃によって無数の魔物が消え失せる。同時に、山が一つ地上から姿を消した。

「ああ……ああ……」

 その様に思わず己の頬を掻きむしった。

 生まれ育った故郷が、どんどん壊されていった。

 魔物たちはそれでも歩みを止めない。痛みや苦しみを感じないのか、圧倒的な実力差であるはずの男に臆することなく向かってくる。だからこそ、男も先程から周囲を巻き込んだ大技ばかりで応戦する。

 もはや……化け物同士のぶつかり合いだ。

 絶望と憎悪が、己の中で渦巻いた。

 目の前の男も、自分たちを襲ってくる異形の魔物となんら変わらないではないか。純粋に暴力と暴力がぶつかり合うだけの戦いに、残るものは何もない。

 男の斬撃が再び飛ぶ。再び大地に火柱が上がった。爽快そうに笑う男の背に、怒りのまま叫ぶ。

「あなたは、周りが見えないのか!」

 男の哄笑が止む。ゆっくりとこちらを振り返った男の無表情が、いやに不気味だった。

「俺は勇者だぜ? 俺の言動はすべて神々の意思。勇者は神々の代行者だからな。魔王を倒すことが俺のすべきこと、保護やら救援活動やらは俺の管轄外だ。それに、なんで弱い奴を俺が救ってやらなければならない?」

「……あなたは、それでも人なのですか!」

 アラタの叫びに、男は煩わしそうに顔を歪めた。

「助けられるのが当たり前ってか? 自分の弱さや無能さを棚上げに、強い他人に自分たちの身の安全を保障してもらう? 俺はそういう依存しきった連中が大嫌いなんだよ」

 男は剣を振り上げると、己を見上げるこちらを睨みつけた。

「弱いくせに、俺に指図してんじゃねぇよ」

 肉を裂く鋭い痛みを最後に、記憶は途切れた。


「アラタ管理官」


 呆然と立ち尽くすアラタの肩を、ツナギの手が掴んだ。こちらを気遣うように顔を覗き込む彼女の顔を前に、アラタもハッと我に返る。

「……すみません、ツナギ管理官」

「いや、この惨状を前にすれば仕方がない……」

 ツナギがアラタの肩から腕を引くと、改めて周囲を見回した。

 異世界オクシィーファは花と緑が咲き誇る森の民が住まう世界だった。

 樹霊(ドライアド)をはじめとした妖精族たちの文明は、この世界の空に浮かぶ九つの月と太陽によって、昼夜を問わず絶妙な光加減を受けて発展してきた。夜も月が常に地上を照らすため、月光を反射する「月鏡花(シーファル)」が夜道を照らす幻想的な光景が見ることができた。

 今回……魔王が現れるまでは。

 アラタは一歩、進み出る。灰が混じる砂が、風に吹かれて地上を灰色に染めていた。辺り一面、遮蔽物のないむき出しの大地が広がっている。空は厚い雲に覆われ、どんよりと重く垂れ込めていた。

 アラタはその場にしゃがみ込み、焼き尽くされて灰と化した月鏡花の残骸に触れた。かさりと乾いた音をたてて、アラタの手の中で砕けた月鏡花が風に吹かれて消えていく。

 ヒューズ率いる第一部隊は、異世界オクシィーファ付近に出現した魔王の影響を実際にその世界に降り立って調査していた。調査とは言っても、実際にこの世界を復興していくのはこの世界を統治する神であり、そこに住まう人々である。

 異世界間仲介管理院はその世界に対する過度な干渉行為は禁じられている。そのためアラタたちに許されていることは、勇者と魔王の戦闘が及ぼす影響を記録し、必要な範囲内で負傷者を手当てした後、医療設備の整った都市へ搬送する程度である。後は異世界間連合を通して支援要求された際に、最低限の支援を行うに留まる。

 アラタは己の手の中で砕けていく灰を握りしめた。

「この世界に住む、森の民たちは……」

「ヒューズ管理官がオクシィーファ神に問い合わせてみたところ、生き残った人口は一割にも満たないそうだ」

 ツナギの言葉に、アラタは唇を噛み締めた。顔を上げ、ツナギを振り返る。

「たった……それだけですか?」

「オクシィーファ神曰く、()()()()()()()()()()()()と喜んでいたそうだ」

 ツナギの言葉に、アラタは表情を強張らせる。

「それだけで済んでよかった、ですって?」

「今回の魔王はだいぶオクシィーファに近い場所で出現したからな。先程、貴官が遭遇した勇者――アルフ・レクサス殿が早々に魔王を葬らねばこの世界そのものも原形を留めることができずに消滅していたかもしれない。アルフ殿は異世界間連合の神々に一目置かれるほど有能な勇者だからな。オクシィーファ神も被害の甚大さには頭を抱えていたが、仕方がないと割り切っていたそうだ」

 アラタは顔を伏せた。なんとなく、ツナギがアルフのことを褒める言葉を聞きたくなかった。

 進路妨害として味方を切り殺されそうになったのである。管理官たちの間からは当然、アルフへの反発心は強い。それでも、彼の魔王討伐歴とそれに伴う貢献度は無視できない。多少性格に難があっても、成果を上げているのだから文句を言うなど愚かしい。神々の間に漂うその空気が、否応なく異世界間仲介管理院や神々が治める世界に住む人々にも同調するように圧をかけてくる。

 アラタはそれが納得できなかった。

「力と力が正面からぶつかれば、当然周囲のものが壊れてしまいます。それを『仕方がない』で済ませてしまうんですか?」

 アラタの言葉に、どうしても棘が出てしまう。自分でも感情的になっている自覚はあった。ツナギに当たるような言動に、自分の中で自己嫌悪も膨れ上がる。それでも納得できない。したくない。

「また作り直せばいいですか? 壊れてしまったなら、今度はまったく新しいものでも作ってみようと? 私には……どうして神がそこまではっきりと割り切れるのか理解に苦しみます!」

「アラタ管理官、失言だぞ。管理官たる者、いかなる状況においても冷静に物事を判断せねばならない。神々の意思を、我々外部の人間がとやかく言うことは間違っている。それは、『傲慢』以外の何物でもない」

 ツナギが眉間のしわを深め、アラタの頭を抑えつけた。アラタは下を向いたまま黙り込む。己の頭を抑えつける彼女の手に力は籠っていない。むしろ、優しく頭を撫でるような軽さだ。その軽さ分だけツナギからの気遣いを感じる分、アラタは複雑な感情を抱えたまま押し黙ることしかできなかった。

「あ、いたいた! ツミキ管理官! カルタ管理官!」

「ツナギ管理官とアラタ管理官だ! いい加減覚えろ!」

 こちらへ駆け寄って来るサテナとカイの姿を見て、ツナギが二人に向き直った。

「どうした?」

「ヒューズ管理官がお呼びです。……部隊としての招集です」

 カイが低い声で囁いた。

 ツナギの視線を受け、アラタも立ち上がる。

「すぐに向かう」

 ツナギに促され、アラタはサテナとカイとともにツナギの背を追った。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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