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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File8-7「刹那の邂逅」

 光の道を抜けた先にはどこまでも続く闇が広がっていた。

 アラタは全身に加わる圧に思わず顔を強張らせる。跨っていた天馬が、ひどく怯えたようにいなないた。慌てて手綱を操り、落ち着かせる。

「生まれたての、比じゃないね」

 アラタの傍でオギナも強張った表情のまま呟く。

 乱暴な言い方をするなら、凝縮した殺意がそのまま爆発を引き起こしたようなものだ。

 アラタたち第一部隊が降り立った空間は魔王出現空間からだいぶ離れた位置にあるにも関わらず、その威圧感は身をすくませるほどのものだった。

 勇者たちは、こんな恐怖の中で戦っていたのか。

 アラタは手綱を握りしめると、自分を奮い立たせるように気を引き締めた。

〝これより、我ら第一部隊は勇者の支援に入る。魔王より生まれた眷属を悉く殲滅せよ。一匹たりとも逃すな!〟

 共鳴具から、ヒューズの命令が響き渡る。

 アラタは腰の双剣を素早く引き抜いた。前進するアラタたちに向けて、黒い靄のようなものが立ちはだかる。それらは次第に鮮明な像を形成する。最初はぼやけていた姿が、やがて無数の動物の部位を繋ぎ合わせた合成獣(キメラ)へと変貌した。

 それは、アラタがよく知る異形の化け物だった。

「あれは……っ!」

 最近、繰り返しよく見る夢の中で、アラタたちを襲った異形の魔物たちだった。

「アラタ管理官、来るよ!」

 オギナが弓に魔力の矢をつがえたまま叫んだ。ハッと我に返ったアラタも双剣の刃に炎を纏う。

「管理官権限執行、魔法矢増幅!」

 オギナの放った矢が突っ込んできた合成獣たちの脳天や胴を射抜いた。奇声を上げて振り下ろした爪が、空間を割く。

「散開!」

 カイの号令とともに、アラタたちは一斉に散った。そのままそれぞれ騎乗した天馬で空を駆け、少人数の塊となって合成獣たちとぶつかり合う。

「ズイ、援助して」

「カイだ。了解」

 長杖を掲げたサテナの傍らでカイも杖を構える。


「管理官権限執行、能力向上、即死無効、状態異常効果無効」

「管理官権限執行、物理攻撃反射、魔法攻撃反射、効果範囲拡散」


 サテナとカイが生み出した魔法陣から、無数の光が放たれる。光を浴びた仲間たちの動きが目に見えて俊敏さを増した。

「休まず行くよ! 管理官権限執行、特殊防壁、身体強化、魔力増幅」

「管理官権限執行、自動回復効果付与、衝撃付与、瘴気耐性増加」

 サテナとカイの立て続けの援助に、合成獣たちが彼らに標的を定めた。

 牙を剥き出し、咆哮とともに二人へ群がって来る。そこへアラタが割り込んだ。

「管理官権限執行、炎舞、風刃、範囲拡散!」

 纏った炎を風の刃に合わせて乗せ、アラタの斬撃が合成獣を一息に葬り去る。一瞬で数十体の合成獣を消し去ったアラタに、周囲から歓声が上がった。

「やるぅ~。さすがは期待の新人(ルーキー)!」

 サテナが口笛を吹きながら笑った。

「茶化さないでください、サテナ管理官! 次来ます!」

 援護をお願いします、と頼み、アラタは天馬の腹を蹴る。

「よし、オギナ管理官。アラタ管理官を同時に援護するぞ」

「わかりました、カイ管理官」

 オギナとカイがそれぞれの武器を掲げて、虚空に魔法陣を展開する。

「管理官権限執行、流星矢!」

「管理官権限執行、雷撃付与!」

 オギナが放つ無数の矢が、稲妻を纏って降り注ぐ。矢の雨の中を駆け、アラタは双剣を振るって合成獣を片端から切り伏せる。

「アラタ管理官、上だ!」

 ヒューズの声に、アラタは仰いだ。自然落下で気配を消していたらしい。迫る鋼の爪に、目を見開いたアラタの顔が映っていた。

「管理官権限執行、破風拳」

 横合いから、紅の髪を靡かせたツナギが合成獣の脇腹へ拳を叩き込む。腹部に風穴を開け、合成獣はあっけなく塵へと帰った。

「ツナギ管理官!」

 アラタは咄嗟に腕を伸ばし、ツナギの手を掴んだ。彼女の腕を引き、己の後ろへ乗せる。そのまま天馬を走らせれば、突っ込んできた合成獣三匹が正面から衝突した。

「……戦場ではどこから敵が突っ込んでくるかわからない。油断はするな」

「了解です」

 互いに周囲を警戒しながら声を掛け合う。ふとツナギの視線が、アラタの背に向いた。

「……成長したな、アラタ管理官」

 口元を緩ませ、小さく囁く。

 アラタは不思議そうに顔だけでツナギを振り返った。

「ツナギ管理官、何かおっしゃいましたか?」

「いいや……集中しろ! 来るぞ!」

 身構えるツナギに、アラタも慌てて顔を前方へ向けた。

「総員、結界を張れ! サテナ管理官、援護しろ! 管理官権限執行、空間裂刃」

「管理官権限執行、損傷拡大」

 ヒューズとサテナの合わせ技が、幾百頭もの合成獣を空間ごと切り裂いた。

 アラタたちは結界で身を守りながら、ヒューズの斬撃が討ちもらした合成獣を切り伏せる。

 しかし、いくら倒せども合成獣たちは次々と生まれ、アラタたちに向かって突進してきた。

「くそ、勇者はまだ魔王を討伐できないのか!」

 誰かが苦しそうに叫んだ。眷属たちを生み出す元凶――魔王を討伐しない限り、眷属たちは延々と生み出される。だからといって、眷属を見逃していいことにはならない。

 双剣を振るうアラタの脳裏に、焼き尽くされた故郷の街並みが浮かぶ。異形によって蹂躙された世界が、壊れていく姿をかつてのアラタは身をもって体験したのだ。

 牙剥く異形の獣を前に、アラタは炎を纏った刃を振り下ろした。

「今度こそ、守り抜く!」

 低い声で宣言する。かつての己の故郷のように、魔王とその眷属たちに破壊させてたまるものか。

〝管理部権限管理課より緊急通達! 座標軸W・Oxif.xxx-xxx-xxx,861.4-776.93地点にて魔王の消滅を確認。強い魔力の余波に注意してください!〟

 男性の声が共鳴具から警告した。

 顔を上げると、合成獣たちが姿を保てずに黒い靄へと戻っていく。遠方から押し寄せる強い魔力に、アラタたちは急いで結界を張った。

 激しい衝撃とともに、全身に魔力の圧が加わる。

「くっ……」

 アラタは生み出した結界をツナギとともに魔力を注いで維持する。気を抜けば、すぐにでも結界が破壊されてしまいそうだ。

 そこへ一筋の光がこちらへ向かってくるのが見えた。

「あれは……?」

 アラタが呆然と見守る中、光を纏って疾駆する男が、手にした剣を振りかざしていた。その先には、結界を張って魔王の魔力余波を防ぐのに精いっぱいの管理官たちがいる。

 考える前に、体が動き出していた。

「〝俊足(ニチタヲヤ)〟!」

「アラタ管理官!?」

 跨っていたペガサスから飛び出したアラタの背に、ツナギの切羽詰まった声が追って来る。

 アラタに振り返っている暇はなかった。炎を纏った双剣を手に、振り下ろされた剣と管理官たちの間に無理やり割り込む。

「〝結界(クインロツ)〟!」

 アラタが顔の前で交差させた双剣が振り下ろされた刃を受け止め、展開した結界が男の纏う光から周囲へ放たれる衝撃を吸い上げた。

 金属と金属がぶつかる鋭い音に遅れて、管理官たちは呆然と刃を交える二人を見つめた。何が起こったのか、認識するのに時間がかかっているのだろう。しばらく、痛いほどの沈黙がその場に居合わせた全員を包んだ。

「お前……なんで俺の動きを止めることができんだ?」

 沈黙を破ったのは、管理官たちに向けて剣を振り下ろした男だった。金髪碧眼の、体つきがアラタより一回りも大きい。彼は面白い獲物を見つけたと言わんばかりに獰猛な笑みをその顔に貼り付けている。人間の姿をしているが、その全身を纏う雰囲気(オーラ)は神がかっていた。以前、任務の際に謁見した女神リシェラノントやグロナロスに匹敵するほどの圧力を感じる。

「何故、味方に剣を向けるのですか?」

 アラタは眉間にしわを寄せたまま、目の前の男に抗議する。

 男の振り下ろした剣は、アラタが割り込まなければ背後で震えている管理官を確実に両断していたことだろう。遅ればせながら状況を理解した管理官がひっと息を呑んだ。

「あ? 俺の質問を無視してんじゃねーよ」

 男は露骨に不機嫌な顔になった。

「そもそも、お前らが俺の前に立つのが悪ぃんだよ。次の目的地に向かう途中で目の前に障害物があったら当然排除するだろ?」

「『勇者』殿、我らは異世界間仲介管理院より貴殿の魔王討伐支援のために派遣された。剣を収められよ」

 ヒューズがすぐさま天馬を寄せてアラタと勇者の間に割って入った。

「これ以上のやり取りは無意味だ。貴殿は他の領域に出現した魔王の討伐が控えている。この世界域での後処理は我々に任せ、すぐにでも次の世界へ急行してほしい」

「おい、弱者。勇者である俺に何を命令してんだ!」

 男は全身から怒気を滲ませ、ギロリとヒューズを睨む。しかし、ヒューズは狼狽えた様子も見せず、淡々と男に告げた。

「あまりやんちゃをされますと、我々としても異世界間連合の神々に報告せねばならなくなります。貴殿としてもそれは都合が悪いのでは?」

「……はん! 結局は他神(たにん)頼みかよ。力のねぇ奴はこれだから嫌いなんだ」

 男は言いつつも、剣を引いて腰の鞘に戻した。アラタはまだ警戒が解けず、双剣を手にしたまま男の挙動を注視している。

「おい、そこの管理官。お前の顔、覚えたぜ」

 男は不敵に笑うと、跨った騎獣の腹を蹴って飛び出していった。

 アラタたちは光の筋となって駆けていく男を見送る。

「……皆、怪我はないか?」

 ヒューズがアラタとその背後にいる管理官に問いかける。

「私は大丈夫です。アラタ管理官のおかげで命拾いをしました」

 アラタが助けた管理官がようやくホッとした様子で表情を和らげる。

「アラタ管理官、助けていただきありがとうございます。まさか勇者の動きを察知するなど、やはり貴官の実力は噂通り……いえ、それ以上かもしれません」

「いえ、そんな大げさなものでは……養成学校の学生だった頃から直感だけは冴えていたので」

 アラタは何とも言えない顔で笑いかける。周りから伝染するように拍手が沸き起こる。ヒューズも一つ頷くと、天馬を寄せてアラタの肩に手を置いた。

「俺からも礼を言わせてくれ。アラタ管理官のおかげで大切な部下を失わずに済んだ。ありがとう」

「こちらこそ、お言葉添えをしていただき、助かりました」

 アラタは口元を綻ばせて頷く。

「さて、この世界領域に出現した魔王は討伐されたが、魔王の力に影響されて世界秩序が荒れている。我々はこのまま、狂暴化した生物の鎮静化を行う。各員、一度隊列を整えろ」

 ヒューズの指示を受け、その場にいた管理官たちが移動を開始する。

 アラタは虚空に浮いたまま、苦い表情を浮かべた。

「ヒューズ管理官……先程のあの男が……『勇者』なのですか?」

 そこには彼の言動を非難するような調子が含まれている。自分の進行方向に人がいたから切り殺す、など到底理解できない理屈だ。

「彼は特別だ。勇者が全員、彼のような横暴な奴ばかりではない」

 ヒューズは真面目な顔でアラタを振り向いた。

「アルフ・レクサス。あの勇者の名前だ。今後のために、覚えておくといい」

「っ!? アルフ・レクサス……」

 あの男が……、とアラタは鋭い視線を男が駆け去った方向へ向ける。

 自分の中で、あの男の顔を思い出すたびにどこか古傷が痛むような不快感が押し寄せてくる。

「行くぞ、アラタ管理官」

 天馬を駆って近づいてきたツナギが、アラタに手を差し伸べる。

「まだ、助けを求めている人々がいる。最後まで、管理官としての職務を全うするぞ」

「ツナギ管理官……はい!」

 アラタはしっかりと頷き、ツナギが差し出した手を掴んだ。

 今は、魔王の被害に遭った世界への支援が最優先だ。

 ツナギの後ろに跨り、アラタたちはヒューズとともに隊列を組んだ皆と合流するのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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