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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File8-5「サテナの疑念」

 アラタは西部基地から取って返し、中央塔を目指した。息を切らし、異世界転生仲介課の事務室を目指す。普段であれば回廊を走り回ることは規則違反だが、むしろ今は走り回っていない管理官の方が皆無だった。

 どうして、なんで、こんなにも急に……?

 アラタの思考は疑問の言葉に埋め尽くされていた。そしてその疑問に対する答えのように、先日アラタを打ちのめしたオメガの歪んだ笑みが脳裏に浮かぶ。

 ――あなたこそ、いつまで現実から目をそらし続けるおつもりですか?

「……っ!」

 アラタは歯を食いしばり、見えてきた異世界転生仲介課の事務室の扉を勢いよく開けた。そこには、アラタ以外の全員が集まっていた。皆がこちらを振り返る。

「……すみません、遅くなりました……」

 西部基地から全力疾走してきたため、アラタは呼吸を整えるのに時間がかかった。かすれた声でそれだけ言うと、皆の前に立っていたナゴミが小さく頷いた。

 アラタは事務室に入ると、オギナとジツの間に並ぶ。

「さて、皆……通達は聞いたね?」

 ナゴミの静かな声が、沈黙の下りた事務室内で冷たく響く。その場に集まった管理官全員が頷いた。ナゴミの双眸がゆっくりと開かれる。

「これより、班を分ける。院内に残って後方支援する者は詳細をぼくから説明する。防衛部と合流し、出撃する管理官はツナギくんから指示を仰ぐように」

 ナゴミがそう告げると、傍に控えたツナギが前に出た。

「それでは班を発表する。第一部隊に合流する班員は、私、アラタ管理官、オギナ管理官……」

 ツナギは手にした名簿を読み上げ、事務室内に集まった管理官たちに指示を出していく。

 配属先が通達されると、アラタたち外界への派遣組はこのまま直帰し、翌日の出陣に備えるよう通達される。ちなみに、ジツは居残り組だ。アラタとオギナが事務室を出ていくときも、ジツはナゴミから今後の動きを細かく指示されていた。

 アラタはジツを一瞥した後、オギナとともに寮へ戻る。

「まさか、俺たちも出陣することになるとはね」

 寮へ戻る道すがら、オギナが硬い声音で呟いた。外界への派遣が決まった管理官たちは、皆一様に口を閉ざし、強張った表情で寮へと戻っていく。中には、院内勤めが長く、今回初めて魔王と対峙する者もいるはずだ。

 かつて転生者遺棄事件での被害者を保護するため、外界へ初めて派遣された頃を思い出す。皆が不安なのだ。

「やることは変わらない。俺たちは俺たちの任務を遂行する」

 アラタは毅然と前を向く。

 助けられなかった魂がたくさんあった。しかし、その中でアラタが救えた魂も少なからずあったのも事実だ。アラタはこのまま歩みを止めるわけにはいかない。

 俺は、助けを必要とする人のために管理官になったんだ。

「そうだね……アラタ。俺たちは負けられない」

 どこか吹っ切れた様子のアラタに、傍らのオギナが微笑んだ。

 寮に戻ると、アラタはさっそく出陣のための準備に取り掛かった。必要な武具類に破損がないか確認し、応急処置のための医薬品も補充する。そうして作業に没頭していると、外から扉をノックする音が耳に入った。顔を上げて窓の外を振り返れば、辺りはすっかり暗くなっていた。「道」が閉ざされ、アディヴの地に夜が訪れていた。

「オギナかな」

 アラタは腰を上げ、玄関へ向かう。

 おおかた、夕飯を一緒にどうだといったところか。

「やっほ~、来ちゃった!」

 扉を開けると、サテナの元気な笑顔がアラタに言った。

 驚いて呆然としているアラタに、傍らでカイが申し訳なさそうな顔をして無言で両手を合わせてくる。彼は間違いなく相棒の暴走を止めたに違いない。しかし、それで止まるようなサテナではない。

 何か、以前にも見たな……この光景。

 アラタはどこか逃避しかけた思考を急いで目の前の現実へ引き戻す。

「明日には出陣ですよね?」

「うん! イミラ隊長から聞いたんだけど、キリタ、最近悪夢にうなされて眠れてないんでしょ? そーいうときは皆で寝れば怖くないと思ってね! なぐさめついでにお泊り会しよ!」

「サクラ隊長な」

 カイが横からすぐさま訂正を入れる。

 これまた唐突な思いつきだ。そして思いついてすぐさま行動に起こすサテナのフットワークの軽さに舌を巻く。よく上官が許可を出したものだ。

「俺はアラタです。それと、その言い方だと俺が一人で眠れないみたいに聞こえるんでやめてください」

「でも、オルタの睡眠妨害していることに変わりはないでしょ?」

 サテナの返しに、アラタの良心が非常に痛んだ。指摘された通りなので、何も言い返せない。

「私はオギナですよ、サテナさん。というか、私は慣れてますからアラタをあんまりいじめないであげてください」

 隣室から騒ぎを聞きつけたオギナが顔を覗かせる。

「あ、やっほ~。クルタ!」

「オギナです」

「せっかくだし、皆でお泊り会しよーよ」

 サテナが笑顔を浮かべたまま、スッと両目を細めた。

「今回の魔王出現、ちょっと気にならない?」

 静かに呟かれたサテナの言葉に、アラタとオギナは一瞬視線を交わした。

 大げさなため息とともに、アラタは自室の扉を大きく開く。

「もう、あまり廊下で騒がれても迷惑です。わかりましたから中へ入ってください」

「わーい、お邪魔します!」

「言っときますが、もてなしはしませんからね!」

「すまん、アラタ。オギナ。余計な気苦労を……」

「カイさんも毎回大変ですね」

 肩を落とすカイに、オギナがその背を軽く叩いて慰めた。

 アラタはキッチンに立つと、人数分のコーヒーを淹れる。オギナが隣室から軽くつまめる菓子類を持ってきてくれたので、淹れたてのコーヒーとともにいただく。

「妨害、しときますか?」

 一息つくと、オギナがぼそりと尋ねた。

「必要ないよ。むしろかえって怪しまれる」

 サテナは言うなり、指先で虚空をなぞった。

「管理官権限執行、微音拡張」

 ぼそりと呟かれ、すぐにコーヒーをすする。「うん、おいしい」と呟きながら満面に笑みを浮かべた。

「これで大丈夫だよ。もしも盗聴をしようとしている奴がいれば、()()()()()()()()()()()()()()ようにしといた! もううるさくて聞いてらんないよ」

「驚いた……逆の発想ですか?」

 アラタが感心している横で、カイも苦笑する。

「まぁ、寮の一画で突然結界が出現したら、誰でも不審に思うからな。なんだか少し騒がしいな、くらいがちょうどいい」

 そこまで言うと、カイの指が共鳴具に触れた。虚空に映し出されたのは、今回魔王出現が確認された地域の世界地図だった。

「アラタには西部基地で少し話したと思うが……魔王出現の前、異世界間気象観測課から様々な場所で空間気圧の著しい乱れが観測されたと防衛部に調査依頼が出されていた」

 カイは事情を知らないオギナに経緯を説明し、その時の調査範囲の世界地図も並行して虚空に映し出した。

「……今回、魔王の出現が確認された十か所のうち、七か所がその空間気圧の乱れが観測された場所に近いですね」

 地図を見比べたオギナが呟く。カイとサテナが頷いた。

「どう見ても偶然じゃないよねぇ?」

 卓上で頬杖をつき、サテナが意味深な笑みで続ける。

「それで俺なりに調べてみたんだけど……面白い奴が何らかの形でこの件に絡んでいるっぽいんだよね」

「面白い奴?」

 サテナの呟きに、アラタとオギナが顔を見合わせた。サテナの傍らでカイが深刻な表情になる。

「最初は、俺も半信半疑だった。だから、サテナとともに部隊の権限を使って召喚部のデータベースを覗いたんだ」

「召喚部? 何か、魔王出現に関する重要な記録が残されていたのですか?」

 アラタが首を傾げる。

 召喚部が保有するデータベースの大半は、勇者に関連したデータが記録されている。それは勇者支援を円滑に進めるために、彼らの行動や要望、戦果や戦闘記録などを長年蓄積させてきたものである。転生部の転生者調査課が独自のデータベースを保有しているのと同じように、召喚部も勇者に関連した膨大な個人情報を保管・管理するための独立したデータベースを保有していた。

「どうも気になる『勇者』がいるんだよ」

 サテナが口角を吊り上げた。カイが虚空にある画像を映し出す。それは以前、アラタたちが院長の命令でアヴァリュラスの防壁片の流通経路を調査した際に、調査を受け持つ世界を分担したときに見た世界地図だった。

「つい先日、俺たちが調査に赴いた世界だ。これらすべてに、かの勇者は俺たちより前に派遣、ないし自主的に訪問しているんだ。もちろん、今回の空間気圧の乱れが観測された場所にも、異世界間連合から派遣された勇者は同一人物だった」

「それは……今回の魔王出現に、勇者を疑っていると?」

 オギナは眉根を寄せ、慎重な姿勢を見せた。

 勇者の行動は常に神々や召喚部が監視している。いくら数多の加護をその魂に刻み、神々からあらゆる特権を認められた勇者とはいえ、反逆行為の素振りを見せればたちまち勇者としての権限をはく奪される。

 そうなれば、待つのは悲惨な終焉である。

 勇者となった者が、そのような危険を犯すとは思えない。ましてや神々が恐れる魔王誕生に関与しているとなれば、それこそ異世界間連合が黙ってはいないだろう。

「現時点では、そうは断言しないよ。証拠がないもの。でも――」

 可能性を視野に入れるくらいはした方がいい、とサテナが目を細めた。

 カイも重々しく頷いている。

「この勇者、異世界間連合の加盟世界ならばどこへなりとも馳せ参じるという、神々にとっては理想的な勇者さんなんだよ。他の勇者と違い、この男の出入りを神々は喜んでいる節がある。召喚部に記録された個人情報(プロフィール)によると、生粋の戦闘好きでとにかく戦場を渇望するような男らしい」

「……なるほど」

 オギナもサテナの言いたいことは察したらしい。

 勇者の存在意義は魔王討伐にある。むしろ、それ以外に勇者が勇者たりえる意義はない。勇者への適性がずば抜けて高い者の多くが、サテナが目を付けた勇者のような好戦的な性格を持つ者がほとんどである。中にはそんな己の存在意義(アイデンティティ)を維持するために、魔王の誕生をそれとなく誘発させる行動を取った勇者も過去にはいた。ただ、そういった誘発行為を行った勇者全員、神々より勇者の資格をはく奪されている。

「いっそのこと……その勇者に、協力を仰ぐというのはいかがでしょうか?」

 アラタは口を開いた。

「そう言えば、異世界ヴァヴォルスでも話していたね。防壁片に関わる異常を勇者が目撃していないか聞きたいって」

 オギナが思い出したように呟いた。

「オギナ、結局あの後、召喚部からはなんて返事が来たか知っているか?」

 アラタの問いかけに、オギナは首を横に振った。

「何も……召喚部は勇者支援を行っているとはいえ、密接に連絡を取っているわけではないから。勇者側が何らかの形で異世界間連合へ救援を要請し、それを受けて召喚部がどう支援するか対策を打ち出し、それを実行する。流れとしてはこんな感じだから、基本、召喚部は受け身の姿勢なんだって」

 オギナがため息をついた。

「なら、サテナさんが気になったという勇者本人に直接話を聞いてみた方が早いかもしれない。サテナさん、勇者の名前はわかりますか? その他、特徴だったり……」


「勇者の名前は――アルフ・レクサス」


 サテナによって低く囁かれたその名に、アラタの中で何かが震えた。

 何故だか、とても聞き覚えのある名だ。

 どこで聞いた……? 業務中だったか……?

 もんもんとするアラタを尻目に、サテナは続ける。

「剣技を得意とする勇者ってことくらいしかわからないかな。何せ、外見的特徴は世界を渡り歩く度に姿を変えられることもあるから、アテにならない」

 サテナは頬杖をつくと、ため息まじりに呟く。

「ま、何にしても……二人も魔王討伐が済んだらこいつのこと、少し調べてみてよ。俺やカイ以外の人から見た印象も聞きたいから」

 そう言ってサテナはこの話題を切り上げた。

「そろそろ寝よう。もう遅い……」

 アラタは窓の外を振り返る。すでに道が閉ざされ、辺りは暗闇に包まれていた。

「じゃあ、サテナさん。客人用の布団を敷きますんで手伝ってください」

「いいよぉ~」

「カイさん、俺の布団貸しますんで、一緒に部屋まで取りに来てもらえますか?」

「ああ、助かる」

 オギナとカイが連れ立って部屋を出ていった。

「キリカ、添い寝しなくて平気?」

 収納スペースから布団を引っ張り出しているアラタの後ろで、サテナがニヤニヤと笑いながらからかう。アラタはサテナを振り返ると呆れ顔を向けた。

「だから一人で眠れないわけじゃないって言っているでしょうに!」

「怖い夢を見たら、いつでも俺のとこにおいでね~」

「行きませんよ! というか、こっちの話を聞いてください!」

 アラタとサテナが言い合う間に、戻って来たオギナとカイが心得たように手分けしてテーブルと椅子を移動させる。そうして三人が眠れる場所を確保してくれた。

 やたらと絡んでくるサテナを振り払い、アラタは明日の出陣に備え、早々に布団に潜り込んだのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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