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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
157/204

File8-4「サクラの警告」

「え……サクラ管理官も、部隊員で!?」

 アラタは呆気に取られた様子でまじまじとサクラを見つめる。

「拝命したのは、アラタ管理官を治療した日です」

 サクラは紋章を消すと、両手を膝の上に重ねて目を閉じた。

「アラタ管理官が医務室に搬送されたあの日、あの場には私を含め、あなたの事情を知らない一般の管理官が複数人おりました。重症であるはずのあなたが、自ら肉体を修復している様を見て……私はあなたに付き添っていたツナギ管理官にあなたを隔離することを提案したのです」

 サクラの意図を察したツナギたちは即座に行動を起こしたという。上司への連絡をオギナに一任し、サクラが医務室内に常駐していた管理官たちに何かしらの用件をつけて人払いをした。その隙にカイとサテナが医務室に誰も入って来られないよう結界を張ったというのである。

「まさか……そこまで大事になっていたとは……」

 アラタの怪我は管理官になってからも絶えることがない。それでも加護の封印を解いた前後で、明らかに体の治癒能力が変化したことはサクラの言動から察せられた。

「アラタ管理官もご存知の通り、我々アディヴに住まう者たちは異世界間仲介管理院が管理している施設で生み出されます。生み出された魂に肉体という器を与え、器と魂が順応して初めてこの世に『誕生』したと判断されるのです。さらに管理官は職務上、肉体の破損も著しく多いため、異世界間仲介管理院は魂を保護する肉体には、魂への順応性をより高める効果を付与しています。そういった技術を向上させてきた歴史が異世界間仲介管理院にはあるのです」

 サクラはアラタを見据えると、静かな声音で続けた。

「アラタ管理官の魂に刻まれた数多の加護を、あなたの肉体が順応しようと日々変化しているのです。普段の生活を送っているだけでは気づきにくいほどの変化ですが……アラタ管理官が無意識下で肉体を自己修復したことで、そのことが証明されてしまいました。すでにあなたの肉体は『勇者』に近い身体能力を有していると言ってもいいでしょう」

「そんな……では、これ以上加護を……記憶を取り戻し続けたら、私は己の魂に刻まれた加護を周囲から隠しきれなくなるということですか?」

 不安そうに表情を曇らせたアラタに、サクラは小さく首を横に振った。

「その点については、心配しなくても大丈夫だと思いますよ。アラタ管理官は今でも十分、力を制御なさっています」

「しかし……」

 言いかけたアラタを、サクラは片手を上げて制した。

「キトラ管理官の助言に従って、ご自身の加護と管理官権限を並列執行して強すぎる魔力を押さえているのでしょう? 私も負傷したあなたを治療する機会に遭遇していなければ、気付かなかったでしょう。それに肉体がアラタ管理官の魂に順応してしまえば、不必要な力の放出は起こらなくなります。他の転生者や召喚者の方々と同じように、自らの加護の力を操作(コントロール)することができるようになると思います。今はまだ、封じ込めた力の強さにアラタ管理官の肉体が順応しきれていないために、アラタ管理官の不調に繋がっているものと思われます」

 サクラがそっと微笑む。

「アラタ管理官の不調には、院長もひどく心配しておいででした」

「院長が……?」

「院長からアラタ管理官が十分な睡眠もとれないほど、精神的にも参っているようだという話を伺いました。オギナ管理官からの報告を受け、随分前からアラタ管理官を心身面で補佐できる、医療に明るい部隊員を決めるために、だいぶ頭を悩まされていたようです」

 アラタは思わず唇を引き結んだ。そうでもしないと、目じりから熱いものがあふれ出てしまいそうだったからだ。オギナを通して薬草茶をアラタに贈ってくれた気遣いとともに、院長に心の中で礼を述べる。

「結果として、意図せずアラタ管理官の秘密を知ってしまった私が、そのまま任命されることとなりました。アラタ管理官にとって、見知らぬ人間に己の事情を相談することはさぞ心許ないことでしょう」

 そこでツナギやアリスにアラタと話をする時間を設けたい、とサクラは提案したという。院長からの許可も通り、サクラはすぐさま実行に移した。

「ただ……私はアラタ管理官が普段、どのようにご自身の事情を隠されているのかを知りません。転生者である事実が事情を知らない他の管理官に知られた時、その状況をどう切り抜けるべきか考える必要もあります。そこで不躾とは思いつつ……ご本人に内緒で、抜き打ちのような形であのような手段を取りました。不快な思いをさせてしまい、本当にごめんなさい」

 サクラはアラタへ深々と頭を下げる。アラタはひどく慌てた。

「サクラ管理官に非はございません! 何より、自分の身体の変化に気づかなかったことは私の落ち度です! こちらの事情も知らないうちから、咄嗟に機転を利かせていただいて……サクラ管理官にはどれほど感謝の言葉をお伝えしても足らないほどです!」

 他の管理官がいる場で、すぐさまツナギに質問をしてもよかったはずだ。現在の異世界間仲介管理院は防衛部の管理官を中心に行われた転生者遺棄事件に関わった管理官への大量粛清で、内部に対する監視の目をさらに強化していた。そんな中で、むしろ違法行為を疑い、告発することは管理官として正当な行いだ。

「サクラ管理官……何故、見ず知らずの私を……そうまでして、守ってくださったのですか?」

 アラタは、どうしても気になった疑問を口にした。

 サクラは、アラタを告発しなかった。

 事情を聞かないうちから、こちらの立場にも配慮をしてくれた。それは一歩間違えれば、サクラも責任を追及され、管理官の資格をはく奪される可能性だってある。狼狽えるアラタを前に、サクラはくすっと小さく笑うと姿勢と戻した。

「危険な任務の中、自分の身体をあそこまでボロボロにして……それでも戦った人だからですよ」

 サクラの言葉に、アラタは目を見開く。

「アラタ管理官、どうか今よりももっと強くなってください」

 すぐに真面目な表情で、サクラは言葉を続ける。

「異世界間特殊事例対策部隊に所属する以上、今後の任務で無傷であり続けることは厳しいでしょう。ましてや、かの白装束の集団と正面から対立するのです。まず、怪我をします」

 サクラの言葉に、アラタも表情を引き締めて頷いた。怪我だけ、などとは生ぬるい。下手をすればそのまま死んでしまうかもしれない。それほどまでに白装束の集団は強敵だ。

「戦闘データを拝見しても、あなたは己が身をないがしろにする傾向があります。他者を守ろうとするあまり、自己犠牲に走ることは未熟者の所業です。何より、守られる側の人々が傷つくあなたの姿を見たなら、彼らはその心にも深い傷を残すことでしょう。守る側が、守られる側に心の傷を与えることがあってはなりません。アラタ管理官、異世界転生仲介課に所属するあなたならば、そのことの意味をよく理解していることでしょう。我々管理官が『守る』ということは、その人の『(たましい)』を絶望から掬い上げ、希望を示すことも同時に意味するのです」

 サクラの目元が優しげに細められた。

「己の身を一人で守り抜けるようになって初めて、あなたは苦しむ誰かを守り抜く力を得ることができます。そのことを、どうか忘れないでください」

 それは第十部隊の隊長として、戦場を駆け、他部隊で傷ついた人々を必死に救ってきた者だからこそ出た言葉だった。

「はい、肝に銘じます」

 アラタはサクラの言葉にしっかりと頷いた。

 サクラは愛好を崩すと、己の胸にそっと手を添えた。

「今後、私はアラタ管理官の心身面を全力で支援(サポート)いたします。少しずつで結構ですので、どうか私にアラタ管理官の手助けができるよう些細なことでも教えていただけますか?」

「こちらこそ、どうかよろしくお願いいたします。サクラ管理官」

 アラタは改めてサクラに深々と頭を下げた。

 今なら、すべてが納得いった。

 アラタの身体に起こっていた異常を即座に見抜いたのがサクラだったからこそ、ツナギもアラタに直接礼を言いに行けと指示したのだ。サクラの厳しさの中にある優しさこそ、ヒューズとアリスが心の底から彼女を信頼する証なのだろう。

「私の師匠はすごい人なんだぞ!」

 そう言ってアラタに師匠自慢をしてきたアリスの顔が思い出される。今なら、アラタもアリスの言葉に同意して、二人で延々とサクラのことを褒め続けたことだろう。

 秘密を知られたのが、この人でよかった。

 アラタは心底から、そう思う。

「すっかり冷めてしまいましたね。紅茶のおかわりはいかがですか?」

 穏やかに尋ねるサクラに、アラタも微笑み返した。

「はい、ぜひいただきたいです」

 アラタの返事に、サクラが嬉しそうに笑った。

 そこへ耳を劈く警告音が、和やかな空気を切り裂いた。サクラとアラタは弾かれたようにそれぞれの共鳴具に触れる。


〝管理部権限管理課より、全管理官へ緊急通達。複数の世界軸線において魔王の出現を確認。異世界間仲介管理院院長マコトより、緊急勅令が下されました〟


 共鳴具から発せられた男性管理官が、硬い声で続ける。


〝これより異世界間仲介管理院は、全管理官による魔王迎撃体制への移行を宣言します〟


Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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