File8-2「十番隊隊長」
「異世界転生仲介課所属のアラタです。異世界間防衛軍、第十部隊隊長サクラ管理官への面会を申請いたします」
「確認いたします。少々お待ちください」
門番をしている管理官は共鳴具に触れ、アラタの所属と人相を確認した後、第十部隊の面会予定表に目を通した。
「確認しました。念のため、手荷物の検査をさせてください」
「はい、お願いします」
アラタは紙袋に入れて持参した菓子折りを受付の管理官に手渡す。
「管理官権限執行、透視」
受付の管理官が権限を執行し、アラタが持参した荷物を観察する。ただの菓子折りであるため、検査はすぐに済んだ。
「基地への入場を許可します。翼の祝福に、道を掴まんことを」
「道を辿りし先に、翼の加護が安らぎをもたらさんことを」
アラタも答えて、西部基地の門をくぐった。
「あっ、来た来た! おーい、キキリ管理官!」
「アラタ管理官な」
門をくぐるなり、アラタを出迎えたのはサテナとカイの二人であった。
「お久しぶりです、サテナ管理官、カイ管理官!」
アラタはパッと表情を輝かせて二人に駆け寄る。
「怪我、綺麗に治ったみたいだね! ぐちゃぐちゃだったって聞いて心配したんだよぉ~?」
満面の笑顔でとんでもないことを言ってくれるサテナに、アラタは引きつった笑みを浮かべた。
「あはは、その節はお世話になりました……」
「サテナ管理官、他に言い方ってもんがあるだろう。すまんな、アラタ管理官。しかし、元気になったようで安心した」
サテナの脇を小突いた後、カイもホッとした様子でアラタに向き直る。
「ご心配をおかけしました。この通り、無事に回復しました。これ、よければヒューズ管理官とアリス管理官と一緒にどうぞ」
「わぁっ! 何なに? お菓子?」
「かえって気を遣わせてしまったみたいだな……みんなでありがたく、頂戴する」
アラタから受け取った菓子折りを見てはしゃぐサテナの横で、カイが申し訳なさそうに軽く会釈した。
「あの、ところで……アリス管理官はご一緒ではないのですか?」
アラタは周囲を見回しながら二人に尋ねた。
先日、怪我を治してもらったお礼をするために、第十部隊の隊長に会えないか。アラタは元・第十部隊の出身であるアリスにそう相談を持ち掛けたのがつい四日ほど前のことである。
「初対面では声をかけづらいだろう? 私が紹介してやろう!」
アリスは緊張気味のアラタに対し、胸を張って請け負ってくれた。この上なく頼もしい申し出であり、アラタはそれに甘んじることにしたのだ。その肝心のアリスの姿が見当たらなかった。
「あー、それがさぁ……副隊長はついさっき出陣したんだよ」
サテナが苦笑まじりに呟いた。
「出陣!? ……何か起きたのですか?」
声を抑え、アラタは二人に尋ねる。サテナとカイは一瞬視線を交わした。
「現時点では白装束の集団との関連は見られない」
アラタの心配を察して、カイがまずそう現状を述べた。
「異世界間気象観測課から調査を依頼されたんだよ。ここ数日の間、様々な場所で空間気圧の著しい乱れが観測されている。自然発生したにしては不自然であるため、異世界間連合から異世界間仲介管理院に対して調査依頼が出されたんだ」
「それで、各部隊で手すきの奴は総出でその荒れ狂う嵐の中をせっせと調査してるってわけ。苦労して調べたにも関わらず、今のところ異常が見られず、何で空間気圧が乱れているかもわからず終いなわけ」
カイとサテナの語る情報に、アラタは考え込む。
「……魔王出現の可能性は?」
「もちろん、異世界間連合の神々もそう考えた。だから当初は俺たちより先に勇者をその乱れた空間気圧の中心地へ派遣していたらしい。でもあまりに何もないから、時間をかけて調査し、原因を究明すべきってことで異世界間仲介管理院にこの案件が回ってきたんだと思うよ」
アラタの疑問に、サテナが迷惑だと言わんばかりに頭を振って呟く。
「まったく、あのゴルファとかいう白装束の連中のせいでただでさえ仕事が増えたのに。これ以上厄介なこと引き起こしてもらわないでほしいよね!」
「アルファな。まったく同感だ」
サテナの間違いをしっかり訂正し、カイも同意するように笑った。
「まぁ、そんなわけで。急遽出陣しなくちゃいけなくなった副隊長から、自分の代わりにイミタ管理官をツクヨ管理官に紹介してやってほしいって頼まれたんだ!」
「アラタ管理官を、サクラ管理官に紹介な。第十部隊隊長は今、訓練場にいるはずだ。ついてきてくれ」
「はい、お願いします」
カイとサテナの案内を受け、アラタは基地内を進む。
第十部隊は第三訓練場で隊列を組んでいた。訓練がちょうど終わったところのようで、部隊長であるサクラからの労いの言葉と、副隊長から今後のスケジュール通達が終わると解散となった。
「サクラ隊長!」
カイの呼びかけに、薄桃色の長い髪を両側で編み込んだ女性がこちらを振り返った。アリスたちが持っているものと同じ、身の丈を超える長杖を手にしている。穏やかな物腰の女性管理官は、その青い双眸を歩み寄って来るアラタたちに向けて柔らかく細めた。己の副官に軽く手を振ると、こちらへ歩み寄って来た。
アラタたち三人はすぐさまサクラ管理官に敬礼する。
「お忙しいところ、申し訳ありません。以前、サクラ隊長への面会を希望しておりましたアラタ管理官をお連れしました」
「ありがとうございます、カイ管理官。サテナ管理官」
サクラは穏やかに微笑むと、アラタを見た。
「お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。サクラ管理官」
アラタが謝辞を述べると、サクラは静かに頷いた。
「その後、怪我の具合はいかがですか? アラタ管理官」
「おかげ様で、順調に回復し、無事職務に復帰できました。サクラ管理官のご厚意に感謝申し上げます」
敬礼したまま、緊張で固まっているアラタに、サクラは安心させるように微笑んだ。
「それはよかったです。お世辞にも、軽いとはとても言い難い状況でしたから心配していたのです。後遺症もなさそうで安心しました」
「……本当に、助かりました。ありがとうございます」
アラタはわずかに顔を赤らめ、微笑んだ。
サクラは穏やかな笑顔が似合う、物腰の柔らかい女性だった。アリスの師匠と聞いて、傍若……勇猛果敢な人かもしれないと思っていたが、弟子とは真逆の性格らしい。
「あっははは、キリコ管理官、照れてるぅ~」
「えっ!? 別にそういうわけでは……」
「アラタ管理官な。おい、サテナ管理官。『親』候補内定者に対してその振る舞いは無礼だぞ」
アラタをからかうサテナに、カイが鋭く言った。
「そうだった……。ご無礼をお許しください、隊長」
サテナが思い出した様子で敬礼とともにサクラに詫びる。
アラタは目を見開いた。
「……え!? サクラ管理官、『親』候補に内定されたのですか!?」
驚くアラタに、サクラはあっさり頷く。
「つい先日、無事に試験を合格いたしました」
「それも特例として『両親』の片割れとしてなんだ。まぁ、アラタ管理官なら大丈夫だと思うが……そういった事情のため、振る舞いには配慮を頼む」
カイも笑顔で付け加えた。
「サクラ管理官、おめでとうございます。任務と並行して、さぞ大変だったことでしょう」
「ありがとうございます、アラタ管理官」
アラタは顔を上げ、まじまじとサクラを凝視する。心からサクラを尊敬した。
異世界間仲介管理院では次世代への教育を重要視する。
最果ての園アディヴではいわゆる、肉体を用いた種族維持の習慣が皆無である。異世界間仲介管理院の管理下における設備の整った研究施設で子どもを生み出すことが一般的だ。
そのため「親」の役割は施設で生み出された子どもたちが管理官養成学校へ入学するまでの十八年間、一般的な教養を教えつつ、「生まれた子どもたちが他者から無条件に愛される経験」を与えることに終止する。
これは異世界間仲介管理院が創設されてすぐ、初代院長が定めた決まりだった。
「子は、信頼する大人からの無条件の愛を受け、立ちはだかる困難に打ち勝つ強さを得る」
初代院長の有名な言葉である。初代院長の意向を受け、その制度をより厳密に整備したのが二代目院長であった。
「親」になるためには、異世界間仲介管理院が定めた認定試験を受けることが義務付けられており、その人柄や次世代の人材を託すに相応しい人材が選ばれる。その条件さえ満たせば管理官でない者でも「親」の資格を得ることができた。むしろ、多忙を極める現役管理官が「親」になることの方が稀だ。
余談だが、アディヴの地では親一人に対して、子一人を養育するのが一般的である。アラタの親も男手一つでアラタを育て上げてくれた。
「『両親』ということは……二人以上の子の養育を任されるということですね。『親』になること自体がとても難しいと聞くのに……」
アラタからの尊敬の眼差しを受け、サクラは照れた様子で微笑む。
「私のような若輩者が、生まれたばかりの子どもたちを守り育む責務を任されたこと、とても光栄に思います。嬉しいと思う反面、しっかりと役割を果たさなければと責任の重さを意識しております」
不意にアラタの肩に手を置いたサテナが耳打ちする。
「ねぇねぇ、コルク管理官。隊長の相棒……誰だか気にならない?」
「おい、サテナ管理官……!」
「それくらいはいいじゃない。別に機密事項ってわけでもないし、むしろ二人揃って祝福されるべきでしょ~?」
サテナの言葉に、アラタは考え込む。
「私はアラタです。その物言い……もしかして、私も知っている人ですか?」
サテナがアラタの肩に腕を回し、ニヤニヤした笑みで頷く。アラタは首を傾げてサクラを見つめ、その後、答えを求めてカイを振り向いた。非難するようにサテナを睨んでいたカイが、アラタの視線を受けて迷うように黙り込む。カイが窺うようにサクラへ視線を向ければ、彼女はアラタたち三人に微笑み返すばかりだった。特にサテナの言動を不快には感じていないらしい。
「サクラ隊長の相棒は……第一部隊の隊長だ」
やがて、カイがため息まじりに呟いた。
「ヒューズ管理官が!? えっ、現役管理官二人が『親』!?」
さすがに予想外だったのでアラタは再び驚きの声を上げた。
「なんか後進育成について意見を交わしていく中で、お互い考えが近いからって理由でうちの隊長がクユリ隊長を誘ったらしいよ。『俺と一緒に未来の子どもたちを守り育みましょう!』って」
「サクラ隊長だろ」
その時のヒューズの様子が目に浮かぶようだ。
アラタはどこか腑に落ちた顔で頷いた。
「サクラ隊長もサクラ隊長であっけなく『不束者ですがよろしくお願いします』と返事をするものだから、二人から請われたラセツ部長がマコト院長へ二人を推薦して、試験を突破するに至ったというわけだ」
カイがため息まじりに呟く。アラタは微笑ましい気分で小さく笑った。
ヒューズとサクラなら立派に「親」としての責務を全うするだろう。
サクラは穏やかな気質なようだし、ヒューズは正しいことと間違ったことをしっかりと上司や部下に指摘できる人だ。
……むしろ、ヒューズ管理官が子煩悩になるだろうな。
アラタは以前、不満を叫ぶアリスを必死に宥めていたヒューズの姿を思い出した。
「なるほど。ちなみに、今は子どもの受け入れは……?」
「施設によると、今から八百年後くらいに誕生する子たちから受け入れてもらうと通達されました。それまでは、管理官としての任務の合間に、『親』として必要な研修と訓練に励みます」
サクラは微笑とともにそう言った。
「八百年……思ったより、すぐですね。ああ、そうだ。これを……先日治療をしていただいたお礼です」
アラタも頷くと、紙袋に入れて持参した菓子折りをサクラへ差し出す。
「まぁ、ご丁寧にどうも。せっかくですし、少しお茶していきませんか?」
そう言ってサクラは花のような笑顔でアラタたちを誘った。
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