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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File8-1「悪夢の断片」

 燃え盛る街を見渡し、恐怖した。降り注ぐ瓦礫から、必死に周囲の人を守り庇いながら、剣を手に魔物と向き合う背に声を張り上げる。なんと叫んだかは聞き取れなかったが、轟音の中で、目の前に佇んでいた男が振り返った。

 その口元が笑みの形を浮かべる。


「俺は……だぜ? 俺の……すべきこと、は……だ。なんで……を……ならない?」


 その言葉に、頭を殴られたような衝撃を覚えた。信じていた足場が崩れていくように、目の前が真っ暗になる。

「お願いします。この世界を、どうか、どうか……」

 必死の懇願を投げかける。男に縋りつくように、震える腕を伸ばした。すると、目の前に剣を振り上げた男の姿があった。

「弱いくせに、俺に指図してんじゃねぇよ」

 振り下ろされた刃が、己の肉を無情にも引き裂いた。


「――っ!?」

 ヒュッと喉からもれた息に、両眼を見開いた。

 ハァハァと乱れる呼吸を整えながら、アラタは呆然と自室の天井を見上げている。汗に濡れて体に纏わりつくシーツをもどかしく思いつつ、アラタは体を起こした。暗い室内を見回せば、そこはいつもの寮の自室だった。

 腕にはめた共鳴具に触れて時刻を確認する。道の解放時刻までまだまだ時間がある。真夜中だった。

「……はぁ」

 額に手を当てて、思わず深いため息をつく。

 また最近になって、夢見が悪くなってきた。それまでにも、過去の記憶と思われる光景を何度も見てきたが、ここ数日は先程のような光景ばかりが浮かんでくる。

 燃える街並み、積み重なる死体の数々、群れで押し寄せる魔物らしき異形の怪物たち。そして、そんな異形の怪物たちを前に、剣を手に対峙する一人の男の背中。

 決まって、アラタはその人物の背に腕を伸ばすのだ。そして、何かを訴えている。そうして最後は、こちらを振り返った男に切り殺されて目が覚めるのだ。

 さすがにそれが何度も続くと精神的にキツいものがある。

「……くそっ、何なんだよ」

 アラタが悪態をつくと、自室の扉を外からノックする音が耳に入った。アラタはハッと我に返ると、ベッドから起き出して玄関へ向かう。扉を開ければ案の定、寝間着の上に上着を一枚羽織った姿のオギナが立っていた。彼の心配そうな表情を前に、アラタは毎回申し訳なくなる。

「アラタ……」

「悪い……また、叫んだみたいだな」

「ううん、それは構わないよ。部屋、入れてもらっても平気?」

「ああ、お詫びにコーヒーでも出すよ」

 アラタはオギナを部屋へ招くと、照明を灯した。キッチンでコーヒーを淹れようとしたところを、オギナに止められる。

「この時間にコーヒーを飲んだら、余計に目が冴えちゃうからね。これ、マコト院長からもらった薬草茶。気休め程度かもしれないけど、きっと落ち着けるだろうからって、わざわざ取り寄せてくださったんだ」

「ああ……ありがとう」

 オギナに促され、椅子に腰を下ろしたアラタが小さく息をついた。

「またひどくなってきたね……今回はいつ頃から?」

「自宅療養明けの……二、三日後くらいか?」

 アラタも額に手を当てたまま、なんとも言えない顔をしている。

「その辺りに何か特別なことでも見聞きした? それか頭を打ったとか」

「何で頭を打ったことと、夢見が悪いことが関係するんだ……?」

 アラタの疑問に、お湯を沸かしながらオギナがくすりと微笑む。

「まぁ、頭をぶつけるのは極端な例だけど……要は外部からの刺激に誘発されて、それまで忘れていた記憶がふと蘇ることがあるってことだよ。別に珍しい生理現象ではないから、アラタの魂に刻まれた記憶も、その何らかの刺激に誘発されてここ最近の夢見の悪さに影響しているのかなって思ったんだ」

「うーん……特別なこと……」

 呟いたアラタの脳裏に浮かんだのは、三日前に意味深な微笑みとともに去っていったカルラの姿だった。

「なぁ、オギナ……カルラ部長ってどんな人なんだ?」

 ぽつりとアラタの唇から抱いていた疑問が零れ落ちる。

 独白に近い、ほとんど無意識な問いかけだった。

「え? 何っ!? カルラ部長と何かあったの……!?」

 薬草茶を淹れていたオギナが驚いた顔で振り返る。すぐに、その眉間に深いしわが刻まれた。

「あ、いや……特に――」

「何か言われたの? それともされた? カルラ部長、誘導尋問とか得意らしいから、何か弱味を握られたとか?」

「いや……なんでさっきから何かされたこと前提なんだよ」

 オギナの中で、カルラの評価はかなり危険人物扱いらしい。オギナのあんまりすぎる物言いに、さすがのアラタもカルラに同情した。

「ただ、昼休みにばったり会って、昼食を一緒にしたくらいだ。話していた内容も、軽い世間話みたいな感じだった」

 アラタはオギナの探るような視線に苦い顔になる。

「……本当に? 何か聞かれたり、あるいは向こうからおかしなことを言ってきたりしなかった?」

「別に……大したことは言ってなかった」

 アラタはその時のやり取りを思い出しながらオギナに答える。多忙を極め、滅多にゆっくり食事ができない環境で仕事をしている人だ。アラタが感じた違和感も、もしかしたら彼の中で多少の記憶違いや言葉の選び間違いが起こっていた可能性だってある。取り立てて、騒ぎ立てるようなことはないとアラタは判断した。

「アラタ、カルラ部長とは極力接触しない方が良いよ」

 オギナは淹れたての薬草茶が入ったマグをアラタに差し出すと、自分も椅子を引いてアラタと向かい合って座った。

「俺みたいな下っ端が、部長と直接会話することなんてまずないだろう。そもそも部署も違うんだ。食堂で会ったのは本当にたまたまだったと思う」

 アラタは立ち込める白い湯気を何とはなしに眺めながら呟いた。

「だとしても、だよ。あの人は何気ない会話から、相手が抱えている本音を引き出すことに長けているから。あの人に目を付けられたら、アラタが危険だよ。『管理官』として、ね」

「ああ……」

 オギナの言わんとすることに、さすがのアラタも小さく頷いた。マグの取っ手を掴み、息を軽く吹きかけて薬草茶をすする。柑橘系のさっぱりとした香りに、ほんのりとした甘さが口内に広がる。その甘さも飲み込む頃には普通の紅茶と変わらない味わいとなり、すっきりとしたのど越しだ。

 悪くない、とアラタはごくりと薬草茶をもう一口すすった。

「カルラ部長はアラタの事情を知らないんだから。変に騒がれてしまったら立場的に苦しむのはマコト院長だからね?」

 アラタを管理官として任命したのは、間違いなく院長のマコトの判断である。とはいえ、元・転生者であるアラタの事情は他の管理官たちには伏せられている。知っているのは、院長の指揮下にある異世界間特殊事例対策部隊に所属する、一部の管理官たちだけであった。

「いい? くれぐれもカルラ部長には近づかないこと。はい、復唱!」

「わかったわかった! 俺は二度とカルラ部長には近づかない!」

 何度も念押ししてくる友人に、アラタは苦笑した。前のめりになっていた姿勢を戻し、オギナも小さくため息をつく。

「さて、今日はどうする? 俺は聞いた方が良い? それとも気晴らしになればいい?」

 オギナが卓上に頬杖をついて尋ねてくる。アラタが夢に見た「過去」の話を聞いてほしいか、あるいは聞かずに気持ちを落ち着けてほしいか。オギナはその都度、アラタの気持ちを優先して寄り添ってくれていた。

 アラタはわずかに表情を曇らせた。

「そうだな……今日は、聞いてほしいかな」

 こうしてオギナと話しているだけでだいぶ気持ちが紛れたのは確かだが、あの光景を何度も夢に見るということは自分の中で強く意識した「心残り」の可能性がある。

 エヴォルの時もそうだったから……これは無視しちゃいけない、俺の「想い」なんだろう。

 顔をうつむかせ、アラタは心の中で呟いた。

「わかった。あれだけの大声で叫んでいたから、俺も気になっていたからね。それで、今回見た『記憶』はどんな内容だったの?」

 思い詰めた様子のアラタに、オギナはどこまでも穏やかな口調で尋ねた。

「どこの世界かはわからない……ただ、俺は人間で、街に魔物らしきものが襲ってきていた。辺り一面が、火の海になって――」

 アラタは最近慣例になりつつある、記憶に残っている『悪夢』の断片をできるだけ詳細にオギナへ話して聞かせる。

「異形の魔物を倒していた男に、切り殺される夢か……。アラタ、君の話を聞いてきてつくづく思うけど……君の人生、波乱万丈だね」

「我ながらそう思う。この上なく辟易するほどに」

 オギナの指摘に、アラタもがっくりと肩を落とした。

 マコトがアラタに施した封印を解く際に、その加護の多さは指摘されていた。しかし、ここまで自分が様々な世界を渡り歩いていたのだと記憶を取り戻していくにつれて、アラタの中ではどうしようもない虚しさが膨れ上がっていった。

「俺は……どこの世界に転生しても、すぐに追い出されていたんだな」

 自嘲とともに、アラタはぼんやりとマグから上る湯気を見つめる。ひどく、自分が惨めに思えた。

 異世界転生仲介課に配属されてから今まで、アラタは多くの転生者たちと言葉を交わした。見知らぬ世界へ転生することへの不安は誰もが抱えていたが、その中でも自分のやりたいことを今度こそ実現したいと語る転生者たちの姿はとても生き生きしていた。記憶を取り戻すにつれ、アラタにはそんな転生者たちがまぶしく映った。そして同時に、どこの世界にも受け入れられずに捨てられたアラタ自身への劣等感を、彼らの言葉が否応なく刺激するのだ。

 白装束の集団――中でもオメガを倒すために力が欲しかった。そのために過去と向き合う決意をした。その選択を、今でも間違いだったとは思わない。

 それでも、アラタは己に刻まれた加護の数だけ、「捨てられた事実」を受け入れなければならなかった。

 ああ、なんだか……潰れてしまいそうだ。

 アラタの身体が、前のめりになる。体を丸めて小さくなるアラタに、オギナの声がきっぱりと告げた。


「それは違うよ、アラタ」


 オギナの言葉に、アラタは薬草茶を覗き込んでいた目を上げる。オギナの海のような青い瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「アラタは様々な世界を旅する機会に恵まれただけ。そうして最終的に、俺たちと一緒に『管理官』になった。それだけのことだよ」

 オギナの言葉に、アラタは目を見開く。

「アラタが旅した経験は君の魂にしっかりと刻まれている。それはアラタにとって、時に思い出したくもない辛い記憶であるかもしれない。それでも、俺たちは君が刻んだ様々な『経験』のおかげで何度も任務で助けられたんだ。それは紛れもない、君の『力』だよ。その『力』を使って、君は世界を守るために今、こうして管理官として職務を全うしている。違うかい?」

「……オギナ」

 オギナは少しだけ照れ臭そうに笑うと、自分の分のマグに淹れた薬草茶をすすった。

「異世界転生仲介課に配属されてから今まで、多くの転生者と話してきて思ったけど……アラタはもう少し自分を誇ってもいいと思う。決して、自分を卑下しなくていいんだよ」

「卑下、しなくていい……?」

 思わずどきりと心臓が跳ねた。

 まるでこちらの心情を見透かしたように、オギナが続ける。

「うん。異世界へ旅立つ転生者は数多い。特にここ最近は異世界間での事物の行き来も増えたことを受けて、より一層異世界間での交流が盛んになったことも影響している。そんな数ある転生者の中から、異世界間仲介管理院が求めた転生者(じんざい)は――『アラタ』だけなんだよ」

 オギナはどこか眩しそうに目を細めて、アラタに笑いかけた。

「確かに、最初は神々に多くの加護を刻まれていたから、その実力を求められた可能性はある。けれど、異世界間仲介管理院が求める以上の成果を、君は上げているんだよ。だから院長をはじめ、多くの人が君に期待を寄せている。転生者なら誰でもいいってわけじゃない。君ならば、日々変化する情勢や苦境を覆してくれる力があると思うから、皆が期待を寄せるんだ。そして君はその期待に絶えず応え続けている。だからこそマコト院長は君を『管理官』として扱い、君の事情を神々からも隠してまで守ろうとしている。それは異世界間仲介管理院が示す、君への確かな『信頼』の証だよ」

「……そうか」

 アラタは目元を手で覆う。目じりがひどく熱くなった。

 オギナは薬草茶をすすり、ほぅっと息をついている。あえて、アラタのことをそっとしておいてくれる優しさに、流れる涙を止められなかった。

「また何かのきっかけで記憶が戻るかもしれない。そうしたら、一人で抱え込まずに、また俺たちに教えてね」

 アラタの部屋を辞す時、オギナは振り返ってそう言ってくれた。アラタは小さく笑って頷く。

「それじゃ、おやすみ。アラタ」

「ああ、おやすみ。オギナ」

 オギナを見送り、アラタは再び自室のベッドに潜り込む。マコトが取り寄せてくれたという薬草茶のおかげか、あるいはオギナに勇気づけられたおかげか。

 その日は再び襲ってきた睡魔のおかげで、ぐっすりと眠ることができた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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