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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
三章 管理官アラタの異世界間事象管理業務
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File7-19「剣の向ける先は……」

 アラタが目を覚ましたのは、医務室の一角に設えられたベッドの上であった。

 身体を起こし、額やら腕やらに巻かれた包帯をしげしげと見下ろす。そうしてしばらくぼんやりとしていたところへ、カーテンが外側から開けられた。

「ああ、アラタ管理官。目が覚めたか」

「ツナギ管理官」

 アラタは果物の入った籠を手に入って来たツナギを出迎える。ツナギは手近の椅子を引き寄せると、そこに腰を下ろし、持参した籠をサイドテーブルに置いた。

「一週間近く、意識がなかったんだ。外傷よりも内部の損傷がひどかったらしい。気分の方はどうだ?」

 ツナギの確認に、アラタは改めて自分の身体に手で触れた。包帯が巻かれた箇所の皮膚が引きつるくらいで痛みはない。

「大丈夫のようです」

「……そうか」

 ツナギの表情が僅かに曇る。

「つくづく、魂に直接刻まれた加護というやつは強力なのだな」

 ぼそりと呟かれたツナギの呟きに、アラタは不思議そうに首を傾げた。

「何か食べられそうか? 一応、アキラ管理官に果物を持って行くといいと言われたんだが……」

 ツナギはそう言って持参した籠から林檎を一つ掴み上げる。

「アキラ管理官の容態は、いかがなのですか? もう、業務に復帰して……?」

 アラタは心配そうに表情を曇らせる。

 トルカへの同調調査で、アキラも深刻なダメージを負っていたはずだ。最悪の場合、後遺症が残ることもある。

 ツナギはアラタを安心させるように微笑んだ。

「彼女の方も問題ない。すぐに同調を切り離したのが功を奏したようでな。後遺症もなく、すぐに業務へ復帰した」

「よかった……」

 話を聞いたアラタはホッと胸を撫で下ろした。そのまま、視線を自分の手元へ落とす。

「あの……今回の任務では、申し訳ありません。タダシ元・管理官……いえ、オメガを仕留め損ねてしまいました」

 うつむいたアラタは絞り出すように呟いた。握りしめる両手が、小刻みに震える。

 悔しい、とアラタは歯噛みした。あの男だけは、取り逃がしてはいけなかった。あの男を野放しにすれば、必ずや異世界間仲介管理院における機密事項が悪用されるに決まっている。それだけは何としてでも防がねばならなかった。

「貴官だけの責任ではない。あの場にいた……我々の責任だ」

 アラタの横顔を見つめていたツナギは、落ち着いた声音で諭す。取り出した真っ赤な林檎を、器用に二つに割った。片方をアラタへ差し出す。

「貴官が気を失っている間に起きたことを、順を追って説明する。構わないか?」

「……はい、お願いします」

 アラタは顔を上げ、差し出された林檎を受け取った。じっとその甘そうな断面を見下ろす。

「まず我々が捕獲した使徒について。あれは異世界間連合へ引き渡した。その際、貴官が切り飛ばしたミューとかいいう男の腕も回収できたため、合わせて異世界間連合の調査団に提供した。そこまではよかったのだが……」

 そこでツナギは苦い顔つきになる。

「異世界間連合が派遣した調査団が、程なくあのミューと名乗った男の遺体を発見した。胸を貫かれ、即死だったそうだ」

「……まさか、追跡を免れるために?」

 顔を顰めたアラタに、ツナギも頷く。

「貴官の推察通りだ。遺体から魂だけを抜き取った痕跡があった。まったく、手慣れたものだ」

 皮肉を述べるツナギに同意するように、アラタも無言で頷いた。損傷の激しい肉体から魂だけを抜き取り、新たな肉体に移す。それは異世界間仲介管理院において、著しい肉体の損傷を負った管理官に対して行われる一般的な救済処置である。

 こちらが入手したミューの腕を使って追跡することを見越した上で、先手を取ったようだ。

「では、結局……我々が提出した証拠としては不十分だったわけですね」

「いや、そうでもない。むしろそのミューの遺体を回収できたことで、異世界間仲介管理院及び冥界に対して申請されていた『審問』が棄却された。判定者が『今回の一件で冥界と異世界間仲介管理院は甚大な被害を被った側であり、審問を申請した側も彼らを疑うには証拠が不十分すぎる』とのことだ。院長も方々への働きかけに尽力してくれた結果だろう」

 ツナギはため息とともに腕を組んだ。その表情に疲労の色が濃い。

「この度の一件を機に、異世界間仲介管理院は白装束の集団が引き起こした騒動を異世界間連合に報告した。再び、他神より異世界間仲介管理院に難癖をつけ、審問対象にされては困るからな。内容としては人工魔王製造を目論み、その素材としてアヴァリュラスの防壁片が使われ、その運搬に転生者を使っているといった内容だ」

「異世界間連合の神々が、恐怖に慄いた様が目に浮かびます」

 そっと目を閉じて呟いたアラタに、ツナギも重々しく頷く。

「おかげで、異世界間連合の神々から説明を求める声が相次いでいる。しばらく、上層部はその件についての対応で忙しい。だが、おかげで白装束の連中を追い詰める口実ができた」

 アラタの目が、ツナギの視線と真っ向から交わった。

「つい先刻、異世界間連合、全会一致で白装束の集団を征伐する旨の宣言が可決された。異世界間仲介管理院に対しても、異世界間連合の神々より正式に討伐命令が発せられた」

 ツナギが不敵な笑みを浮かべる。

「今は白装束の集団について異世界間連合でも調査に乗り出し、各世界における対応を統一化させることで動いているようだ。我々は最終的な決定が下るまで、各々の業務に従事し、待機という形となる」

「そうですか……わかりました」

 ツナギがようやく表情を和らげる。

「その間に、貴官は少しでも体を休めておけ。ここ最近は心身ともにきつかっただろう?」

「いえ、そんなことは……ありましたね。確かに……」

 正直にもらしたアラタに、ツナギがくっと喉を鳴らして笑う。

「自宅療養の期間が終わり次第、サテナ管理官たちにも顔を見せに行ってやれ。何せ、全身の骨が砕けている上、内臓への損傷も深刻だったからな。かなり心配していた」

 笑顔でさらっと不穏なことを言われ、アラタはかじった林檎を噴いた。しばし咳き込む。

「よく生きてましたね、俺……」

「ああ、異世界間防衛軍十番隊の隊長殿に感謝せねばならんな」

「えっと……確か、サクラ管理官でしたか」

 アラタはややうろ覚えである異世界間防衛軍の隊長名簿を思い出しながら呟く。

「ああ。たまたま補給のために帰還していたところに、貴官が担ぎ込まれたから治療に当たってくれたんだ。アリス管理官の師匠でもある方だから、その治癒魔法は異世界間仲介管理院の中でも随一だ」

「……アリス管理官の師匠」

 途端に、アラタの脳内でアリスとともに長杖を振り回す女性像(イメージ)が浮かんだ。会ったこともないから完全な偏見ではある。しかし、弟子は師匠に似ると言うからアラタは若干不安になった。

 必ず礼を言っておけ、とツナギに言われ、アラタは恐々といった様子で頷いた。ひとまず失礼にならないよう、今度、オギナに会ったらおすすめの菓子折りを売っているお店を教えてもらおう。アラタは内心で硬く決意した。

「では、私も仕事に戻る。医師を呼んでくるから、経過をしっかり見てもらえ。ナゴミ課長も、体に異常がなければ直帰しろとのことだ」

 ツナギは椅子から立ち上がると、アラタに向き直った。

「わかりました」

 アラタが返事をすると、ツナギはカーテンを引いて医務室を出ていった。

 ふとサイドテーブルに置かれた籠を見ると、メモ書きのようなものが挟まっていた。

 アラタは腕を伸ばし、折り畳まれたメモ用紙を広げる。


 静養も必要な仕事です。お大事に。――キエラ

 自宅療養になったら声かけてね。家事手伝うから。――オギナ

 怪我多すぎです! 今度、アラタさん専用の防具を作りますね! ――ジツ

 見舞いに花を持って行く ――ツイ

 怪我が治り次第、私が鍛え直してやろう! ――アリス

 元気になったら飲もうね! ルーク(アラタ)管理官! ――サテナ

 仕事熱心なのはいいが、体は大事にしろ。 ――カイ


 そこには今回の任務を共にした面々と、事情を聞いて心配してくれたキエラによって手書きで見舞いの言葉が紙面いっぱいに躍っていた。サテナのメッセージにカイがしっかり赤字で訂正を入れてくれている。それがおかしくて、アラタは思わずくすりと笑みをこぼした。

「早く元気にならないと……」

 メモ書きから視線を外し、アラタは己の拳を見下ろす。

「オメガたちの企み……絶対にこの手で阻止してやる」

 これ以上、涙を流す転生者が生まれないためにも。

 アラタの握りしめた拳に、強い力がこもっていた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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